6・異能者たちのダンス 前編
地球圏における戦いは、長きに渡って続いている。
侵略者とのものだけではない。地球人同士でも場所を選ばすそれは繰り広げられていた。
業、欲望。そういったものに突き動かされて人は戦い続ける。愚かな行為だと分かっていても止められない人類という生物は、きっと“そういう生き物”なのであろう。
その愚行の残滓が残るここ、航路から遙かに離れた暗礁空域に、GOTUIの観測施設はあった。
なぜわざわざ海賊やジャンク屋なども寄りつかない辺鄙な場所にそんな物を作ったのか、理由は二つある。
一つはGOTUI謹製の観測設備の性能を最大限に生かすため。広域、しかも超長距離からの戦況観測を可能とするその設備は主戦場となりうる領域近くに配する必要がない。ならば逆に割り出しにくい位置に配すれば発見される可能性が減る。そのような考えからだった。
もう一つは――
「こんなところの警備なんてアレですか罰ゲームですか」
「その通りだよ馬鹿野郎!」
輸送艦から降り立った隊長に向かって、副官がたまらず怒鳴りつける。
彼らは特務機動旅団に所属するとある人型機動兵器小隊。なぜそんな連中がこんな辺鄙なところまで出張って来ているのかといえば。
「……おっかしいなあ、たかだか命令待たずに威力偵察して、なぜだか敵が全滅していただけなのに」
「他の組織と連携取らなきゃいけない状況で勝手に突っ走ってカタつけたらイカンだろうが普通よ! どんだけ怒られたと思ってるんだ!」
「え〜、でも他んトコ出張るまでもない弱さだったよあいつら」
命令違反に独断専行。一度や二度ならばお目こぼしも受けるであろうが、こいつらはその常習犯であった。
実の所特務機動旅団の構成員は、大概がこのようにアクの強い連中であったりする。しかし人格はアレでも能力に置いては正規軍などよりはるかに練度が高い。だからこそ正規軍やまともな組織からはみ出した人間ばかりなのだが、GOTUIはそんな人間を拾い集めて様々な手管を使い飼い慣らしていた。おかげで実績は高いもののたまにこんな暴走気味の連中が出てきたりする。なまなかな方法では反省しないそんな連中の頭を冷やすのに、この辺鄙な施設へ送り込むという手段が用いられているのだ。
何しろ真っ当な手段では逃げられない。海賊なども寄りつかないこの場所は監獄に等しいとも言える。3時間もいればどんな精神力の人間も飽きが来て、3日もいれば精神に変調をきたし、3週間で廃人になるといわれるほどだった。単純に何もする事がないだけだが、ただでさえアグレッシブな連中に何もさせないというのは拷問に等しい。
「……一月、一月だぞおい。廃人どころか悟り入るわ」
「そこまでくりゃあ諦めもつくだろうさ」
「反省してくれお願いだから」
ある意味達観している隊長と頭痛を覚えている副官。残りの隊員は苦笑い。この連中と同伴してきた施設の交代要員はそれに気を取られる事なく、軽いミーティングの後それぞれの担当区画へと向かう。警備の人間にはやることがないが、施設の職員はそれこそ目が回るような忙しさだ。各設備は自己調整機能を備えているがそれで全てが片づくわけではない。各部のチェックだけでも一週間はかかる。
忙しく動き出した職員を尻目に、警備小隊の面々はいかにも手持ち無沙汰といった感じで次に何をするか思案し出す。
とりあえず機体のチェックでもするかと格納庫に向かおうとしたその時、突如警報が鳴り響く。
「!? 管制! こちら警備小隊、何事ですか!?」
携帯端末で管制室に連絡を試みる隊長。さすがに鍛えられているだけあって反応が早い、連絡を取りながらも小隊はすでに格納庫へと向かっている。
「こちら管制。レーダーに感あり! しかしこれは……」
「どうしました?」
更衣室でパイロットスーツに着替えながら、戸惑いを見せる管制官に問い掛ける隊長。
「反応が飛び飛びになってる。ステルスか? いや、にしては……」
「ともかく怪しいってわけですね? 目標はこちらに?」
「ああ、途中までは明後日の方向に向かっていたんだが、発見されたようだ。隠蔽考えなおさにゃいかんな」
「じゃあとっとと終わらせますか。隠蔽作業なら良い時間つぶしになる」
「頼む」
会話を続けながら格納庫に飛び込み機体を起動。宇宙戦闘用装備を施した4機のブロウニングは次々と漆黒の宇宙へと羽ばたく。
「さて、どこのどいつか知らないけれど、GOTUIナメんなよ?」
