6・異能者たちのダンス 後編
突然“狩り場”に割り込んできたその派手な機体を、忌々しげに見詰める目があった。
「ちっ、新型。偶発的遭遇か、それとも……」
執拗に監視施設からの脱出者を追っていた機体、そのパイロット。
彼はとある勢力に属する腕利きで、試作機のテストを請け負っていた。今回も例に漏れず新型のテストを行っていたのだが、まさかこんな辺鄙なところに地球側の観測施設があるとは思わなかった。一応機密であるテスト機の情報を渡すわけにはいかないと奇襲をかけたわけだが……想像以上に相手が手練れだったせいで今の今まで手こずっていた。機体の“能力”を惜しむことなく使い、後一歩と言うところまで追い詰めたところでこれだ。
だがしかし、逆に考えればこれはチャンスでもある。
「地球の新型……手みやげにできれば俺の株も上がるってもんさ」
その男にも野心くらいはあった。このままテストパイロットで終わる気なんぞ毛頭ない、その程度のささやかな物ではあったが、欲に目が眩むには十分。それに――
「――この機体なら、倒せない相手じゃない」
決して過信ではないと男は考える。基本性能はそれほど高くはない(それでも高級量産機程度にはあった)が、この機体には他に類を見ない能力がある。
ほぼ真っ直ぐに突っ込んでくるその機体を前に、ゼンは訝しむ。
馬鹿正直とも思える機動。その動きと機体から滲み出る気配から、こちらの背後を取ろうという意志が見え透いていたのだが、何というか異様なまでに自信に満ち溢れていると感じられる。これがただの馬鹿なら問題はないが、辺境に廻されたとは言えGOTUIの腕っこきが逃げの一手を討つしかなかった相手だ。決して根拠のない自信であろうはずがない。
即座に軌道を算出。いかな隠し球を持っているにしろそれを出させなければ済む事、そう判断し先手を打とうとしたところで。
相手の反応が、かき消えた。
「っ!」
考えるよりも先に身体が反応。飛び退くようにその場から離れ、かつて背後だった空間に銃撃を叩き込む。
果たしてそこには、いつの間にか回り込んだ敵機の姿が。さすがにゼンカイザーの反応に驚愕したのだろう、一瞬動きを止める。しかし攻撃が直撃すると見えた瞬間、その姿は一瞬にしてかき消えた。
「速い!? いや、消えた?」
速度ではない。どれほど速く機動しようとしても、必ず加速するというモーションが入る。それが全くなかった。空間転移などでもない。それなら周囲の空間にその痕跡が残るはずだ。
いや、痕跡が残らないだけで、地球側にはない技術なのかもしれない。考えている間にも殺気が現れ、思考が一時中断される。
「なるほど、手こずるわけだ。……ゼンカイザーより警備小隊へ、コイツは自分が引きつける、今のうちに離脱を」
「了解――」
「ちょ、隊長!? 援護しなくて?」
「我々では足手纏いだよ。ここは一つお任せしようじゃないか。……ご武運を」
「ありがとう。帰ったら一杯おごるよ」
こちらの意をくんだ警備小隊長は、あっさりと指示に従う。本音は悔しいのだろうがそれを表に出すことはない。いい女じゃないかと一瞬だけニヤリとした笑みを浮かべ、ゼンはトリガーを引き絞る。
案の定、予想通りの位置――離脱しようとしていた警備小隊と脱出者たちを襲撃できる位置に出現した敵機は、迫りくる光弾に泡を食って再び転移。2,3度同じ展開が繰り返され、ついには追撃を諦める。
さて、本番はここから。ゼンは不敵な笑みを浮かべてワイズに命じた。
「ワイズ、ヤツが転移する際、ヤツが存在した周辺の空間全ての“時間的変異”を調べてくれ。空間因子、微細物質、粒子、なんでもいい。とにかく時間の流れが分かるデータを出せ」
「! 了解ですよ!」
ゼンが何に感付いたのか理解したワイズは、全てのセンサー、魔道技能、霊的感覚を動員して走査を開始、細大漏らさず異変を感知すべく意識を向ける。
その間にも攻防は続いていた。とは言っても転移を繰り返す敵機に向かってゼンカイザーが攻撃を繰り返すといったパターンが続いているだけなのだが。
どうも互いに決め手に欠けるらしい。ゼンは相手の行動を予測し察知できるが、相手はその予測を上回る形で転移を続けている。しかし相手も転移しながら攻撃を行うのは不可能らしく、先程から防戦一方だ。そのような状況がしばらく続き、そして。
「出ましたです!」
走査を終えたワイズが、網膜投射ディスプレイを通じてゼンに情報を送る。視界の端のそれを確認してゼンはやはりなと確信を得た。
わずかだが、敵機が存在した空間に“時間の進み方が変化した”痕跡がある。つまりあの機体は空間を転移したりしているのではなく、“自身の周辺の時間を限定的に操作している”のだ。
いかような理屈で用いられているのかは定かではないが、とんでもない技術である事には違いない。だがそれでも――
「タネが割れりゃあ、打つ手もあるのさ」
――ゼンを留めるには到らない。
不意に動きを弛めた相手に戸惑うテストパイロット。向こうが今まで優位にあったのは、神がかった予測射撃と常識外の機動力、運動性能あっての事。その優位性の半分を捨てる気か? どういうつもりなのか、もしかして機体に不調が? それとも罠?
