21
遠ざかろうとするプルトーと、引き留めるマキュリーの間で、束ね髪がぴんと張る。
手綱を引かれて馬首を巡らせる馬のようにプルトーが振り返る。目尻を険しく吊り上げて、プルトーは怒鳴った。
「おい! 髪を掴むな、引っ張るな!」
プルトーは振り向き様に束ね髪を右手で掴み、マキュリーの手から奪い返そうとする。マキュリーは放してなるものかと、両手でしっかりと握りしめた。プルトーはまず、米神から額に青筋をみなぎらせ、唇をぶるぶると震わせる。次に、大きく息を吸い込んだ。次の瞬間には、怒声を張り上げる筈だ。
プルトーはなんと言うだろう。矢張り、その手をはなせと言うだろうか。放したくないと言ったらどうするだろう。彼は苛立ち、長い髪を断ち切ろうとするかもしれない。
(そんなの、絶対にダメ!)
プルトーがどうしても、マキュリーを突き放したいと言うなら、彼の髪を断ち切るのではなく、マキュリーの両手を落として欲しい。プルトーの長い髪は二人を繋ぐ絆だと、マキュリーは信じているのだ。嫌われていたとしても、諦めきれない。
マキュリーは首筋をかたくして俯いた。マキュリーが一向に手をはなす素振りを見せないことに、業を煮やしたプルトーは左手を閃かせる。その手は白銀の鱗を纏っていた。その軌道上に、彼の右手に握られた束ね髪がある。
プルトーは、二人の絆を断ち切るつもりなのか。
マキュリーは我武者羅になってプルトーの髪を引っ張って叫んだ。
「ダメ! プルトー、髪を切っちゃダメ!」
プルトーが目を丸くする。彼の左手は行き場を無くした左手と、マキュリーを交互に見るプルトーの表情には、怒りよりも戸惑いの色が濃く反映されている。マキュリーは束ね髪から手をはなした。すかさず、当て身をする勢いで、背後からプルトーに抱きつく。
腕におさめたプルトーの総身に緊張がはしる。強張るのがわかる。受け容れて貰えないことが無性に悲しかった。
マキュリーはプルトーの背中に額を擦り付ける。マキュリーの額に擦れて彼の髪が揺れた。固く目を瞑っていても、その輝きはあの日のまま、瞼を透かしてマキュリーを眩ませる。さらさらと流れる髪が鼻先を掠め、頬を撫でる感触はこそばゆくて、優しかった。
マキュリーは恐る恐る、プルトーの薄いけれど引き締まった腹部に手を回す。プルトーはすっとんきょうな声を上げたけれど、そこに怒りは感じられないから、マキュリーは構わなかった。
プルトーはマキュリーを振り払わない。マキュリーを拒絶してはいない。すくなくとも、今この瞬間は。マキュリーにはそれが嬉しかった。
やっぱり、彼はプルトーだ。ひとりぼっちで、泣きべそをかいてうずくまる幼いマキュリーを見つけ出し、手を差し伸べてくれたプルトーなのだ。マキュリーの初恋の魔人であり、唯一の魔人。
出会ったあの日に立ち返ったかのような気持ちで、マキュリーはプルトーにすがりついた。
「ごめんなさい。わたし、おバカなの。おバカだから、どうして君が怒っちゃったのか、わからないの。わたしの何がいけないのか、教えて。わたし、頑張るから。悪いところ、全部、なおすから。だから、どうか、お願いだから、わたしのこと、嫌いにならないで。わたし、わたし……君がいてくれなきゃ、ダメダメになっちゃうのぉ!」
マキュリーは涙ながらに訴えた。偽りなき本心だった。
無敵で素敵で完璧な傲慢の鷲獅子、マキュリー・プライドは今はもう、何処にもいない。プルトーが手を差し伸べてくれなければ、マキュリーはいつまでたっても変われない。出来損ないの金ぴか芋虫のままだ。