数十分後、この施設からの連絡は途絶えた。
爆竹を鳴らしたような音が響く。
グランノアの射撃訓練場、現在そこを使用している人間の中に、八戸出 萬とゼン・セットの姿があった。
萬の指がリズミカルにトリガーを絞り、次々とターゲットに穴を開けていく。ビームやレーザー、リニアレールガンなどが戦場の主流になっても、歩兵の主武装は火薬式の実弾火器である。他の火器が小型化しにくいという事情もあるが、構造が安易でメンテナンスしやすく環境に左右されにくいというメリットが大きなウエイトを占めるのだろう。それだけ実弾火器というものは積み上げられてきた歴史がある。
現在萬が使用しているGOTUI正式採用のハンドガン。構造材こそ強化樹脂や軽硬化金属などの最新素材であるが構造そのものは前世紀以前のオートマチックと大差はない。高い作動信頼性、そして可能な限り少なくしたパーツ数など、かつてグロッグと呼ばれた拳銃と酷似した特徴を持っていた。
同型の拳銃を隣のレンジに立つゼンも使用しているが、萬が45口径のものを使用しているのに対してこちらは9ミリ。使いやすさと威力を天秤にかければどちらがどちらと言えないが、ストッピングパワーを重視した萬と精度を重視したゼンの性格の差が現れている。
互いにマガジン内の弾丸を全て消費し、銃を置く。傍らのパネルを操作すればレンジの向こうに位置していたターゲットペーパーがこちらへと運ばれてくる。手元に来たそれを手に取り、萬はふんと鼻を鳴らした。
「サークルには入ってる。……まあこんなモンかね」
それほど上手いというわけではないが、使えないほど下手ではない。ようは人並み。基本的に萬の腕前はこの程度、突出したものはないが不得手なものはない。射撃に置いても然り。さすがに精密狙撃などは無理だが、大概の火器は一通り扱うことができるだろう。
対するゼンは――
「うーん、左右のバランスが0.2ミリくらいずれてる。ちょっと調子悪いかな」
――ただやたらめったらターゲットに穴を開けているように見えて、よく目をこらしてみたら芸術的とも思える幾何学模様を弾痕にて描くなんぞという、器用なんて言葉では片づけられない芸当を行う余裕を見せていたりする。
彼が持つのは特殊能力だけではない。このような機械じみた精密性を実現できるような調整と訓練をも施されているのだ。別に望んで得た能力ではないが、折角あるものを腐らせるのも勿体ないと彼はさらなる研鑽を積む事を怠らない。
一見前向きとも思えるが、自分自身の出自から逃れられぬ証とも取れる。恐らく本人はどちらだと問われても韜晦して本心を喋りはしないであろうが。
ペーパーを見ながらフムフムと何やら考え込んでいるゼンを尻目に萬は新たなペーパーを取りだしてレンジの奥へ送り込み、マガジンに弾丸を装填してグリップに叩き込む。そして迷わずスライドを戻して構えて再び射撃を開始する。
その様子を見てゼンは声を掛けた。
「精が出るねえ」
呆れたような声に、萬は射撃を続けたまま振り返りもせずに応える。
「ストレス解消も兼ねてるからな。……本当はスチールチャレンジをやれるのが良いんだが」
萬の言葉に「へえ」と声を上げるゼン。数メートル先に並んだ数枚の金属板をどれだけ早く全て打ち抜けるか。スチールチャレンジとは確かそう言う競技だったはずだ。
そのような遊びの要素がある事に興味があるとは思わなかったと、萬に対する評価を少し改める。
「以外だね、そういった競技とかやるんだ」
「真似事だがな。……それにアレがオレ的には競技の中で一番、“実戦に近い”」
ああなるほどと、ゼンは得心を得た。一斉に襲い掛かってくる数人をいかに素早く倒せるか、そういう事を想定するのであれば確かにうってつけの訓練となる。“そういう事態”に陥った事が多々あるのだろう、この男は。そういえばさっきから行っている射撃は全てダブルタップ――連続二射という実戦形式だ。とことんまで実戦思考だなあと感心するやら呆れるやらのゼンであった。
ま、人の事はあまり言えた義理じゃないかと自身もマガジンに弾丸を込め始めるゼン。チームインペリアルの中で銃器を扱う訓練を受けているのはこの二人だけだ。後の二人にはそもそも銃器の意味がない。弾丸など撃たれてからも余裕で回避できるし、そもそも引き金を引く前に数十人はぶっ飛ばすような化け物だ。鉄砲持つよりぶん殴るあるいはぶった斬るのが手っ取り早いと豪語して止まない連中に、このような訓練を受けさせるのは無駄だと本人たちも含めた全員が納得している。
