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 マキュリーとプルトーが運命の出会いを果たした、百年後。マキュリーには弟と妹がひとりずつ出来た。ふたりとも、年の離れた姉のマキュリーによくなついてくれている。とっても可愛い。目に入れても痛くないくらい可愛い。


  魔王アダムスは、愛妻との蜜月に浮かれて、張り切り過ぎた結果、腰を悪くしてしまった。魔王アダムスは傲慢の鷲獅子の名を返上し、一族で最も強き鷲獅子人であるマキュリーが傲慢の鷲獅子を継承した。


  魔王の座は終身のものだけれど、それを生前譲渡することも検討しているようだ。そうなると、王座戦争の火蓋が落とされる。傲慢の鷲獅子であるマキュリーが参戦することになるので、魔王の座は二代に渡り鷲獅子人族が貰ったようなものだと、一族郎党は浮き足だっていた。


  一族の皆がマキュリーに期待をかけるのは当然のことだ。マキュリーはバリバリ働いている。人族に召喚されれば、契約者を唆して傲慢の罪に墜とし、悪虐の限りを尽くして、報酬は毟れるだけ毟りとる。ちょっかいをかけてきた聖霊の軍勢はハミングしながら殲滅した。


  傲慢の鷲獅子の名を戴くにふさわしい大活躍だと褒めそやされた。おしみなく注がれる賞賛は当たり前のもので、ありがたみは無かったが、満更でもない。マキュリーは魔王アダムスに負けず劣らずの人気者になった。


  多忙ではあるけれど、順風万般な日々を送っている。目まぐるしい毎日に忙殺されながらも、プルトーと交わした約束を忘れたことは無い。眠るときは彼のことを想いながら眠り、必ず彼の夢を見た。そうすれば、次の日も、またその次の日も、マキュリーは頑張れる。


  ついにプルトーは憤怒の龍を継承した。祝宴の真只中、竜宮邸の広間にてマキュリーはプルトーと百年越しの再会を果たした。


  この日を、この時を、百年の間ずっと待っていた。プルトーにまた会える日を夢見て、ひたすら研磨研鑽を重ね、うっとりするくらい最高の「マキュリー・プライド」になった。


 うっとりするくらいにエレガントで最高になっていたのは、マキュリーだけではなかった。成魔人(せいじん)して憤怒の龍となったプルトーは、アンニュイで最高の美男子になっていた。


  幼い彼が気にしていた身長はぐんぐん伸びた。女性としては背の高いマキュリーよりも背が高い。ハイヒールを履いていなければ、旋毛を無下ろされていたかもしれない。

 

  幼い彼が望んでいたようなムキムキマッチョではないけれど、細身ながら鞭のように引き締まった良い体つきをしている。七色に煌めく銀髪が放つ光のヴェールを纏う姿は、光の聖霊なんか足元にも及ばないくらい魔神々(こうごう)しい。


 夢に見ていた理想より、さらに理想的な成長を遂げたプルトーを前にして、マキュリーの興奮は最高潮に達した。


  マキュリー・プライドと言う名の一大事の到来に、ざわめく有象無象を眼中から完全に排除して、マキュリーは悠然とプルトーに歩み寄る。彼と向き合う。マキュリーは大きく腕を広げた。


「会いたかったわ、プルトー! お前もあたくしに会いたかったでしょう、そうでしょう、そうに決まっているわね! まったく、このあたくしを待たせるなんて。魔神(かみ)をも恐れぬその所業、流石はあたくしの運命の魔人(ひと)だわ! さぁ、跪きなさい。求婚するのよ、今ここで。そうしたら、お前と結婚してあげる。お前はこのあたくしの夫になるの。感動に咽び泣くが良いわ!」


 プルトーが目を瞠る。マキュリーは手をわきわきさせて、プルトーが彼女の豊満な胸に飛び込んでくるのを、今か今かと

 待ちわびた。何万回と繰り返し夢に見た感動の再会を迎える準備は万端である。


  ところが、プルトーの態度は煮え切らない。慇懃な姿勢を保ちつつ、いささか訝しげにマキュリーを見つめる。


「……失礼ですが、クソビ……レディ。何処かでお会いしましたか」


 マキュリーは驚愕した。絶句した。唖然とした。


  マキュリーを一目見たら誰もが皆、マキュリーのことを忘れられなくなる。当然だ。マキュリーのことを忘れるなんてありえない。プルトーなら、なおさら。だって、約束したのだ。プルトーはマキュリーを、金ピカ芋虫だったマキュリーのことを、忘れないと約束してくれた。


 マキュリーは失笑した。そうだ。プルトーはとぼけているのだ。本当は覚えているのに、忘れたふりをしている。きっと、アレだ。サプライズとか、何か、そういうことだ。

  マキュリーは気を取り直して、頬にかかった金髪を耳にかけてから、肩をすくめた。


「どちら様? なによ、忘れたふりなんかしちゃって。そうまでして、あたくしの気を惹きたいの? 可愛いところがあるじゃない」


  プルトーはきょとんとしている。「やだ、きょとんとしてるプルトー、可愛い」と胸をときめかせる。だけど、そうと知られるのは恥ずかしいから、ごほんと咳払いをひとつして誤魔化して、言った。


