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5・ダモクレスの剣 後編

 




1週間後。

 

大型輸送機がグランノア上空へと到達し、その後部ハッチが開放され次々と機動兵器が吐き出され降下を開始する。

 

巨大な盾と槍のような武装。全身に施された過剰な装飾。左肩には揃って玉座の上に吊り下げられた剣の紋章。中世の騎士を思わせる白銀の機体は危なげなく甲板上に着地、整然と膝を付く。

居並ぶ軍勢が傅く中央、天空よりゆっくりと降り立つ一機の機動兵器。

 

黄金の装甲、背後に広がる翼を模した大型スラスターユニット。天空の騎士といった風情のど派手なその機体を見たGOTUI側の反応は、様々。

出迎えのため整列している特務機動旅団の面々は苦笑を浮かべるか呆れたような表情を浮かべ、参席していた上級幹部の一部は揃ってげんなりとした表情。涼しげに済ました表情を保っているのは蘭とお付きの二人だけだ。

 

そして萬たちチームインペリアルの面々。


「ガンゼンロージス製人型機動兵器【KF-110 シュバリエ】、そしてその上位機種【KF-119S メタトロン】。実物見たのは初めてだけど、いやいや派手だねえ」

 

眼鏡を光らせ興味深げな視線を遠慮なく向けて、くくくと笑うゼン。


「あんまり趣味やないデザインやのお。ホンマ役に立つんかい?」

 

弦は疑わしそうに眉を顰めている。


「動きは綺麗……だけど、ねえ」

 

にこやかな表情のまま、鈴は意味深げに呟く。


「……なるほど、な。あれでは司令はなびかないだろうさ」

 

得心し、達観した顔で頷く萬。

 

そんな彼らが見守る中、着地した黄金の機体の胸部装甲が展開。顕わになったコクピットから何者かが姿を現す。

装飾過剰なパイロットスーツの肩にマント。胸には薔薇。銀髪をなびかせたその美丈夫は眼下で居並ぶGOTUIの面々を睥睨し、高らかに謳うようにこう言った。


「出迎えご苦労! ナイトブレイド第一大隊、そして第一大隊長カンパリスン・アブ・ジクト只今参上仕った!」

 

新手の馬鹿だ。みなそう思った。















「久しぶりだね蘭。相変わらず美しい」

 

眼前に立ち馴れ馴れしく声を掛けてくるカンパリスンに対して、蘭はにっこり笑いつつ小首を傾げてこう答える。


「どちらさまでしょうか?」

 

カンパリスンの笑顔が凍った。流石司令だ容赦ねえ。GOTUI側は全員が戦慄しつつも納得していた。

しばらく固まっていたカンパリスンだが、気を取り直したのか引きつった笑いを浮かべ何とか言葉を絞り出す。


「は、ははは、冗談が上手いね。婚約者たるボクの事をキミが忘れるはずはないだろう?」

 

事実だとすれば驚愕に値する話である。だが誰一人として――ナイトブレイドの面子すらもその言葉を信じていない。

当然ながら蘭の言葉は真綿でくるんだパイルバンカーをぶっ刺すような辛辣さを内包したもので。


「そう自称する方が年に5,6人は現れますから困りものですわ。わたくし婚約どころか恋人もいませんのに。本当に迷惑というかウザいというかしばき倒しますわよ身の程知らずというか、ともかくその手の冗談はもう飽きてますの」

 

ぽろぽろ本音が漏れている。まるっきり相手をしていないというかこれ以上何かふざけた事をぬかしたらぶちのめすとでも言いたげな素敵笑顔だ。

真正面からその表情を見たカンパリスンは本気でビビったらしく、「くっ、こんなはずでは……」とか呟きながら後ずさっていた。

 

完全に格が違う。

 

腰が退けた状態で「と、ともかくそれはそれとして、本日こちらの要請を受け入れててくれた事に感謝を……」と口早に話を進める彼の様子を見たチームインペリアルの面々は小声で言葉を交わす。


