5・ダモクレスの剣 前編
カメラのフラッシュが次々と焚かれる。
グランノア上に設営された記者会見会場。その壇上にあるのはGOTUI特務機動旅団司令、天地堂 蘭。
威風堂々と構えながらもにこやかな笑みを浮かべている、一見この場には不釣り合いとも思える少女に質問すべく、次から次へと挙手を行う記者たち。
発言を許された者の問いに、蘭は一つ一つ丁寧に答えていく。
「新型機動兵器の完成とともに、それを運用する特殊部隊を結成されたそうですが、それは一体どのような物なのでしょうか?」
「正確には独立遊撃部隊、という事になりますわね。当組織が開発した最新鋭兵器TEIOWを最大限の効率でもって運用すべく選抜されたメンバーにより成り立っていますの」
「話によると、以前から試験運用を行っていたテストパイロットがそのまま採用されたという事のようですけれど、それで問題が生じる事は?」
「そのメンバーが一番TEIOWと相性が良かったという事です。無論パイロットとしてもその他の面でも、一流といって差し支えない面々かと」
「司令直属の部隊という事は、私兵という事ではないかという意見もあるようですが、その辺りはどうなのでしょうか?」
「それを防がんがために準司令相当位、そして命令拒否権を与えてありますの。GOTUIの中に限って言えば彼らはわたくしと同格。命じるのではなく共に戦って頂く、そのような関係を構築したいと思っていますわ。むろん外部観察機構による上位命令権など、万が一の暴走を防ぐための対策は成されております。詳しくはお手元の資料に」
澱みのない問答が繰り広げられる。聞きたい事は大概皆同じであり、それ以上の回答が蘭の脳裏には用意されている。滞りなど生じるはずもなかった。
そしてほとんどの質問が出そろい、会見もそろそろ終わりに近付いてきたと思わしき頃合いを見計らって、蘭はにこやかに告げる。
「さて、色々と聞かれたい事はまだございますでしょうけれど、百聞は一見にしかずという言葉もある事ですし、実際にごらん頂きましょうか。我がGOTUIの技術を結集して作り上げた戦略機動兵器TEIOWの姿を。そしてそれを駆る強者たち、独立遊撃部隊チームインペリアルの姿を!」
ずはっと背後に大きく手を広げる蘭。それを合図に後方の壁が、いや、会見を行っていた部屋そのものが分解し収納され始める。
何事が起こったのかとざわめき狼狽える記者たちの目に入るのは、グランノア上面甲板の光景。会場そのものがその場に作られていたようだ。
蘭の背後には玉座の前で忠誠を誓う騎士団のごとく居並ぶ式典仕様のガヴァメント。左右に並ぶその中央の床が解放され、巨大な何かがせり上がってくる。
ガヴァメントより一回り二回りは大きい機体。三色、純白、蒼、そして深紅。雄々しく反り立つ四体の機動兵器、その胸元、解放されたコクピットハッチの横には、それぞれ機体に合わせたカラーリングの式典礼服を纏った男女の姿。
豪雨のように焚かれるフラッシュを受けた彼らは威風堂々と構えている……ように見えるが。
「また派手な演出だなあ。……どうにも合わん」
表情に出ないようにしながら、小さく愚痴をこぼすのは紅い礼服を纏った萬。性に合わないどころではない。何この罰ゲームとも思える派手な格好。これで特殊な会場に向かったら違和感ないじゃないか。萬はそう思うが、はたから見れば以外に似合っているようにも思える。もとの素材は十人並みとも言えるが、メイクスタッフから言わせればその分化粧映えがするとの事。ようは馬子にも衣装という事なのだろう。
はっきり言って普段の萬を知っている人間からすれば見た目別人としか言いようがないのだけれど。
こっそり溜息を吐く萬は、密かに己の左腕に向かって語り掛ける。
「いつまで続くんだこの茶番」