「とまれ考えていても仕方がない、か!」
再び機体の特殊機能【時空間操作】を発現、自身以外の全てが緩やかに動くようになった世界を駆ける。
この機能は相手の予想を超えた超高速の移動を可能とするが長時間の連続使用はできず、同時に作動している間は一切の攻撃ができない。しかし敵に気取られぬ間に有利な位置を確保できるというのは十二分なアドバンテージとなる……はず。
相手がゼンでなければの話であるが。
時間の流れが、一致する。動きが戻った世界を見据えれば、眼前に迫るビームの奔流。その程度は読めると、再び時空間操作。今しがた敵機が射撃を放った体勢から“もっとも反応しにくい位置”へと移動して――
「何っ!?」
――攻撃が掠る。慌てて次の位置へ移動しようとして敵機の動きに気付いた。極端に流れが遅くなった時間の中、緩やかに銃を動かすその先は、次に移動しようとしていた位置。否違う。その位置に銃口を向ける軌道上――“移動先の候補全て”に相手はビームをばらまいている。
完全に動きが予測されている!? パイロットの背に戦慄が走った。
実の所種明かしをすれば、ゼンは完全に相手の動きを予測しているわけではなかった。
自身の能力を全開にすればそれも不可能ではなかったが、古戦場であるこの空域でそれをおこなえばこの場に蔓延する死者の残留思念に捕らわれ精神に変調をきたす可能性がある。対策はないではないが、わざわざ相手に隙を見せるような行為は慎むべきだし、この程度の相手に能力を見せてやる必要はない。
やってる行為自体は簡単な事。“自身が回り込まれたら嫌だと思う場所に前もって攻撃をばらまいている”だけである。動きを押さえ死角を限定すれば、当然ながら死角や隙は減る。そして相手に先んじて攻撃を叩き込めば反撃を受ける可能性も減っていく。
こいつは萬に感謝かなと、ゼンは彼とのある会話を思い返す。
「ピンホールで弾当てろってんなら、腕が疲れて銃持てなくなるまでできんぜ?」
命中精度を上げる努力はしないのかというゼンの問いに対し、萬は何でもないように答えた。
その答えにゼンのみならず射撃場で訓練をおこなっていた職員のほとんどが疑いの眼差しを向けている。針の筵のような視線を向けられてなお、萬は揺るがない。
「いや簡単だって、見てろよ?」
そう言って彼はシューティングレンジに向き直り、ターゲットペーパーをクリップに挟む。そして。
そのままターゲットのど真ん中に銃口を押し付け、有無も言わさず45口径を連射した。 突然の行動に反応できない皆の前で全弾が全てど真ん中を貫き撃ち尽くされる。硝煙と発砲音の残滓、そして最後の空薬莢が落ちる音が響く中、マガジンを抜きながら萬は振り返りつつ言い放つ。
「な?」
『な? ぢゃねえええええ!』
即座に怒号のようなブーイング。普段いい加減な態度を装っているゼンもこれには呆れた。それはずるい、反則だろう。そんなふうにすれば誰だってできる。
抗議に対する萬は揺るぐ事なく、それどころか不敵な笑みを持って宣った。
「そう、“こうすれば誰だってできる、簡単な事じゃないか。”……で、オレは“何か間違っている”のかい?」
言われて全員が戸惑いながら押し黙る。萬は淡々と言葉を紡いだ。
「当たらないんだったら当たるような状況に持っていけばいい。こうやって極至近距離まで持っていく、当たるまで弾をばらまく、相手の動きを制限する。狙って当てるだけが当て方じゃない」
まるで教官連中のような物言い。これが訳知り顔で言われているのであれば反発も出たであろうが、萬の態度はあくまで平然としたもの。何よりその言葉には経験からくる“重み”のようなものがある。
同様に実戦経験を積んでいるはずのゼンですら気圧された。なぜなのかゼン自身には判別が付かなかったが、これは彼と萬との歩んできた道筋の差が現れたという事である。
生まれながらに特殊能力を持ち、さらに強化された“強者”であるゼンと、生き残るために泥の中をはいずり回った凡人である萬。どちらが有利であり、どちらがより凄惨かつ密度の高い経験を積めるか。言うまでもないだろう。