「可哀想なくらい相手にされてないなあ。……ま、あれじゃ仕方ないね」

「あれでどこをどう取ったら好かれていたなんて考えられるんやろ。無茶もええとこやで」

「見てくれはいいんだけどね〜。正直観賞用?」

「……アレ本当にこの間の襲撃ん時役に立ったのか?」

「スコア上はね。実際のところ撤退する相手を追い打ちで落しまくったってのが真相らしい」

「うあマジかいな。最低やのお」

「マジもマジ、妾見たモン。思わず記録取って上層部に提出しちゃった」

「宇宙人相手にゃ条約は通じないってのは分かってるが……いやはや」

 

会話の途中で何やら怖い事を誰か言ったような気がするが周囲の人間含めて誰も気にしない。

事実新興のナイトブレイドは現在のところほとんど戦果らしい戦果を上げていない。バンカイザーのデビュー戦となった襲撃のおりに押っ取り刀で出陣して追撃を行った程度だ。その他に実戦経験はほとんどない。

そのような相手が経験豊富なGOTUIに合同演習を申し込む。一見実戦経験を経て反省する面があり、格上の組織の胸を借りることによって今後の糧とするといった殊勝な考えに基づいてのものと好意的に考える事もできるが。

 

実際もっと泥臭い話なのだろうなあと萬は考える。

 

民間防衛組織。聞こえは良いかも知れないがその実体はPMCプライベートミリタリーカンパニー、傭兵派遣企業と大差がない。GOTUIのように公的政府機関と太いつながりを持ち半官半民の立場を獲得すれば安定した経営も成り立つであろうが、何の後ろ盾もパイプもなければ即座に火の車となるのは目に見えている。当然どこもかしこもパトロンやクライアントを抱えていた。

そもそも元々の方策に真っ先に飛びついたのが軍需産業だ。そして現在おおっぴらに活動している民間防衛組織のほぼ全てがそれらを後ろ盾としている。GOTUIすらも例外ではない。当然、ナイトブレイドも。

さらに言うならばGOTUIが台頭する以前から現在にかけて、企業間で水面下にて行われる争いは熾烈を極めたものであった。配下にある防衛組織は無論の事それに関わっており、互いにぶつかり合う事など日常茶飯事。腹に一物二物あって当然。にっこり笑って握手して、背中にナイフを隠し持っていなければいつ寝首を掻かれるか分かったものではない。

戦場が地球圏全域に展開していたこの間まではなかった緊張が蔓延している中、迂闊な動きを見せればそれは即座に隙となる。合同演習の申し込みなど裏があって然るべきと考えて差し支えないだろう。現段階でナイトブレイドの代表者たるカンパリスンを見ているとそのような裏があるようには感じられないが、彼らを送り込んだ“後ろ盾”は確実に何か後ろ暗い算段がある。所詮は一兵卒にしか過ぎないじぶんにもそう感じられるのだから相当に見え透いた話だ。表面通りに見ていたら馬鹿を見る。

 

はてさて、見え透いているのは良いがそれに対してウチの頭はどう出る。半ば他人事のように萬は考えていた。どちらにしろ考えて決めるのは司令の仕事、そして行動し結果を出すのが自分達の仕事、萬はすでにそう割り切っている。間違っていると思ったらその時点で口を出せばいいし、それを耳に入れない上司ではない。それくらいには蘭の事を信用していたから。


そんな萬をもってしても、蘭が口にした演習の条件は予想の斜め上を行っていた。


「……そうですわね、こちらが用意する戦力はチームインペリアルのみ、という事でどうでしょう。ハンデという意味も含めて」

「そ、それはあまりにも……戦力差がありすぎはしないかね!?」

 

とんでもない事を言い出した。単純計算で64対4、普通に考えれば圧倒的な戦力差だ。が、よく考えるまでもなくチームインペリアルに、TEIOW乗りにとっては問題にならない。

その上で、さらに蘭はもう一つハンデを追加する。


「ああ、確かに“TEIOWを使っては戦力に差がありすぎますわね。”でしたらこちらは全員ブロウニングを使用させる事にいたしますわ。それでよろしいでしょう?」


 馬鹿にしているのか。流石に状況を見守るだけであったナイトブレイドの面々もそう言いたげな空気を纏い出す。高性能機とは言えブロウニングはあくまで量産機、基本的な能力でシュバリエと大差はないはず。それでなおこの戦力差をひっくり返せるというのか。隊員たちからしてこうなのだ、直接対応していたカンパリスンの心境はいかほどのものか。