「司令閣下が一幕追えた後にデモンストレーションとなる。それまで堪えるのだな」
笑いを含んだ声は左腕の手甲、その拳の部分に付いた宝珠らしき物の点滅と同調して響く。
萬の相棒たるジェスターは、この状況を面白がっているようだった。
「情報公開という物はしておかねば余計な疑念を周囲に与えかねん。これより公式の場に赴く事も多かろうさ、今のうちに慣れておくがいい」
「面倒な事極まりないんだがなあ……オレは他の連中に比べて図太くないし」
ぼやく萬であったが、その耳に外部からの言葉が飛び込んできた。
「おいおい、自分と他の二人を一緒にしないでくれ。こう見えても自分は慎ましい人間だよ?」
「誰が慎ましいっちゅうねん。むしろ図々しいやろがワレ。慎ましいちゅうのはワシみたいな人間の事を言うんや」
「五十歩百歩って言葉知ってる? それに可憐な乙女捕まえて図太いはないと思うな〜。妾ちょっと傷付いちゃった」
「心にもない事言うなよ一応王族。慣れてんでしょこういうの」
「ほんまやで。ワシらみたいな一般ピーポーにはきっついわこういうの」
「ウチみたいな武闘派国家その辺の派手好き王様と比べて貰ったら困るな。どっちかってーと見下ろされる側だよ? 闘技場とかで」
「それは…………ワシ的にはありやな」
「いやおかしいでしょそれ王族として」
専用秘匿回線でなんちゅう会話だ。自分で原因を作っておきながらも萬は呆れる。眼下でばしゃばしゃフラッシュを焚き矢継ぎ早に質問を浴びせている記者たち、そして中継やンニュースの録画でこの光景を見ている者たちが聞いたら一体どう思うだろうか。やはり呆れて物も言えないのでは。
無表情を保ちながら陰鬱に溜息を吐くという器用な芸を見せる萬の頭上を、スモークを曳きながら迎撃魔女部隊の編隊が過ぎる。
GOTUI特務機動旅団付属独立遊撃部隊、チームインペリアル。
後に人類反撃の先駆者となる彼らの最初の仕事は、まあこんなものであった。
「結局の所アレだ、オレたちの仕事は“つえー機体あげるから戦場のど真ん中行ってみんな叩き潰してきちゃいなさい”っていう、リサイクル可能な特攻隊というわけじゃないか。……そりゃまあ、オレにはうってつけちゃあうってつけだが」
ぶすぶすと頭から煙を噴きながら、テーブルに突っ伏した萬がぐちぐちと零している。
相も変わらずごった返す昼の食堂。いつもの席を占拠した1444小隊の面々は生温い目で突っ伏す萬を力無く笑いながら見ていた。
萬がチームインペリアルに引き抜かれ、立場的にもスケジュール的にも大幅に差ができてしまい顔を合わせることすら難しくなったはずの元チームメイトであったが、なぜだかこうやってちょくちょく遭遇している。萬もまだいきなりのびっくり人事に慣れていないし、そもそもこの組織自体、階級とかにあまり頓着がない風潮があるので皆の対応は今までとあまり変化がない。外に出れば流石に態度を改めるだろうが、半ばプライベートと言っていいこの時間では変に気を使ったりしたら互いが疲れる。
そんなわけで皆も萬に対して遠慮なく物を言う。
「その代わりGOTUI内じゃほとんど好き勝手できる権限貰ってんじゃねえか。糖分交換ってヤツだろ? 替わってやらんけどな」
「等価交換、だよ。しかも美女数人から手取り足取りで集中個人授業。あんまり贅沢言うとバチが当たるよ? 替わってあげないけど」
「給料も良いしな。その分ちゃんと働け、労働の基本だ。引退まで働けば一財産気付けるだろう。羨ましい事だ。替わらないがな」
「最初から期待してねえ愚痴ぐらい言わせろ。そんくらいにゃ疲れるんだよ個人授業」
チームインペリアルに移籍するにあたり問題となったのが萬の成績である。別に不備があるわけではないが所詮は訓練生、最低でも士官クラスの知識と技術がなければ外部から色々といらないちょっかいがかけられる事は必至だ。