非常識な人達と自分は違うから、せいぜい真面目に訓練するかねと自覚のない事を考えながらマガジンを装着する。口にすれば周囲からツッコミの嵐であったろう。相応の得物さえ与えれば地表から月面を狙撃できるような男が良く言うと。
そんなゼンがいよいよ銃を構えて射撃を開始しようとしたその時、タイミング良く携帯端末の呼び出し音が鳴った。
「あ、あら? 何かな?」
慌ててマガジンを引き抜き、イジェクトポートから薬室に残った弾丸を取りだして銃をテーブルに置き、携帯端末を散りだして通信を受ける。
「はい、チームインペリアルのゼン・セットですが」
「わたくしですわ」
相手は彼らの上司である蘭。萬ではなく自分に直接連絡を取るのは珍しいなと思いながら彼は返事を返す。
「どうしました司令、火急の用件でも?」
まさかと思いつつも口にした言葉に、まさかとも思える返事が返ってくる。
「さすがですわね、お察しの通りですわ。ゼン・セット、貴方に急ぎでやって頂きたい仕事ができましたの」
嫌な予感がする。
特殊な能力を持たずとも万人が感じたであろうそれを、ゼンも察した。
無論それは外れてくれはしなかった。
専用カタパルトデッキに、航空機に酷似した巡航形態となったTX−01――ゼンカイザーが姿を現す。
前回の作戦後、ノリと勢いで機体の正式コードが決定してしまったが、もうちょっと考えるべきだったかなあと今になって思うゼンだったが、決まってしまったものは仕方がない。司令などは大喜びで、子供にも分かり易い名前が人気を博する秘訣などと拳を握りしめ力説していたがどういう事なのだろうとゼンは頭を捻った。(余談だが彼は後に天地堂系列の玩具メーカーから発売されるTEIOWシリーズのオモチャやアイテムを見て盛大にずっこける事になる)
まあそれはいい、今は仕事に集中するかと思い直して、ゼンは頭の上に居座っていた鳥型端末に向かって語り掛ける。
「ワイズ、そろそろ準備をしよう。スーツを」
「はいですよ」
頭部から飛び降りた端末が空中でその姿を転じ、手に収まった時には手甲の形――エントリーギアとなる。それを左手に填め術式を起動。一瞬にして彼の衣服がトリコロールカラーのパイロットスーツとなった。
そうして待機しているゼンカイザーの方へ向かおうとしたその時、ふと傍らにあったガラス窓に映る自身の姿が目に入る。
暫し立ち止まって上から下まで眺めた。改めて見ると……やはり派手な格好だ。ちょっとデザインした人間の正気を疑う。
と、よく考えてみれば……。
「司令が発注したのか、コレ」
センスが悪いというわけではないが、自分とは絶望的に感性が合わないなあと溜息。人間的にはともかく、その辺では相容れそうにない。
彼女の考え方やスタンスは個人的に好感が持てるんだけどと、ゼンは先程まで行っていた会話の内容を思い返す。
呼び出しを食らったゼンは即座に司令の執務室へと赴いた。
悠然と構える司令、傍らに控える二人の従者、そして苦虫を噛み潰したような顔の監察官。揃っているのは変わらぬいつもの面子。纏う空気も同様。いや、監察官の苛立ちだけがいつもより強い。一見でそれだけを見て取ったゼンは、大人しく促されるまま席に着く。
「さて、早速ですが緊急事態ですわ」
前置きもおかずにいきなり話を始める蘭。いつもと変わりないように見えるが、言葉の端に僅かな緊張が見て取れた。大事ではないようだが、油断のならない状況か。ゼンはそう判断して話の続きを待つ。
「つい先ほど、火星向こうの暗礁空域にあった我々の観測施設からの連絡が途絶えました。超高速通信により常時送られてきているデータ、および緊急通信の様子から見ると何者かの襲撃を受けた模様で、職員及び警備部隊の消息は不明ですわ」
「……ほう」
ゼンの目が僅かに細くなる。辺境にある観測施設問いえどそこに送られる戦力は特務機動旅団のもの。なまなかな相手では太刀打ちできないはずだが。
並の兵であれば3倍は必要なはず。それだけの戦力が動けば事前に関知する事は可能だ。一方的に襲撃を受け沈黙させられるというのはおかしい。
つまりは、何かある。
「それで、自分に探ってこいと? いきなり出し惜しみなしですか」
皮肉めいた風でもなく、ゼンは問い掛ける。無意味にこのような事を言い出す司令ではない。果たして彼女は澄ました顔でこう答えた。