案の定、彼の額にはぶっとい青筋が浮かび上がっている。


「ふ……ふふふふふ」

 

キレた。これ以上ないってくらいキレた。自分を袖にしたばかりかここまで舐めた態度を取られるとは、予想外を飛び越えて怒り心頭となったカンパリスンは激情を隠そうとしないまま言葉を紡ぐ。


「いいだろう。その条件飲もうじゃないか。ただしどうなっても苦情は聞かない。“演習中に良くある事”が起こっても事故だ。それでかまわないね?」

「あら、わざわざ釘を刺さずとも当然の事ですわよ?」

 

五体満足では済まさないと宣言したも同様の台詞をしゃらりと受け流す。普通の人間がやればただの馬鹿だが言ったのは天地堂 蘭だ。ある意味馬鹿さ加減では常識の斜め上を行く。

 

まだカンパリスンは理解していなかった。

 

自分達にぶつけられるのが常識を越えた化け物と、人間という名の獣だという事実を。

 

そのツケは、即座に支払われる事となる。
















左肩装甲に、メリケンサックのように王冠を填めた拳の紋章。右肩にはそれぞれのパーソナルマーク。

 

トリコロールの機体は天使と悪魔の翼を持つ少女。

 

白い機体には如意棒を構えた孫悟空。

 

蒼い機体はシンプルに一本の日本刀。

 

そして深紅の機体は導火線に火の点いた爆弾。

 

各人に会わせてセッティングされた4機のブロウニングが防御形態となったグランノアの甲板上に現れる。

その光景を不平そうに眺めるぬいぐるみっぽいモノが4匹。


「皆いけずですよ。あちきだって活躍したいのに」

「旦那大丈夫っすかねえ。ワシらのサポートなしでれるっすかねえ?」

「…………暇」

「己の力だけで事に挑むか。……まあ油断がなければ負けはあるまいが」

 

端末ごしに語る人工知能たちを傍らに、蘭は優雅にカップを口へと運んだ。

幾重にも張られた結界バリアに囲まれた即席の演習場。その中で4機と一個大隊が向かい合う。その光景を見やりながら蘭の後ろに控えたやいばが言った。


「ここまでサービスして一矢も報えないのであれば本物の無能、という事になりますが」

 

彼女の視線が居並ぶシュバリエ、その左肩に向けられる。


「吊られた剣……ダモクレスの剣という事でしょうか。我々に対する嫌味のつもりにしては、捻りがありませんね」

 

次いではずみも口を開く。


「いつでも首を取れる位置にある。彼らの後ろ盾はそう言いたいのでしょうな。……まったく――」

 

頭を振って肩を竦める。


「――役者不足も良いところ」

 

間違いなくナイトブレイドは単なる様子見、牽制球でしかないだろう。それに気付いていないのは恐らくカンパリスンただ一人。そんな相手に対して全てのカードを見せる必要はない。“見せ札であるチームインペリアルだけで”十分。四人全員を出すのも勿体ないくらいだ。

何しろ現段階で新人ルーキーの萬ですら、撃墜数は170を超える。TEIOWを使わなければという話ではない。それ以前に彼はシミュレーター上とは言えブロウニングによる30機抜きなんて事をやらかしている。萬より以前から実戦経験を積み、GOTUI系列の機体でも訓練を重ねた他のメンバーも推して知るべし。はっきり言って一個大隊が一個師団だったとしても勝負になるかどうかというところだろう。

澄ました顔でカップをテーブルに戻す蘭。その表情は自分達の勝利を微塵も疑ってはいない。


「ま、あの紋章を考えたのが誰かは知りませんけれど、肝心な事を忘れているようですわね」

 

口の端が皮肉げに歪む。


「ダモクレスの剣……あの逸話で剣の下の玉座に座らされたのは王ではなく、王の立場を羨み軽々しい事を口にしたダモクレス本人ですのに」

 