ゼンや弦、そして鈴は確かに強い。しかしそれがゆえに才能のない弱者が積み上げてきた戦術に関しては疎いとも言える。気付きにくい事だが、ともすればつまらない事で揚げ足を取られる危うさというものが確かにあった。萬の加入には、それを補おうという意味合いも含まれていたのであろう。果たしてその目論見は、徐々にだが効果を現しつつある。
引き込まれるように萬の言葉へと耳を傾けるゼン。その心の中に、今まで感じた事のなかった、何か手応えのようなものが確かに芽生え始めていた。
「要は同じ目的を果たすにしてもやり方は一つじゃないって事だ。そりゃもっとも効率の良い手段ってのは常にあるさ。けど、それが使えない事だってある。訓練でもやってるだろ?状況ってのはいつだってすぐさま“最悪”になるんだ。……って、何でメモってんだよアンタら」
周囲が一斉にメモ帳を取りだし真摯に耳を傾けるのを見て、萬は喋りすぎたかと顔を顰めた。最近余計な事を口に出すようになったなあと自嘲し、もう終わりだとばかりに「ほれオレのことはいいから」と皆を促す。
後ろ髪引かれまくっている皆の様子を見て、ゼンは微かに笑った。どうもこの年下の青年は、自分が他人に与える影響というものをあまり自覚していないようだ。以前ならともかく、バンカイザーのパイロットを引き受けてからの彼はどこか吹っ切れたかのように心身共に急激な変化を見せ始めている。注意しなければ分かりにくいが、一度意識を引いたのであればぐいぐいと引き込まれるような魅力というか人望というか、そのようなものが身に付き始めていた。突拍子もないことをやってのけて、かつそれほど反発も受けずに話に引き込んだ今の状況は、それを示す一例であった。
もしかしたら、いい教官になれるんじゃないか? あるいはもっと何か別の、人の上に立つ仕事とか。伊達眼鏡を光らせ萬を値踏みするゼン。その頬に浮かんだ笑みが随分と自然なものだったという事には、本人さえも気付いていない。
この辺りからだろう、ゼンの“やり方”が、今までの物と少しずつ変わってきたのは。
「コイツごときに能力を浪費してたら、萬に笑われるよ」
軽やかに機体を舞わせながらゼンは呟く。その頬に、萬と会話を交わしていた時と同じ笑みを浮かべながら。
対する敵機のパイロットには余裕という物がまるでない。
馬鹿な、こいつは一体何者だ。まるで蜘蛛の巣に捕らわれたかのように、攻める事も引く事も封じられていく。こんなはずでは、こんなはずでは。焦りは操作に現れ機体の動きを鈍らせていく。
ただ先を予測して攻撃を叩き込んでいるのではない。相手の選択を潰して動きを誘導している。
思考を読んでそれに頼る。それが今までのゼンのやり方だった。しかし今やっているのはそれだけではない。敵と自分の互いの機体性能、その限界、周辺空域の状況などを考慮に入れ、相手の思考を、動きを、場を支配する。戦術的な技能という物が一段階上に上がりつつあった。
ただでさえ基本的な機体性能、そして技量そのものに大きな開きがある。飛び抜けた能力があるとは言え常識外の範疇にない機体とパイロットでは――
「チェックメイト、ってヤツだね」
――ゼンとワイズには、ゼンカイザーには勝てない。
眼前に銃口を突きつけられ、パイロットは敗北を悟った。能力の過信や逃亡のタイミングを逸したという理由はあるだろう。だがそれ以前に“格”が違ったのだ。現に自機にはダメージらしいダメージがほとんどない。これは偶然でも何でもなく、相手がそのように計らった――こちらを“損傷なしで捕らえたかった”からにすぎない。
大人しく投降するか、それとも自爆でもして最後の花を飾るか。最後の選択は結局成されなかった。
天より降り注いだ弾雨によって。
「っ!」
ゼンが感じたのは殺気ではなかった。誰かを殺すという、とてつもなくエネルギーを必要とする意志ではなく、ただ必要だから処分するという、機械じみた“殺意。”怖気が背中に奔るより速く、ゼンはその場から離脱していた。
恐らく何が起こった理解できないままに、名も知らぬ機体ごとパイロットは無数の光弾に撃ち貫かれ、爆散する。それを生み出した存在を、ゼンの感覚は的確に捉えた。