「寝惚けているのかしら? このあたくしがお前の目の前にいるのよ? 夢見てる場合ではないでしょう。今すぐシャキッと目を覚ましなさい」

「ですから……どちらの「あたくし」ですかな?」

「あたくしと言えばあたくしの他にいなくてよ! そうよ、お前がこの百年間、恋い焦がれてきた、マキュリー・プライドという名のあたくしよ!」


 プルトーがしつこくとぼけるので、流石のマキュリーも苛立ちを露にする。プルトーは目を見開いた。否、ぎょっと目を剥いた、と言う方がしっくりくる表情だ。


 マキュリーが不思議に思って首を傾げると、プルトーは震える唇から、掠れた言葉をひねり出した。


「マキュリー? キミが? キミが、あのマキュリーなのか?」

「ハァ? あたくしの他にどのあたくしがいるのよ? ……そうね。お前の驚きももっともかもしれない。あたくし自身、驚いているもの。魔神話(しんわ)に登場する魔女神(めがみ)も裸足で逃げ出す、無敵で素敵な完全無欠の美女、つまりこのあたくしが、この世界に存在するなんて、まさに奇跡よね。喜びなさい。お前がすくいあげてくれた金ピカ芋虫は、華麗に羽ばたく蝶になったのよ」


 マキュリーは持ち前のポジティブ・シンキングを発揮して、プルトーのおかしな態度を都合の良いように解釈した。蝋人形のような顔色をして、塩の柱のように立ちつくしているプルトーとの距離をつめる。彼の肩を抱いて、彼の頬に頬を寄せる。崇拝者が見たらいちころの、とっておきのマキュリー・スマイルをお見舞いした。


「約束を守ってあげたわよ、プルトー。このあたくしを約束で縛り付けるのは、世界は広しと言えども、お前くらいのものだわ。本当に、どうしてあげようかしら、この色男。とりあえず、またコレから始めましょうか?」


 プルトーは眉をひそめた。顔にかかる長い前髪を指先で払った。彼が頭をふると、一纏めにされた長い髪が、龍の尻尾のように揺れる。そうすると美しい銀髪は七色に輝きを変える。マキュリーは微笑んだ。


「約束を守ってくれたのね。偉いわ、誉めてあげるわ。お前の髪はとても綺麗よ。お父様みたいに、短く刈り込んでしまっては、もったいないわ。お前は本当に素敵ね」


  言ってしまってから、しまったと思って、マキュリーは口許を両手で覆った。こんなこと、言うつもりはなかった。プルトーはますますきょとんとしてる。


  とりあえず、意味のない高笑いで誤魔化してから、マキュリーはプルトーへ右手を差しのべた。


「そんなことより、握手よ! そうよ、握手をするわよ! このあたくしと握手をするのよ、光栄に思いなさい! このマキュリー・プライドが、この百年間ずーっと、あたくしに夢中でいたお前と握手をしてあげるのよ! 感動に咽び泣くが良いわ!」


  百年前はプルトーから求めてくれたから、今度はマキュリーから求めた。二人の再会を祝う、特別な儀式だ。プルトーは、感涙しながらマキュリーの手を握りかえすべきである。


  それなのに、どうしたことか。プルトーはいつまでたってもマキュリーの求めに応じずに、愚図愚図している。彼は自身の右手を凝視しながら、小さな声でなにやらぶつぶつ呟いているようだ。


(なに? プルトーはどうしてしまったの? あたくしがあまりにも素晴らしいから、尻込みしているのかしら? それとも、再会の喜びに心震わせるあまり、ちょっぴりおかしくなっちゃったとか?)


 マキュリーは心配になった。プルトーの唇に耳を寄せる。体が密着すると、プルトーが鋭く息をのんだ。


  次の瞬間。プルトーはマキュリーの額に右手を押し当てて、マキュリーの花の顔をずいと押し退けた。


「寄るな痴女!」


  マキュリーはよろめきながらあとすざりをする。何が起こったのかわからずに、唖然としてプルトーを見つめた。


  プルトーは肩を震わせている。「泣かせちゃったのかしら!?」と思って、マキュリーは青ざめたけれど、杞憂だった。プルトーは肩を震わせて笑っている。鬼の形相で髪を振り乱して洪笑するプルトー。彼が纏う空気が氷結して、銀鱗のように煌めく。


「謀ったか、マキュリー・プライド! バカのプライドの癖に! 猫を被って! この僕を、プルトー・ラースを手玉にとったのか! この晴れの日に、僕に恥をかかせる為に! ……絶対に許さねェ!」


 マキュリーは呆気にとられて、怒り狂うプルトーを見上げていた。賓客は退場し、ラースの召使い達がわらわらと寄って来る。プルトーが月雲を揺るがす咆哮を上げたとき、マキュリーはやっと、プルトーが憤怒の龍の本性を半ば露わにしていることに気がついた。