その言葉を合図としたかのように、演習場内が動く。

 

先頭に陣取っていたメタトロンが巨大なランス上の武器を4機のブロウニングに向ける。多分口上の一つもぶちかます気だったのだろう。が、そのパイロットであろうカンパリスンは失念しているようであった。

 

この演習は、“GOTUIの演習要項に沿って行われる”という事を。

 

要するに、開始の合図などあるはずもない。


「全機、状況開始」

 

容赦なくゼンの指示が飛び、前触れもなく4機のブロウニングが散開、一斉に疾駆を開始した。

果たして反応できなかったのは指揮を執っているはずのメタトロン――カンパリスンのみ。残りのシュバリエは全て即座に対応、指揮を待たずに中、小隊規模で纏まり散開、向かってくる4機を囲むように扇状の陣形を展開する。

上はともかく兵の練度自体は悪くない。及第点はくれてやれる。だが相手が悪かった。


「右もらうで!」

「左行くよ!」

 

白と蒼の機体はそれぞれ陣形の左右へと別れ突貫。弾幕をものともせずひらりひらりと回避しつつ接敵。背中と腰部に装備した計4基の空間振動推進器が唸り、電光のような速度で懐に潜り込む。

 

弦の駆る白い機体の武器は両腕に装備された手甲にも見える格闘武装【ナックルショット】のみ。80ミリ三連装ショットガンが内装されており、殴ると同時に零距離から散弾ショットシェルをぶちかますという結構凶悪な武器だった。

パイルバンカー同様強力ではあるが極至近距離でしか使えない武器であり、使用する人間を選ぶが弦にとってこれ程相性の良い武器はないだろう。またパイルバンカーほど重量もないので機動性を損なう事もない。

どかむ、と派手な音を立てて瞬く間に数機のシュバリエが吹き飛ぶ。弾頭は模擬弾とはいえその威力は強烈無比。まともに食らえばただでは済まない。

がしゃりとから薬莢を排出しながら次の犠牲者を捜す弦。獰猛に歪んだ口からは自然と嗤いが零れていた。

 

鈴の駆る蒼い機体が装備しているのは、一対の日本刀に似た武装、【高周波振動ブレード】。刀身自体を振動させて切れ味を増す近接武装であった。

その切れ味は斬空刀ほどのものではないが、重装甲やバリアの類を装備していない相手なら十二分に通用する。ましてや鈴ほどの腕前の人間であれば刃物であるというだけで十二分に凶悪な武器となる。

もっとも模擬戦なので電源は入っておらず刀身には防護カバーが取り付けられてはいるが、あまり意味がない。一閃されるごとに誰かが吹き飛ばされ、叩き伏せられる。

鈴の表情はいつもと変化がない。ただその目には、獲物を駆る狩人のような冷徹な光が宿っているように見えた。

 

2機のブロウニングによって左右から陣形は切り崩されていく。それに対してナイトブレイドはそれぞれを複数で包囲して各個撃破を狙おうとするが、その機先を制してこの男が動く。


「はいはい、そうはいかないよ」

 

正確無比な狙撃が、次々とシュバリエの群れに襲い来る。

60ミリスナイパーライフル。破壊力よりも貫通力と精度、そして装弾数を重視したそれを二丁両手に持ち、それぞれ別方向を狙撃するという常識外れな芸当を、ゼン・セットという男はやってのけていた。

その射撃は正確かつ的確。相手が嫌がる位置、嫌がる場所に吸い込まれるように弾丸が飛んでいく。踏み出そうとした一歩が、振るおうとした一手が、絶妙のタイミングで潰されていった。それにより大半の機体が阻まれ混乱が広がっていく。


たった3機で大隊規模の部隊が手玉に取られている。チームインペリアルの戦力をTEIOWに頼るものだと思いこんでいたカンパリスンにとっては悪夢のような光景だった。

こんな馬鹿なと半ば呆然として呟いても状況は変わらない。徐々にではあるが確実に戦力は削られていく。


「……くっ、この……」

 