巨大な槍のような武器、腰回りを覆うスカートのような増加パーツ。女性じみたシルエットを持つその朱色の人型機動兵器は得物を腰だめに構えた姿勢のまま、睥睨するかのようにゼンカイザーを“見下ろしていた。”
その視線には、何の感情もこもっていない。……いや。
「……“人のところの技術”を勝手に流用した挙げ句、敵に捕らえられそうになる無様を晒すとは……恥を知って貰いたい」
侮蔑。唾棄しかねないほどの嫌悪感が、微かにだが滲み出ている。努めて感情を抑えているようだが、本来はかなり気性の激しい人間のようだ。ゼンはそれを見て取った。
ああいう人間が次に取る行動は……。
「見られてしまったからには、始末……というのが妥当だがっ……!」
来る。ゼンの判断と同時にかき消える朱色。そして背後に気配。
さっきのヤツと同じ能力かと判断するより先に気配が“跳ぶ。”速い、否“上手い。”相手に判断する余裕を与えず、次々と跳躍のような移動を繰り返す。普通の相手であれば容易く背後を取られ、あっさりと撃墜されていただろう。ゼンだからこそ死神の手から逃れる事が叶ったのだ。
だが。
「くそ、移動の間隔が短い! これは!?」
先ほどの機体とは天地ほど離れた移動術。それに一方的に翻弄されるゼン。何とか弾幕を張る事によって相手の攻撃を押さえてはいるが、それもいつまで保つか。まるでさっきのヤツとは別の機能、いや、“同じ機体が複数あるかのようだ。”
「まさか! “本体と同じ姿と性能を持つ無人機”!?」
その事に思い当たってゼンはおののく。先ほどから感じる気配は一つだけ。だから一見一機で常識外の移動を繰り返しているように思えるが、同型の機体を思考制御で同時に運用するのであればこの芸当にも納得がいく。しかしそれにはゼンと同等以上の精神感応および空間把握能力が必要となるはずだ。となればこのままでは勝ち目が薄い。
手をこまねくゼンであったが、敵もそれほど有利ではなかった。
「くっ、向こうも特殊能力者か。思考が読み切れない」
歯噛みして呟くのはカダン傭兵団副長、シャラ・シャラット。太陽系外侵略勢力の中でもトップに近い立場にある彼女がなぜこんなところに出張っているのかといえば、それは先の実験機に関わりがある。
彼女が駆る機体、【アイオーン】に搭載されている時空間制御機構、その情報が外部に漏れ、反カダン派に渡ったのだ。反カダン派は早速秘密裏に時空間制御機構のコピーを搭載した機体を制作、テストを始めたのであるが、その事は即座にシャラたちに嗅ぎつけられた。
彼女らは機密を盗み出した下手人とそれを命じた者を極秘の内に処分。そして関わった技術者たちを半ば脅しつけ自身の配下に取り込んだ。そうした後、完成していた試作機をシャラ自らが処分して回っていたのだった。
最後に残った機体が太陽系内でテストしていたとは予想外であったが、その能力はオリジナルと差がありすぎた。容易く処理できると踏んではいたのだが……まさかこんなところに厄介な敵を引き込む要因になろうとは。あまりの間の悪さに運命を呪いたくなってくる。
「しかもどうやらこっちが複数同時制御を行っていると気付いたか。これ以上こちらの札を見せたくはないが……手加減して倒せる相手でもない。それどころか相打ちに持ち込めるかどうか怪しいところだ」
シャラは気付いている。向こうはまだ切り札を切っていないと。確かに今はこちらの方が有利だが、向こうもこのままなぶり殺しにされるつもりはあるまい。
切り札が出てくる前に倒すのは叶わない。ならば――
「――そちらの能力、見られるだけ見せて貰おうか!」
威力偵察に徹すると方策を決め、今の今まで同時にに時空間制御を行う事なく、タイミングをずらして一機の機体が縦横無尽に駆けめぐっているかのように見せかけていたフォーメーションを崩し、全機が一斉にその場に現れる。その数本体を含めて9機。そして今度は同時に時空間制御を行い一斉にゼンカイザーへと襲い掛かる。
「流石にコイツはヤバイね! ワイズ!」
「了解です! バーストモードスタンバイ!」
餓えたピラニアを思わせる猛攻をかいくぐりながら、ワイズは戒めを解き放っていく。さあ出力を上げ限界を超えろ。回転を上げろ回せ回せもっとだもっとだもっとだもっとだ!