プルトーはぶんぶんと頭を振った。肩は高く張っていて、背中は固くなっていて、緊張していた。どうしたのだろう、とマキュリーは戸惑う。振り返らない彼の表情を伺おうとして、さらに体を密着させると、プルトーは上擦った声でマキュリーに制止をかけた。
「マキュリー、わかった。わかったから、とりあえず、離れてくれ。この体勢はまずい」
マキュリーはさっと青褪める。絶望と焦燥に心臓を締め付けられる。苦しい胸の痛みをふりきりたくて、プルトーの背にひっしとすがりついた。
「いや! いやよ、プルトー! わたしを置いて行かないで!」
「ギャッ!! い、行かない! 行かないから、本当に! だから、ちょっと離れてくれ、頼む! く、苦しい……」
プルトーが悲鳴を上げたので、驚いたマキュリーは反射的に身をひいた。宣言通り、プルトーは立ち去らなかった。ただ、前屈みになり、肩で息をしている。
(そんなに、苦しかったの? 確かに、力をこめて抱き締めてしまったけれど、プルトーなら、それくらいへっちゃらだと思っていたわ。あのプルトーが息も絶え絶えになるなんて……わたしったら、とんでもない火事場の馬鹿力を発揮してしまったみたい!)
マキュリーがおろおろしていると、呼吸を整えたプルトーがやおらマキュリーに向き直る。彼の顰め面は耳まで真っ赤だ。そんなに苦しかったなんて、とマキュリーの胸は罪悪感と後悔でいっぱいになった。
プルトーはマキュリーを責めなかった。それどころか、顔を背けて咳払いを繰り返す様子は、決まりが悪そうで、まるでプルトーの方が、なにかいけないことを仕出かしてしまったみたいだ。
誇り高いプルトーのことだからきっと、マキュリーに痛めつけられて根を上げた、不甲斐ない自分を責めているのだろう。いたたまれなくて、マキュリーは悄然として俯く。
気まずい沈黙を破ったのは、プルトーだった。
「何故だ? この百年間、キミはよくやっていた。僕がいなくても。それに、君には君を心配してくれる家族がいるだろう。君の為、身命を賭す覚悟を定めた配下もいる。僕と喧嘩したくらいで、どうしてそんな、ダメダメになってしまうんだ?」
マキュリーはぱっと顔を上げる。赤みがひいたプルトーの白皙には、疑問と戸惑いが浮かんでいる。マキュリーは考えるより先に、ありのままの気持ちを言葉にしていた。
「家族は大切よ。愛しているわ。ファンの皆のことも、分け隔てなく可愛がってあげているつもり。わたし、これでも……皆に心配をかけちゃいけないって、わかっているのよ。ちゃんとしなきゃダメだって、わかっているの。でも、ダメなの。わたしは、プルトーがいなきゃ……ダメになっちゃう、から」
マキュリーは恥じ入って、上掛けを手繰り寄せ、頭からすっぽりと被った。
マキュリーの今の発言を聞いて、プルトーはどう思っただろうか。きっと、マキュリーを軽蔑しただろう。プルトーはマキュリーなら傲慢の鷲獅子になれると言ってくれた。マキュリーの強さを信じてくれた。傲慢の鷲獅子になったマキュリーを、よくやっていたと評価してくれていた。
それなのに、マキュリーときたら、プルトーがいなければダメダメになってしまうと、プルトーに泣きついている。弱虫で甘ったれだ。情けない。見苦しい。みっともない。高潔なプルトーに、こんなマキュリーは相応しくない。でも、プルトーにふさわしくあろうとした、自信満々で無敵で素敵なマキュリー・プライドは、プルトーに嫌われてしまった。だから、どうしたら良いのかわからない。
上掛けの内側で途方に暮れていると、プルトーの手が伸びてきて、上掛けを捲った。目をぱちくりさせるマキュリーの顔を覗きこむプルトーの瞳に宿る真摯な光に、マキュリーは魅了される。