そこで蘭は萬に対して受験生も真っ青なスパルタ教育を施す事にした。
それは正に詰め込み教育といっていいだろう。比喩ではない。まず行われたのが萬と契約し霊的魔道的ラインが繋がっているジェスターとの情報共有機能を応用した、脳に直接知識を叩き込む学習法だったのだから。
ごく短時間で多量の情報を得る事ができるというメリットこそあるものの、それによりかかる脳への負荷は並大抵の物ではない。ほとんど廃人寸前、容赦なく限界ぎりぎりまで知識、教養を脳へとインストールし、さらにそれを確たる物にするためテスト及び実習の繰り返し。普通ならとうの昔にぶっ倒れていると思われるが、蘭たちは限界近くの微妙なラインを見切って萬に教育を施していた。
かてて加えて蘭本人と彼女のボディガードを勤めるやいばとはずみの三人手ずから相手をする拷問のような戦闘訓練。はっきり言って病院送りになっていないのが奇跡のようなものであった。
はっちゃけてるように見えて、そこらへんの加減はちゃんとできているらしい。死んでいないだけかも知れないけど。
「ううううう…………あいつら見た目極上だが中身はアレだ。正直鑑賞してる分には良いが実際接していたら身が保たねえ」
半泣きで呻くように言う萬の様子に若干退きつつも、場を和ますためにライアンは頑張って話を明るい方向へと持っていこうとした。
「けどあれじゃんよ、格闘訓練なんかだとこう、嬉し恥ずかしのアクシデントとかあるんじゃねえの? とくにほれ、あのメイドさんと執事さん。あの格好でインファイトやってた日にゃぁあーた、どーよ?」
流石エロネタ大王だった。しかし以前であればそういうネタに対し冷たい視線を向けるだけであったはずの萬は、のろのろと顔を上げながら力無く答える。
「んな余裕はねえっつーの。あいつらああ見えて化け物だぞ? ガン見する余裕もお触りする余裕もくれねえさ」
「……したいとは、思ったんだ」
少し呆れた様子でぼそりと言うフェイへと、萬は座った目を向ける。
「それぐらいの精神的自分へのご褒美がなけりゃあやってられんわい。人間やばくなったら性欲が高まるってのはマジだ、身に染みて理解したさ。……どのみち実ってないけど」
「ムッツリからオープンにクラスチェンジしやがったぞコイツ。スケベ的に」
「追い込まれてるなあ……」
「良くも悪くも人は変わるモンだな。この場合本性が出たという意見もあるが」
段々とキャラクターが崩壊しつつある萬に可哀想な人を見る目を向ける三人だった。
しかしまあ、コイツがこの程度でへばるはずもないかと、内心三人は鷹を括っていた。正式なサバイバル技術こそ無いものの、萬は生き残る事に関しては図抜けている。それは生来の才能ではない。地獄のような経験を経て培ってきた大雑把で荒っぽい、しかし実践的なものだ。彼を殺すには地上からゴキブリを全て掃討するのと同じくらいの手間がかかるだろう。それくらいにはしぶとい。
放っておいても大丈夫だろう。大体にして本当にヤバかったらコイツはとうの昔に逃げ出している。
それに、あれだけの戦果を――奇襲をかけてきた敵部隊の半分以上を単独撃破なんて事をやらかしたのだ。上の方は彼を手放すつもりなどあるまい。正規軍であればいやと言うほど勲章を押し付けた挙げ句に士官学校へ半ば強制的に押し込め無理矢理エリートに仕立てるコースだ。生憎GOTUIは優秀な人材を飼い殺しにするような良くも悪くも肝の小さい組織ではない。たぶん嫌になるまでこき使われる。
「つーわけでがんばれ。超がんばれ。俺たちは彼方から見守ってやってるような気がせんでもない」
「ああがんばるともさこんちくしょう。がんばらなけりゃ死ぬしオレ近いうちに」
「まあ、決死の心意気とは。このやいば萬様を見直しました」