全てのタガが外されたその瞬間、人の姿をした化け物は咆吼を上げる。
「コードアウェイク! バーストモードコンタクト!」
どんっ、と空間が震えた。
空間振動推進器が翼のように広がり各部の装甲が展開するところまではバンカイザーと同じ。しかし全身から立ち上るのは、虹色の陽炎のように見えるエネルギーの奔流。
TEIOW原型機であるゼンカイザーはバーストモード時に各動力のエネルギー変換が不安定となり、放出機から放たれる余剰エネルギーもその影響を受けるためこのような現象が起こる。だがそれと引き替えに平均出力は4機の中でも最大。そしてその有り余るエネルギーを有効活用すべく組み込まれたシステムは。
「ゲート展開! 【ガンスクワイヤ】召喚!」
空間が軋み、機体の周囲に複数のゲートが展開する。その中から小型の戦闘機のようにも見える影が群れを成して飛び出した。
思考誘導型武装端末、ガンスクワイヤ。増幅されたゼンの精神波によってコントロールされ、ゼンカイザー本体からエネルギーを供給されるこの兵器は、ゼンカイザーが健在である限り無制限に活動が可能である。さらには普段はグランノアにて格納され執拗に応じて召喚されるため本体の装備を圧迫する事なく、またデッドウェイトとなる事もない。そして本体に搭載される武装でないがゆえに――
「誘導兵器!? 何だこの“数”は!」
――同時に使用できる数に制限はない。
ゼンカイザーの周囲を叢雲のごとく覆うその数108基。TEIOWの化け物じみた出力は、これだけの数にエネルギーを供給してなお有り余る。それどころか、これはゼンが同時にコントロールできる総数のほんの一部に過ぎない。彼とワイズ、そしてゼンカイザーが全力を出せば、その戦力は一軍勢に等しい。
バンカイザーのように一点から食いつぶすのではなく、圧倒的な数による制圧。それを単機によって成し遂げるというのがゼンカイザーのコンセプト。
一騎当戦。ゼンカイザー――TX-01の開発陣が出したその回答が、これだ。
能力を解放し、一気に広まった感覚で敵を見据えるゼン。ノイズのように聞こえる残留思念の“声”が耳障りだが、それよりこの戦力を前にして瞬時に精神を立て直した敵に注意を払う。
ガンスクワイヤの砲口が一斉に展開し、編隊を組んで四方へと散る。一糸乱れぬその機動は、全てが余すところなく完全にコントロールされている事を示している。一瞬だけ度肝を抜かれたシャラであったが、否と考えを改めた。
「要は一勢力を相手取るのと同じ事!」
気合いを入れ直し、自機と従機を制御。数の差をものともせず猛然と敵陣に襲い掛かる。
時空間制御の同時運用による虚実入り乱れた幻惑的な機動。ゼンの能力を持ってしてもどれが本体か完全に読み切ることは難しい。しかしそれならそれでやりようはあった。
「どれか一つは本物だろう?」
すなわち、しらみつぶし。相手は全て幻ではなく実体を保った存在。ならば傷付けることもできるし、傷付けられるのであれば倒す事は可能だ。例え化け物だとしても、“殺せば死ぬ。”
能力的にはシャラが有利。時空間制御をフルに活用して9体の機体を縦横無尽に舞わせれば、視界に捕らえることすら困難となる。
数の上ではゼンが有利。完璧なまでに統率されたガンスクワイヤの群れはもはや一つの群体生物といって過言ではない。ゲンカイザー単体では補えない空間的、意識的な死角をすべてカバーし、なおかつ敵に対して牙を突き立てんと果敢に責め立てる。
戦況は膠着状態に陥った。双方が双方とも多数を相手にする事を前提とした機体性能、性質を持っている。一対一と言うよりは、完全に命令に従う部隊を率いた将の戦いに近い。
戦力的には互角。ならば勝負を決めるのは戦術。