「僕は嘘をついた。キミに説教をする為に、恥を忍んで叔母上を頼ったわけではない」
プルトーは立ち上がった。マキュリーはあっ、と声を上げて手を伸ばす。その手をプルトーがとった。驚愕に目を見開くマキュリーの手を握ったまま、プルトーはその場に跪く。
「すまない、 マキュリー。僕が悪かった。キミは悪くない……キミの服装のセンスは最悪だが。キミが会いに来てくれて、本当に嬉しかったんだ……キミの露出狂ぶりには愕然としたが。キミはちっとも変わらない。出会ったあの日のまま。キミは僕の初恋の魔人だ。僕はずっと、キミが好きだった」
マキュリーは言葉を失い、プルトーをまじまじと見詰めた。マキュリーの沈黙と凝視の意味を、プルトーはどのように解釈したのか。彼は目を伏せた。長い睫毛に煙る瞳に憂いの影が落ちる。しかし、それは束の間のことで、プルトーはマキュリーの瞳を真っ直ぐに見返した。
「僕は君が好きだ。だが、僕はこうなんだ。すぐにかっとなって、怒り狂って我を忘れる。強情だし、執念深いし、思い込みが激しいし、悲観的だ。都合の悪いことは他魔人のせいにするし、本当は臆病なところもある。君を拒んだのは、僕の勝手な都合で、だが、それは本心ではなくて……我ながら、何なんだろうな。あまりに身勝手で……呆れてしまう。……そう、本当の僕は、かなり面倒くさい奴なんだ。キミに愛想を尽かされても文句は言えない」
プルトーの突然の告白を、夢見心地で聞いていたマキュリーは、プルトーの自嘲た自虐を目の当たりにして、はっと我にかえる。
愛しのプルトーが、自分自身を傷つけるところなんて、見たくない。見ていられない。
マキュリーは上掛けをはねのけた。瞠目するプルトーの手を……マキュリーに手を差し伸べてくれた、そして、マキュリーの差し伸べた手をとってくれた、愛しい魔人の手を……両手で包み込んだ。
「そんなことない! プルトーは完璧よ。プルトーの、情熱的なところも意志が強いところも思慮深いところも、わたし、大好きなの。プルトーに悪いところなんてない。わたしが……このあたくしが、そう思うんだもの、間違いないわ! だから、あたくしがプルトーのことを嫌いになるなんて、世界がひっくり返っても有り得ないのよ! なにか怖いものがあるなら、あたくしに打ち明けて。あたくしがプルトーを守ってあげる!」
マキュリーは昂然として断言した。プルトーは完璧だ。だって、マキュリーが好きになった魔人なのだ。マキュリーを誰よりも強く美しくしてくれた魔人だ。マキュリーの運命の魔人だ。
プルトーは最高の魔人だ。そんな彼が、マキュリーを好きだと言ってくれた。だから、マキュリーもまた、最高なのだ。
マキュリーは最高だ。素敵で無敵だ。プルトーが何を憂いているのか、よくわからないけれど、それでも良い。マキュリーがいる限り、プルトーは誰にも傷つけさせない。最高で最強なマキュリー・プライドが、彼を守ってみせる。
生きる活力と自信を取り戻したマキュリーを、きょとんとして見詰めていたプルトーは、マキュリーにぎゅうぎゅうに抱き締められても、抵抗しなかった。しばらくそうしていると、マキュリーの腕のなかで、プルトーは窮屈そうに肩をすくめた。
「キミ……そうやって、むやみやたらと男を甘やかすのは感心しないぞ。ダメな男を増長させる恐れがある。危険だ」
「あら、甘やかしてなんかいないわ。本当の事だもの。それに、誰でもいいわけじゃなくてよ。あたくしがこうしてあげたいと思うのはプルトー、お前だけなの」