「男児たるもの常に背水の陣であるとの覚悟が垣間見えますな。ご立派です」
突如何処からともなく現れた二つの声が男たちをびくりと震わせる。いつの間にか、まるで瞬間移動したかのように萬の傍らに現れたのは言うまでもない、留之やいば、はずみ姉妹であった。
油断も隙もねえ。萬を除く三人は冷や汗を掻く。三人とてひよっことは言えそれなりにならした者。油断はあったがそれでも容易く懐に潜り込まれるとは思わなかった。
なるほど、こりゃ確かに化け物だ。得心を得ると同時に悟った。こりゃ逃げないんじゃなくて逃げられないのだと。
三人は、改めて萬に同情した。
「……メシくらい、ゆっくり食いたいんだけどな」
「ええ、まだ召し上がっていらっしゃらないと思いまして」
「失礼ですがご足労願いたく」
じと目で二人を見上げる萬。以前に比べて随分と表情が豊かになったが、見せるのは不機嫌さや不快さと言ったものが多い。その主な原因たる二人は澄ました顔で萬に言う。
「別にとって食おうというのではありません。ただいつもいつも時間に急かされて訓練ばかりというのも芸がこざいませんので」
「本日は趣向を変え、司令や他のチームメイトの皆様と共に昼食会などいががかと」
「…………ああ、そうかい」
疑り深い目だった。その視線を受けて少しいぢめすぎたかとちょっとだけ反省する二人。確かに萬に高い技能を要求してはいたが、何もこんなにへばるまで鍛えあげる必要はどこにもない。柄にもなく浮かれていたようだ。“何に対してか”は自分達にもよく分かっていないが。
ともかくその猛特訓の慰労も兼ねて、一度ゆっくり相対してみたいというのが主人である蘭の意向であり、彼女らの望むところであった。
「そういうわけですので、大人しく連行されてくださいね♪」
「抵抗は無意味ですぞ。なあに天井のシミを数えていたらすぐに終わりますゆえ」
「そこはかとなく不安になるよな台詞を吐くのはやめてくれ」
苦々しい表情になりながらも、萬は抵抗する事なく立ち上がる。何をしても勝てない相手という者はいる。萬はそれをよく知っていた。
背中に哀愁を漂わせて萬は食堂を出て行く。こちらですと促す二人を引き連れて。
なぜか左右から二人に豊かな胸を押し付けるように腕を組まれた状態で。
三人の男たちは無言。ややあってユージンがぼそりと呟いた。
「羨ましいんだか羨ましくないんだか」
鶏ガラと豚骨を基本としたスープの匂いが食欲をそそる。
黄金に輝く麺は白濁したスープに沈み、その上を色とりどりの具材が覆う。
分厚くとろけるような舌触りのチャーシューがたっぷり載ったところでそれは完成する。
豚骨スープのチャーシュー麺。そして黄金に輝くチャーハンとほどよく焼けたボリュームたっぷりの餃子。とあるラーメン屋で人気のがっつり食えると評判な定食セットであった。
「…………グランノアって、出前届くんだな」
「本当は行列に並びたいのですけれど、生憎時間がございませんもの。まあ司令職の特権といったところですわね」
「随分とささやかな特権です事」
岡持から取り出されたチャーシュー麺セットを前にゴムで髪の毛を束ねている蘭の姿を見て、萬は目を丸くしていた。
なぜチャーシュー麺セットなんだろう。しかも大盛り。その細っこい身体のどこにはいるのか、太るのが怖くないのかいやむしろ痩せ気味だからいいのか主に胸が。
MY箸を取りだして両手を会わせ、いただきますと手を合わせてから萬の視線に気付いた蘭が、小首を傾げて尋ねた。
「暖かい内に食べないと、伸びますわよ?」
「あ、ああ」
はたと我に返って萬は居住まいを正し、手を組み合わせて軽く食前の祈りを捧げる。萬自身は日本人であり特に宗教にこだわってはいないが、流浪の人生の中で食前に祈りを捧げる習慣を持つ海外の人間と多く接してきたので、自然とそのような習慣が身に付いていた。