互いに高速機動の最中、複数の将棋盤にて詰め将棋を行うかのごとく思考を走らせる。敵の手を読め、戦場をコントロールせよ、罠を張れ、誤魔化して騙して陥れろ、ハッタリいかさま上等、ヤツを足下に叩き伏せろ。
瞬きする間にも無数の駆け引きが交わされる。ほんの一瞬、僅かな動作も見逃せない。フェイントと本命が入り交じり、虚が実に、実が虚にすぐさま入れ替わって手札を読ませない。 ガンスクワイヤの火線が虚しく空を焼き、取ったと思った背中は光弾の雨に取って代わられる。後一手、互いにそれが届かない。そんな状況は疲労と焦りを澱のように心の隅に積もらせていく。
それが限界に達した時、この均衡は崩れる。どちらが先に限界点に到達するか、これは我慢勝負と言っていいだろう。
だが。
「生憎それを待つほど!」
「人間できていないんでね!」
二人はその時を待たなかった。まだ余裕がある内に勝負に出る。同時にそれを選択し、決着を付けんとカードを切った。
アイオーンの本体を含む三機が跳躍しながら後退を始める。それを追うガンスクワイヤの群れを残りの機体が牽制、下がった三機が得物を構えると、槍のようなそれは上下に大きく二つに割れ。そのスリット部分に放電現象が発生する。
今さらレールガンの類かと一瞬考えるが、そんなはずはないと思い直す。アレはもっと“ろくでもないもの”だ。ならば先に潰す。
トライデントを構え最大出力に設定、三本のバレルの内が一つ、ビームキャノンが唸りを上げて迸る。
今さら何をと跳躍しつつ回避行動を取るシャラ。どれほど強力なビームだろうが、当たらなければ意味がない。そして今放たれたビームは全く見当違いとは言わないがあらぬ方向へと外れていく。しかもその軌道上には間抜けな事にガンスクワイヤが一機位置して……っ!
それを回避できたのは歴戦の勘であったか本能であったか。ともかく強引に機体を翻したのが功を奏し、完全に予想外の方向から飛来したビームをやりすごす。
冷や汗が止まらなかった。シャラはおののく心境のまま、感嘆とも戦慄ともつかない呟きを吐く。
「機動端末にバリヤフィールドを張り“ビームを跳弾させる”だって?」
そう、ガンスクワイヤはただの機動砲台ではない。強力なバリアフィールドを展開させる事により強固な防壁としても使用する事が可能なのだ。その機能を応用し、展開させた無数のガンスクワイヤの間を跳弾させる。神業とも言えるこの狙撃術がゼンの切り札の一つであった。
四方八方に展開し、さらにそれぞれが複雑な機動を行うガンスクワイヤの間を駆けめぐるビームの軌道を理解できるのは、放ったゼンただ一人。それを見切る事は不可能に近い。
「く、これではいい的だ。だが!」
必死で回避運動を行う中、得物の準備が整ったのを見てシャラはほくそ笑む。さて、これを食らって無事でいられるかなと、彼女はそれを作動させた。
おん、と“空間に音が響く。”真空の中を伝わったそれは、ゼンの耳にも響いて、そして。
「ぐ、うあああ!?」
「ど、どうしたですか!?」
突然襲い掛かった頭痛に、ゼンは思わず呻き声を上げる。目に見える攻撃が放たれたわけではない。だが確かに頭の中に響く音が頭痛を誘発し、集中力を阻害していく。
音叉のごとき形状となった武器から響くその“音”の正体は、空間振動波。地球側では推進力として応用されているその技術は、侵略者側では別の形で利用を研究されていた。すなわち“パイロットへの直接攻撃。”真空中だろうが何だろうがお構いなく伝わるそれは、例え装甲越しでも音として認識されパイロットへと届く。ならばそれを精神に影響を与える波長で流せばどうなるか。答えを知っているシャラはにやりと笑った。