機体を翻して反撃に出ようとするカンパリスンであったが、その眼前に紅き機体が立ち塞がる。


「悪いね。アンタの相手はこのオレらしいぜ」

 

オープン回線で語り掛けるのは、萬。真っ先にカンパリスンが狙われなかったのは蘭の指示だ。曰く、一騎打ち(サシ)で真っ向から叩き潰しておやりなさい、との事。故にその余裕ができる――彼の部下が手出しができなくなる今の今まで放置されていた。

 

とは言っても呆気に取られていた彼は最初から孤立していたのだが。

 

右手に肉厚のマチェットブレード、左手にアサルトライフル状のマシンショットガン。それらを機体の正面で交差するように構え、一歩一歩ゆっくりと進みながら萬は言う。


「さあておっぱじめようか大将。野良犬に怖じ気づくタマじゃないだろ? 矜持見せてくれや」

 

挑発するような物言い。あまり萬らしからぬ行動ではあるが、彼もそれなりにストレスが溜まっていた。これを機に思いっきり晴しちゃると黒い考えが頭をよぎっても仕方がないだろう。

 

言われたカンパリスンというと……俯き全身を振るわせている。

 

裕福で社会的のも立場の高い家庭で育った彼は相応にプライドが高く、またそれに見合うよう自身を磨くのを忘れない努力家でもあった。意外な事であるが。

ただひたすらに空気が読めないという欠点こそあれど、その能力は並を上回っている。それで他人を唸らせた事は数あれど、ここまでコケにされたのは初めてだ。故にその怒りは。

 

自分自身が思っているよりはるかに激しい。


「……けるな」

 

ぎりぎりと歯ぎしりしながらゆっくりと面を上げる。カンパリスン。憤怒の表情で血走った目を歩み寄るブロウニングに向ける。


「ふざけるなあああ!!」

 

咆吼と同時にフルスロットル。ランスを振りかざし後先考えずに正面からの突撃。

無茶苦茶ではあったが不意を突いた形だ。並の相手であれば反応できなかったかも知れない。しかし。

 

八戸出 萬は凡人ではあっても並ではない。

 

突き込まれるランスをマチェットで受け流し――きれずに弾き飛ばされる。それを勝機と見たカンパリスンがさらに追撃を行おうとしたところで衝撃。弾き飛ばされたのではなく反動を利用して移動。同時に死角からショットガンを連射したのだ。

ダメージこそほとんど無いものの衝撃で体勢が崩れる。それを見計らって次々と追撃が叩き込まれ、カンパリスンは翻弄された。

 

馬鹿な。なぜこうも容易く自分が手玉に取られる? 必死で機体を制御するカンパリスンの脳裏で疑問と憤怒がごちゃ混ぜになってかき回される。その彼の耳に、オープン回線での通信が飛び込んできた。


「……弱いな。アンタは」

「っ! 弱いだと!? ボクが!?」

 

ムキになって反応するが、それで状況がひっくり返るわけではない。必死で凌ぐカンパリスンは気付かなかったが、萬の声にはどこか苛立っているような気配が混ざっていた。


「ああ弱い。確かにアンタは才能がある。恵まれている。……だが“それだけ”だ」

 

打ち込まれたランスが今度は然りと弾き返される。そしてそれを保持している右腕に模擬弾が叩き込まれ結果ランスは地に落ちる。


「アンタには“餓え”がない。何かを護ろうとする意志も、高みを目指す意地も、世界を憎悪する怒りも、死にものぐるいで生き抜かなきゃならない理由もない」

 

後退しながら予備の武器が抜かれようとする前に、正面からの直蹴りが叩き込まれそれが封じられる。同時に至近距離から弾丸が叩き込まれ演習用プログラムがアラートを出し次々と機体の機能を停止させていく。


「そこそこの位置で下を見下しながら生きる。そんなヤツが居るのは構わんさ。だがな、中途半端な位置で満足し“強くあろうとしない”ようなヤツが――」

 

ついにほとんどの機能が停止し、メタトロンは仰向けに倒れる。ほぼ唯一生き残っている正面モニターの中にカンパリスンは見た。

立ち上る陽炎を背負い銃口をこちらに突きつける、紅き鬼神の姿を。


「――オレの前に立ち塞がるんじゃねえよ」

 