「ついでにといってはなんですが、この機にTEIOWの宇宙戦闘データ、その蓄積をして頂きたいの。地表に本拠地を構える以上そうそう宇宙に上げる機会もありませんし、それを無視してちょくちょく出したりしていればあちこちから睨まれますもの。さらに言うならば相手が不鮮明だというのに下手に中途半端な戦力を出して、返り討ちに遭うなんて事になったら笑い話にもなりませんわ」
なるほどねと納得。チームインペリアルの、いやGOTUIの中でもトップクラスの環境適応能力を持つのは多分萬であるが、宇宙での作戦行動、しかも単独のものとなるとゼンに軍配が上がる。この任務は確かにおあつらえ向きだ。大概の相手なら後れを取ることもあるまい。
「了解です。この任務謹んでお受けしましょう」
姿勢を正して敬礼。一応軍籍もあった彼はそれなりに軍隊式の礼儀作法は行える。
蘭はにっと笑って「頼みますわ」とこれまた綺麗な敬礼を返した。
「ではやいば、ミッションデータを」
「はい。ゼン様、こちらがミッション状況になります。ご確認を」
携帯端末に送り込まれた情報をフォログラムにて表示、内容を確認する。
目標の正確な座標、使用するコース、空域の細大な各種状態などを全て頭に叩き込む。
この場で問う事はない。聞きたい事は全てデータとして揃っていたし、使用する全ての機器、装備は常に万全の状態であると理解しているからだ。
ゼンは一つ頷き、蘭へと向き直った。
「状況は確認しました。早速ミッションに入ります」
「お願いしますわ。御武運を。……っと、そうそう、一つ言い忘れてましたわ」
何かを思い出したらしく、蘭はぽんと手を叩く。ゼンはなんだと僅かに眉を寄せた。
「“例の装備”、最終調整が完了したそうです。機会があればテストしていただけますかしら?」
「…………了解です」
一応承諾したものの、ゼンはあまり気が進まなかった。
話題に上った装備、それがあれば単機にて艦隊並みの戦力を運用する事が可能であるが、正直そのようなものを使わなければならない相手とは出会いたくない。疲れるし。
かといってなまなかな相手に使うのは戦力過剰というもの。結局大規模作戦行動で使用する代物だ。牛刀でハエを叩き潰す趣味はない。
期待されておいてなんだが、その機会はないだろうなあ。ゼンはそう思いながら席を立った。
「とまれ試しに使う分には構いはしないか」
「ん? どうしたです?」
「ああ、例の装備さ。幾つか使う分には通常戦闘でもやりようがあるってね」
相棒と会話を交わしながら、ゼンは出撃準備を整えていった。ゼンカイザーの装備は前回と変更はない。特殊なミッションでもない以上、全域行動を前提としているTEIOWは基本装備のままだ。特にマスターマシンとも言えるゼンカイザーは全距離戦闘に対応している。どのような状況に放り込まれるか分からない今回のミッションでは、逆に下手な装備変更は戦力低下にも繋がる恐れもあるので変更する必要がない。
カタパルトのゲートが展開するが、今回は即座に飛び出したりしない。衛星軌道を越える長距離跳躍だ。前例はいくらもあるとは言え調整には細心の注意を払う。時間がかかるのは当然だろう。
本来ならば外宇宙へ進出するための超光速航法として考えられていた空間跳躍法だが、戦争はそれを平和利用させる事はおろか、宇宙開発そのものを停滞させていた。辛うじて人類は太陽系全ての惑星圏に到達するまで発展していたが、そこから先は足踏み状態となっているのが現状である。
現在はまだその兆候は見えていないが、戦争が長引けばいずれ資源も人材も底を突き、堰を切ったように崩壊が始まる。そうなる前に和平を、降伏をと主張する人間もいるが、侵略者たちの行動、態度から安易な譲歩は後々禍根を残すと推測されていた。下手を打てば奴隷どころの騒ぎではない。人類がれきとした“人間”として存続するためには負けるわけにいかないのである。それを理解している者達は、だから必死であがくのだ。
しかし。
「いつか来たる明日のために、か」
空間の歪みにより生じる光景を目に一人呟くゼン。そのお題目を唱える者は多かったが、果たして何人が本心としているのだろうか。他人の感情を僅かばかりとは言え察知する能力を持つゼンにとって、人の心の裏を読むのはそれほど難しい事ではない。普段は意識してセーブしてはいるのだが。