「機体全体を覆う空間干渉系の防壁でもない限り防げはしないさ。その代わりこちらも特殊なイヤーガードを付けなければならんがな」
欠点としては何の用意もなければ味方にも影響を与えるというところだが、一対一のこの状況ならその恐れもない。見る間に動きを悪くするゼンカイザーとガンスクワイヤの様子を見て頃合いだと判断したシャラは、とどめを刺さんがため一斉に従機を向かわせた。
「悪いが情け無用。……覚悟!」
これで決まったか、そう考えたシャラであったが、生憎とゼンカイザーを操っているのは“ゼン一人ではない。”
「あちきを忘れてもらっちゃ困るですよ!」
コントロールを執ったワイズが吠え、ゼンカイザーは息を吹き返す。と同時に周囲の空間が歪みその姿がかき消えた。
何が、と思う前に衝撃。振り返るまでもなく分かった。一瞬にして背後を取られたのだ。
アイオーン本体にシールドユニットを突きつけたゼンカイザーの中で、頭痛を堪えたゼンが凄絶な笑みを浮かべて言う。
「短距離なら単独でゲートを展開して空間跳躍できるんだよ。……じゃあね」
対消滅の光が、アイオーンを貫いた。
そこで機体との接続が途絶える。
「ぐううっ!」
フィードバックの苦痛に呻き声を上げ、シャラは全身を覆う拘束具のようなコントロールユニットから解放された。
直接機体に搭乗するのではなく、意識を機体に移して制御する特殊制御システム。強力な精神感応能力者のみが使えるそれでシャラは本陣からアイオーンを操っていたのだ。
咳き込みながら身を起こす。やられた。最後の最後で詰めを誤った。久しい敗北と機体からフードバックされた苦痛に、口惜しそうに頬を歪めながらシャラは身を起こす。
「不覚……あれが地球側の切り札か」
データは十二分に収集した。しかし敗北感は決して拭えない。
「戦場の空気を感じられないシステムに頼りすぎた。……無様だな」
叩き付けた拳は、システムのモニターにひびを入れた。
本体が破壊されると同時に、端末の機体も自爆して果てた。
「見事なまでに粉々だ。こりゃデータも取れないかな」
「機密保持は徹底してるみたいです。重要部分は完全に消滅してるですね」
まあ当然だろうとゼンは得心。戦闘のデータが取れただけでも儲けものだと気持ちを切り替える。
「しかし危うく不覚を取るところだった。感謝してるよワイズ」
「当然のことをしたまでですよ。……でもあんなのがいくつも出てきたら、ちょっと拙いですね」
「ああ、対策を練らないといけないだろうね。……まあその辺はお偉いさんが考えるだろうから」
ぽんと手を叩き、一転して呑気な表情となる。
「さ〜飲み会飲み会、ひっさびさに女の子と飲めるぞお。なんかこう好感触アリアリだしい、めっちゃ楽しみってヤツう?」
「うわ何キャラ崩壊させて喜んでるですか。じ、事後処理、事後処理は?」
「んなの調査隊とかに任せておけばい〜の。報告書とかはよろしくう」
「ちょ、待ったです! ダメだこの人何とかしてえ!」
悲鳴を上げるワイズを余所に、ゼンは機体を巡航形態にしてその場から去る。
その寸前、一瞬だけ戦場跡を振り返った。
確かに倒した。倒したはずなのだが。
なぜだろう、あの相手とはまた戦うような気がする。
そんな考えが頭の隅にこびり付いて離れなかった。
次回予告っ!
火星。その星にて未だ陣取り抵抗を続ける異星勢力があるとの情報を耳にした弦はそこに赴く。
ゲンカイザーと共に真っ向からその勢力に立ち向かった彼の前に、一人の漢が立ち塞がる。
拳と拳、鋼と鋼、魂と魂のぶつかり合いの果てに漢たちは何を見るのか。
次回鬼装天鎧バンカイザー第七話『牙、突き立てん』に、コンタクトっ!
筆者が化かし合いを書こうとするとこうなります。
化かされてるか?
今回戦闘シーン推奨BGM『WILD FLUG』