確かな怒りがその言葉の中には含まれていた。それはカンパリスンのものとは違い静かな、しかしマグマのように熱いもの。

彼が何に対して怒りを覚えたのか、カンパリスンには分からなかった。如何様なものでも立ち塞がるなら敵は敵でしかない、何も考えずに倒してしまえばそれだけで良い。兵士とはそうあるべきものだろう。事実カンパリスンが接してきた兵とはそのような人間ばかりだった。

己の立場や物の見方、周囲の思惑などによってフィルターがかかっていた事に彼は気付いていない。カンパリスンにとって戦場はもっと“単純なもの”であったのだ。ゆえにこのような生の感情をぶつけられて返す言葉がでるはずもなかった。ただ圧倒され身震いするだけだ。

 

最早怯えるだけとなったカンパリスンに興味をなくし、萬は銃口を下げる。どのみち建前上とは言え指揮官が落されたのだ。すでに勝敗は決した。

 

もっともとうの昔にほとんどの機体が落され半壊滅状態であるのだが。

 

機体を翻し立ち去る背中を、カンパリスンはただ見送る事しかできなかった。

歯牙にもかけられない。これ程までに差があるというのか。抱えていた怒りは霧散し、敗北感だけが心を支配している。これがGOTUI、これがチームインペリアル。人の姿をした化け物たち。

 

この日、カンパリスンは敗北を知った。


 













事後処理もそこそこに引き上げを開始するナイトブレイド。

彼らを見送る蘭とその従者の顔は……実に生き生きとした良い笑顔であった。


「胸のつかえが下りるとはこういう事を言うのでしょうね。……ああ、すっとしましたわ」

「すでに塩は用意しております。1トンばかり」

「よろしくてよ。彼らが立ち去った後盛大に撒いてお上げなさい」

「ついでですから今回の記録を世界中に配信しておきますかな。特に後ろ盾の連中に分かり易いように」

「パーフェクト。派手におやりなさい」

 

浮かれてろくでもない事をやらかしそうなトップだが、他の面々も似たような物だ。例え演習とはいえど敵意を向けられている相手に対し勝利を収められればやはり気分が良い。そんな空気の中、ただ一人浮かれた様子を見せない人物が居る。

 

八戸出 萬その人だ。


「ふむ、何やら不服なようだが?」

 

最近の定位置である萬の左肩に居座ったジェスターが問う。それに対して萬は憮然とした表情で答えを返した。


「不服ってわけじゃない。満足してないだけさ」

 

そう、全く“足りない。”

 

萬が思い浮かべるのは初陣の時に戦ったあの“黒いヤツ。”あれからずっとその戦いぶりが脳裏にこびり付いている。

機体の性能差を物ともせずにTEIOWと互角の戦いを繰り広げた技量。そして感じた狂気をも内包した戦いへの飢餓感。今回の相手など比較対照にもならいと分かっていてもどうしても意識してしまう。

再び相見えるかどうかは分からない。だが……次に出会った時、自分は立ち向かえる事ができるのか。

 

我知らず背中に汗を掻き、歯を食いしばる萬。その目は彼方を見据えていた。


 













輸送機の専用個室。最低限の指示を出した後そこに引きこもったカンパリスンは、ただひたすら窓の外を眺めていた。

 

その目が何を見詰め、その心に何を抱えているのかは判別が付かない。

 

ぎちりと拳が握られ、歯が軋む。

 

今回の事で彼は何を失い何を得たのか。それを知るのは当人のみである。
















次回予告っ! 






地球から遙か離れた暗礁空域にあったGOTUIの観測施設が消息を絶った。

機能テストもかねて出撃したゼンが見たのは一体何か。

美しき戦姫と天空の戦鬼が出会う時何かが起こる。

次回鬼装天鎧バンカイザー第六話『異能者たちのダンス』に、コンタクトっ!








筆者大好き噛ませ犬登場。






……と見せかけて後半の蘭の台詞のためだけにあるのが今回の話。






どんだけキャラがいい加減に作られているか、名を訳せば分かります。





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