祈りを捧げてから箸を付ける。美味い。流石わざわざ直接出前を取るだけあって絶品とも言える味わいを醸し出している。下手に高級な料理を振る舞われるよりこっちの方が萬としては嬉しい。
気を使わせてしまったか。麺を啜りながら思う。本来蘭はこういった食事を人前で口にして良い立場の人間ではないはずだ。多分自分に合わせたのだろう。(この時萬はそう思っていたが、それが大きな間違いであったことに気付くのは後の事である)もしかしたら、ここしばらくの特訓についてやりすぎたかとか考えているのかも知れない。
(いや、そこまでは考え過ぎか)
事実萬に力が足りないのは確かだ。基本的に萬は全てにおいて人並みの能力しかない。死にものぐるいで生き抜いてやっと死地を凌ぐほどの技量を手に入れる事ができた。それでも蘭や、やいば、はずみといった面々には手も足も出ない。そして他のチームメイトにも一歩及ばない。さらに今なお皆成長を続けているのだ、並び立とうと思ったら並大抵の事では間に合うまい。その点では過剰とも言える特訓はあながち間違っていないだろう。
萬たちは容易く敗北する事を許されなくなったのだから。
「ラーメンってやっぱり美味いな。この味は他のヌードルじゃ出せない」
「この店は聞いた事あるわワシも。ぎょーさん人がならんどるトコやで」
「わ〜い食いでがある〜」
……こんな呑気な連中でも凄いのだ強いのだ。萬は聞こえないふりをして一心不乱に麺を啜った。
どんぶりが空になったあたりで、蘭は集めた面々に向かって口を開く。
「さて、お呼びだてしたのは他でもありません。皆様にお仕事を一つ、やって頂きたいと思いますの」
「ほう、初任務ってわけですか」
興味を引かれたように片眉を上げる器用な表情を見せてゼンが言う。それに対して蘭はまずはこれをとテーブルのモニター機能を立ち上げた。
それぞれが目の前に映し出される立体映像のモニターに目をやる。そこに写し出されていたのは。
「何や“果たし状”かい」
「有り体に言えばそういう事ですわ」
弦が果たし状と表現したそれは、とある民間防衛組織からの合同演習の申し込みであった。
現在外宇宙からの侵略勢力が太陽系外縁部まで後退し、再編成を行っていると推測されている。そんな状況の中、地球圏の各勢力はそれぞれの思惑を持って表で裏で活動を始めていた。あからさまな行動に出るところはまだないが、それも時間の問題だろう。蓋を開けてみなければどこが敵になるのか味方になるのか、判別が付かない。これならまだ侵攻を受け続けていた方が纏まりがあったのではないか。
早めに不安要素をなくしておかなければ再度侵攻を受けた時に致命的な事態を引き起こす事になりかねない。真っ当な勢力ならそうも考えるであろうが、そうでないところも数多く存在するのだ。場合によってはあっさり地球を裏切るようなところもあるのだから始末が悪い。
そんな疑心暗鬼を喚ぶ不安定な状況の中で、他の組織から合同演習の申し込み。これは何かあると考えて間違いないだろう。果たし状という表現は決して大げさでも何でもなかった。
すう、と鈴の目が細くなる。わざわざ会見などではなく演習の申し込みときた。GOTUIの戦力を計るためだと思われても仕方のない行為だ。あからさまな挑発と受け止められてもおかしくはない行動、相手はそれを分かっているのか。
まあ、どんな相手でも売られた喧嘩は買うけどね。そう思いながら鈴は蘭に問うた。
「で、この【ナイトブレイド】とかいういかにもな名前の人達なんなの司令? 妾聞いた事ないんだけど」
その問いに顎に人差し指を当てた蘭は、考え込みながら言った。
「最近鳴り物入りで結成された民間防衛組織ですわ。確かメインでバックに付いているのが多国籍軍需企業である【ガンゼンロージス】だったと思いますけど……はて、何か引っ掛かる事があったような……」