「……わかった。わかったから、ちょっと、離れてくれ。君とちゃんと向き合って、話がしたい。大切な話なんだ」
プルトーが左手でマキュリーの頭をぽんぽんと軽くたたく。子供扱いはちょっと不満で、マキュリーはちょっぴりむくれた。でも、プルトーの仕草も声調も、うっとりするくらい優しくて、嬉しい。マキュリーは素直にプルトーの要求を受け入れた。プルトーはマキュリーを寝台に腰掛けさせると、改めて跪く。マキュリーを見上げる表情は、真剣なあまり険しくて、睨んでいるように見えたけれど、白い頬は上気してほんのり赤く染まっていた。
「僕は魔王になる。その為に、憤怒の罪を重てゆく。僕は悔い改めることをしない。僕とキミが一緒になれば、僕はこれからもキミを傷つけるだろう。キミを幸せにしてあげられないかもしれない。だが、僕はキミを諦めたくないんだ。僕は魔王になり、僕とキミは夫婦になる。今日は、僕の意思をキミに伝えるために来た。僕の想いを受けいれるか、拒絶するか。キミが決めてくれ。もし、キミが本気で嫌がるなら……諦めたくないし、諦めきれないが……諦めなければならない。だから、忌憚のない本心を聞かせてくれないか」
そこまで言って、プルトーは眉をひそめて首をかしげる。
「忌憚のないって、言葉の意味を知っているかい?」
「もちろんよ! キタンがないって意味でしょう? ところで、キタンってなあに?」
「……すまない、マキュリー。キミのお頭の出来を考慮していなかった。遠慮は要らないから、本当の気持ちを聞かせて欲しいと言いたかったんだ」
プルトーは不思議な言葉を知っているのね。流石だわ。と感心しつつ、マキュリーはにこにこしていた。プルトーが真面目な顔をしているから、マキュリーも真面目な顔をしようかと思ったのだけれど、すっかり頬が緩んでしまって、表情を引き締められない。うふふ、と含み笑いも漏れてしまう。プルトーに、おい、と低く唸るように咎められても、堪えきれない。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて堪らない。
マキュリーのにこにこ笑顔からぷいと顔を覗き背けたプルトーは、彼の手に重なるマキュリーの右手に視線を落とす。小首を傾げて、マキュリーに訊ねた。
「なにを握っているんだい?」
「え? なに? ……ああ、これね」
マキュリーは握りしめていた拳を開く。掌にはプルトーの為に拵えた金のバレッタがちょこんと乗っている。左手でバレッタをつまみ上げ、さらに首を傾げるプルトーに差し出した。
「お前にプレゼント。……気に入って貰えると、うれしいのだけれど」
取り戻した筈の絶対の自信が揺らいで、言葉が尻すぼみになって、語尾が消え入ってしまうのは、プルトーの反応が薄いから。プルトーはバレッタとマキュリーを見比べると、難しい顔つきで黙りこんでしまった。沈思黙考がながびくので、マキュリーは不安になって、おずおずとプルトーの顔色をうかがいながら、言った。
「……気に入らなければ、作り直させるわ」
「いや」
短い否定の言葉のあと、プルトーはマキュリーの手をはなし、マキュリーに背を向けた。泡を食うマキュリーを肩越しに振り返り、一言。
「つけてくれるか」
プルトーが正面を向くと、束ね髪が揺れる。彼の背中を流れる銀髪に、マキュリーはおっかなびっくり、手を伸ばす。触れてみると、繊細な手触りて、さらさらと指の間を流れる。こしがあるので、凝った容に結い上げたり、きつく編んだりしても、癖はつき難いだろうと思われた。持ち上げると、七色の光の帯が滑らかな髪の表面を滑走する。