 プルトーは怒髪天をついている。状況を把握したところで、マキュリーもまた怒髪衝天をついた。


「お前、正気!? あたくしよ!? このあたくしが、百年ぶりに感動の再会を果たしたお前とよろしくしてあげると言っているのよ!? 求婚すればお前をあたくしの夫にしてあげるとまで言っているのよ!? どうして怒るの、バッカじゃないの!? バカでしょ!? バカは早死にするのよ!? あたくしをのこして死ぬんじゃないわよ、バカァ!」


 マキュリーの叫びを掻き消すように、プルトーは吼えた。


「バカはテメェだ! なんだなんだ、その格好は!? テメェはムフフなサービスをしてくれるお店のお姉さんか!? よくもまぁ、そんな格好でうろうろできるよな!?」

「ハァ? この格好の何がいけないの!? あたくしの魅力を最大限に引き出してくれる、お気に入りのドレスよ! なにがいけないのよ!?」

「テメェ、それは本気で言ってやがンのか!? 本気かよ、この頭スカスカ女! そんな破廉恥な格好で人前に出るとか、どうかしてるぜ!」

「は、は、破廉恥ですって!? どうして!? どうしてそうなるの!? あたくし、ドレスを着ていないの? あたくし、裸なの!?」

「裸であって堪るかァ! 裸でその辺をちょろちょろしてみろ、テメェ、竜宮邸の地下牢に閉じ込めて、飼い殺しにしてやるからな! ドレスの意匠が問題なんだ! デコルテを見せるのは……最近の流行だからな……百歩譲って、良しとしよう。だが! 足は! 駄目だろ! 足を出すな! それじゃあ、裸とあんまり変わんねェよ!?」

「ハァ? あたくしの美脚を披露しないなんて、この世界の美を愛する生きとし生けるすべてのものが可哀相じゃない! 裸じゃないわよ、恥ずかしいところは隠しているもの!」

「テメェはストリッパーか! 隠せてねェ! 体のラインがまるわかりだろうがァ! テメェみてぇな女が男をおかしくさせンだよ! 男を破滅させンだよ! このクソビッチが!」


 マキュリーは耳を疑った。美しいプルトーの唇が吐き出したのは、品性を疑うような汚い言葉だった。マキュリーは激怒した。


「おまっ……!? 信じられない! お前の言葉は汚くてよくわからないけれど! 『くそびっち』って、酷い侮蔑の言葉なのでしょう!? お母様が、そう仰有っていたわ! それを、このあたくしに向かって……信じられない! 今のは謝って済む問題じゃないわよ! とりあえず、土下座して誠意見せるところから始めなさい!」


 マキュリーが親指で脚元を指示しながら土下座を要求していることなど知らんぷりで、プルトーは顔を手で覆って、なにやら嘆いている。


「あの可愛いマキュリーが……本当は、こんな自意識過剰で無神経なバカ女だったなんて……よくも、よくも僕の純情を踏みにじってくれたな……」

「震えているわね、どうしたの? 悔やんだところで、もう手遅れよ」


 頭に血がのぼったマキュリーは、プルトーの言葉の意味するところを深く考えなかった。冷静だったとしても、あまり深く考えなかったかもしれない。完璧なマキュリーには聞くべきことより、話すべきことが多すぎる。


 マキュリーの挑発をうけて、プルトーをすっぽりと覆う陰がゆらりと揺れた。紅蓮の炎を燃やす双眸は怪しく明減する。天空から地底まで氷付けにする死の息吹を纏わせる声が、厳かに告げる。


「良かろう。全力でかかって来るが良い。わざわざご足労頂いた礼だ。憤怒の龍プルトー・ラースの本気で破滅させてくれる」


 憤怒の龍の本性を露わにしたプルトーを前にして、マキュリーは不敵に笑った。プルトーの本性は、こどもの頃に見たエヴァリンの本性よりも、ずっと凶悪で凶暴に見える。


(まったく、とんでもない男ね。このあたくしをこんなにも、失意のどん底に叩き落とすなんて、お前にしか出来ないでしょう。やっぱり、お前は最悪で最高だわ!)


 マキュリーは間違いなく落胆していたが、その一方で、魔人としてのプルトーの極悪ぶりに狂喜してもいた。漆黒のビスチェからこぼれんばかりの豊満な胸をおさえる。胸の高鳴りを右の掌に感じながら、マキュリーは言い放つ。


「見せてあげるわ。お前にはもったいない程の、このあたくしの本気を」


  深紅のドレスの裾を翻し、マキュリーは本性を露にする。竜宮邸は崩壊し、エミルグの嘆きが響き渡った。


 マキュリーとプルトーの初めての大喧嘩は、後に「龍の宴の惨劇」と呼ばれる。被害は魔界のみならず、聖霊界、人間界にまで及ぶ。多数の死傷者を出したこの惨劇が、新たな傲慢の鷲獅子と憤怒の龍の後継者の威名を世界中に轟かせた。


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