ん〜、と記憶を掘り出している蘭の耳元に口を寄せたやいばが、小さい声で蘭に告げた。
「……あの“身の程知らず ”の後ろ盾でございます」
「…………ああ、居ましたわねそんなのが」
もの凄くどうでもよさげに応える蘭の態度に疑念を覚えるインペリアルのメンバーたち。彼女にしては珍しい――というか見た事のない態度だ。基本的に彼女は他人をぞんざいに扱ったりしない。それに一度会った事のある人間は大概覚えている。まるで覚えておく価値もないとばかりに吐き捨てるのは彼女らしくない。
よほど気に入らないのか、それとも逆に意識しているのか。そう言った意味の視線を向けられていた蘭ははたと態度を改め、小さく咳払いしてから皆に向かい直る。
「まあつまらない事ですわ。ちょっと……」
そこまで言ってから、何かを思い付いたかのようにニヤリと笑い、萬の方へと視線を向けた。そして言い放つ。
「……結婚を申し込まれた程度の事ですから」
何とも言えない微妙な空気が場に満ちる。
ゼンは思った。うあ度胸のある人間が居るなあと。
弦は思った。自殺志願者ってどこにでも居るんやなあと。
鈴は思った。妾だったら斬りつけてるよと。
そして萬は――
「なるほどな、因縁があるわけだ」
――最低でも表面上は何の変化も見せなかった。
かちん。蘭の中で何かが火花を散らした。何という事はない、ないのだけれど……ムカつく。なぜかは自分でも分からない。
気が付けば心の中の何かに突き動かされるままに、口が勝手に動いていた。
「まあ家柄もそれなりですし容姿もまあまあでしたわね。今となっては惜しい事をしたのかも知れませんわ」
胸を反らして言ってから、ちらりと萬の様子を伺うと……彼は何の反応も見せず無表情に近いいつもの顔を見せていた。
脱力すると同時になぜか悲しくなる。彼にとっては未だ蘭の個人的な進退などどうでもいい事なのだと見せつけられたようなものだからだ。当然といえば当然なのかも知れない。半ば強引にチームインペリアルへと引きずり込み、虐待と言っても過言ではない特訓を施しているのだ。恨まれこそすれ好意的な感情を向けられるはずもない。
表面上は平静を保ちながらも内心落ち込む蘭。何も表に出したつもりのない彼女であったが見る者が見れば微妙な変化は丸分かりだ、それに気付いた皆はどうしたのだろうと首を傾げたりはは〜んと邪推したりと、顔には出さずに様々な憶測を巡らせる。
そんな中多分分かっていないだろうと思われていた萬が、さも当然といわんばかりに口を開く。
「しかしアンタはその話を受けなかった。という事は公私共々にその相手の話を受ける価値がないと判断したんだろう。違うか?」
きょとん。萬の言葉を耳にした蘭の反応はそうとしか表現できないものだった。しばらくそのまま固まっていた彼女は、やがて顔を紅く染め、どうしたものかと視線を彷徨わせ始めた。
「ううううう……信頼されているのでしょうかそれとも本気でどうとも思われていないのでしょうか?」
小声でぼそぼそ呟く彼女に、やいばとはずみが集って励ますように語り掛けた。
「がんばです蘭様。諦めなければまだ試合は終わりではありません。何の試合かは分かりませんが」
「左様。最低でも嫌われてはいないと判別したのですぞ。勝負はこれからにございます。何に勝つのかは分かりませぬが」
こそこそと話し合う三人を見て、何してんだと首を傾げる萬。どうにも分かっていなさそうであるが本能だけで答えに辿り着くヤツなので油断はできない。
残りの三人はそんな光景を見ながらこう思った。
面白い連中だと。
結局、なし崩し的に民間防衛組織ナイトブレイドと合同演習が行われる運びとなったのだが、GOTUI側にとっては本当にどうでもいい話だった。