誰だって心に闇を持つ。ゼン自身しかり、“GOTUIという組織そのもの”しかり。それを理解“させられる”という事は、決して幸運な事ではない。
「コントロールよりゼンカイザー、ゲート安定しました。いつでも行けます」
「ゼン、用意できたですよ。……ゼン?」
ワイズの声に、はたと我を取り戻す。ついつい自分の考えに没頭してしまったようだ。
「悪い。……ゼンカイザーよりコントロール。システムオールグリーン、アイハブコントロール」
気を取り直して意識を集中。鋼鉄の機体は翼を広げ、機関出力を上げた。
「カタパルトエンゲージ。……グッドラック」
「サンクス。TX−01ゼンカイザー、ゼン・セット出撃る」
宣言と同時にフルスロットル。リニアレールの電光を曳いて、ゼンカイザーはゲートへと飛び込む。
空間の歪みを通過する独特の感覚が暫し続き、それを経てゼンカイザーは漆黒の宇宙へと姿を現した。重力やデブリの拡散状況などの都合により目標空域に直接というわけにはいかない。現空域から目的地までまだしばらくの時間がかかる。
とは言えのんびりと向かうつもりなどゼンには微塵もなかった。少しでも早く目的地へ。焦らず急かされず、己の任を果たさんと機体を飛翔させる。
それに集中している間は、余分な考えに心を捕らわれる事はないだろうから。
逃げる逃げる。逃げて逃げて逃げまくる。
現在の状況を分かり易く簡潔に説明するとそうなった。
「ダニエル! グレコール! 生きてる!?」
「まだ足はついてる! もうちょっとでなくなるかも!」
「死んでない。死にかけ」
「くそ、しつけえ!」
4機のブロウニングが、緊急脱出用の小型艇を護りながら可能な限りの速度で宇宙を駆ける。
わけも分からぬ相手から奇襲を受けると判断した警備小隊が下した判断は、すなわち“全ての状況を放棄して撤退する”であった。
普通であれば無責任もいいところの判断であったが、今回はそれが幸を喫した。施設そのものを捨て駒にする事で、職員隊員全員が生き延びる事ができた。軍隊としては下策かもしれないが、人材を重視するGOTUIの判断としては及第点であろう。
だがその判断も、今になっては惨劇を先送りにするだけだったのではないかと疑わざるをえない。よほどの相手でなければ逃げ切れはずの状況で、未だに追撃の手は緩んでいないのだから。
速いのではない。巧みなのでもない。事実直接的な戦闘になったら互角以上に渡り合える。しかし“十二分に距離を離したはずなのに、いつの間にか対処しにくい場所に潜り込まれている。”不可解にして理不尽な相手であった。
「ちょいと……ヤバいかも知れないねえ」
豪放な小隊長をしてそう口にさせるほどの窮地。相手の数は恐らく一機。だが不可解な能力らしき物に翻弄されて対処しきれない。このままでは小型艇諸共宇宙の藻屑だ。
ならば……自分が足止めして残りを逃がそう。即座にそう悲壮な判断を下し部下に伝えようと口を開こうとした。
だが――
「っ!!」
――無慈悲な火線が予想外の位置から小型艇を狙う。小隊の反応は速かった。しかしそれでも間に合わない。伸ばそうとした手の先をすり抜けて、死を運ぶ鏃はつき進む。
この一瞬まで“彼女”は奇跡など信じていなかった。例えそう見えるような状況であってもそれは演出。いざという状況で都合の良い展開などあり得るはずがない、と。
その常識は、眼前で打ち砕かれた。
彼方より放たれたビーム砲撃。それにて“狙撃を打ち落とす”なんぞ誰が予想できるものか。目の前でおこった奇跡以上の現実に、隊長は動きを止める。
一瞬の空白。それを埋めるかのごとく、追撃者の眼前に空間を割って何者かが立ち塞がる。
トリコロールカラーの機体、右手には長大なライフル状の武器。左手には鋭利な形状の盾。
翼を持つ騎士――いや、戦天使にも見えるその機体がゆっくりと面を上げると同時に、何者かの声が虚空に響く。
「理不尽なる悪蔓延るならば、我完全無欠にそれらを超え討たん――」
ぎいん、とその機体のツインアイが輝いて、咆吼が響き渡った。
「――【完全超悪 ゼンカイザー】! 今ここにっ! 見・参 っ!!」
隊長は全ての状況を忘れてこう思った。
うあ、問答無用に格好いい、と。
「……あ〜、コレ。やってみるとすげえ気持ちいいね」
「ちょっと特殊なエフェクト入ってるですから、注目度抜群ですですよ」
なんか漏れ聞こえた台詞を耳にして隊長は思った。
うあ、問答無用に格好悪いと。