プルトーの髪を束ねる、シンプルな組み紐の上から、バレッタを留める。彼の為に誂えただけあって、黄金のバレッタはプルトーの美しい髪によく似合った。
ほう、と感嘆の溜め息を溢して、うっとりと見惚れていると、プルトーが体ごと振りかえる。目と目があって、マキュリーの鼓動は高鳴った。
プルトーは束ね髪を肩にかけ、体の前面に流す。髪の束を一撫でして、言った。
「髪は切らない。キミが望む限り……キミのものだ」
マキュリーはプルトーの仏頂面を見詰めた。耳まで真っ赤になっているプルトーが、可愛くて愛しい。マキュリーは身を乗り出して、プルトーの額に額を寄せた。それだけで真っ赤になる、恥ずかしがり屋の愛しい魔人に、マキュリーは微笑みかける。
「髪だけじゃ、いやよ。あたくしは、お前の全てが欲しいの。……あたくしを、プルトーのお嫁さんにしてくれる?」
プルトーの照れ隠しの仏頂面は、マキュリーの満面の笑みにつられるようにして、笑顔にかわった。
「それが僕の望みだ。キミも、望んでくれるなら……婚約しよう」
プルトーはマキュリーの手をとると、恭しく口許に運び、手の甲にキスをする。マキュリーは頬を薔薇色に染めて、その頬をマキュリーと同じ色彩に染めるプルトーの首ったまに抱きついた。
「嬉しい……! いいわ、お前と結婚してあげる! あたくしが、お前を幸せにしてあげる! あたくしのことは、心配しなくて良いわ。お前と一緒にいられたら、あたくしは幸せだもの! 」
プルトーに抱きついて、幸せを噛みしめていると、プルトーに肩をつかまれ、引き剥がされる。どうして? と当惑するマキュリーの頬に手を添えて、プルトーが顔を傾ける。プルトーの顔が近い。彼の長い睫毛が目に入りそうで、マキュリーは反射的に目を瞑る。彼の息づかいを唇に感じて、マキュリーの心臓は跳び跳ねた。
そして、次の瞬間。轟音とともに扉が吹き飛んだ。マキュリーの心臓ははね上がる。口から飛び出してしまうのだはないかと思って、口元を両手で覆うと、プルトーの唇がマキュリーの指に触れた。
扉を粉砕して入室したのは、父だった。頭の天辺から爪先まで縄でぐるぐる巻きにされた父が、陸に打ち上げられた魚のように、床の上でビチビチと跳ねている。姿が見えないのに、どうして父だとわかるのかというと、魔の気配もそうだが、声が聞こえるからだ。父は床を跳ね回りながら、喚いている。
「許さァァァん! お父様は許さんぞ、マキュリー!! マキュリーはずーっとお父様と一緒にいるんだ!! だって言ったもん! マキュリー、大きくなったらお父様のお嫁さんになるって言ったもん!! 余所の男になんぞ、渡して堪るかァァァ!! マキュリーに求婚する不届き者は死罪だ! この俺様が直々に葬り去ってくれグハァ!!」
お父様のお嫁さんになるなんて、あたくし、言ったかしら? とマキュリーが首を捻っていると、目にも止まらない速さで疾走してきた母が、父の頭部に踵落としを食らわせる。もんどりをうって倒れた父を足蹴にしながら、母はヒステリックに喚いた。
「オイコラ、テメェ、逃げてンじゃねェ! 娘の恋路を邪魔しやがって! 馬に蹴られて死ぬか? いいえ、わたくしが蹴り殺して差し上げましてよ! テメェはよォ、本当に、何様のつもりだ!? お父様か! 魔王様か! どっちにしろ死に腐れ! わたくしの可愛い甥っ子を葬り去るだと!? 抜かせッ! テメェがプルトーに指一本触れようものなら、わたくしがテメェをぶっ殺す!」
乱入してきた魔王と魔王妃の夫婦喧嘩を見せられたプルトーとマキュリーがぽかんとしていると、背後でこんこんと窓硝子を叩く音がする。何方かしら? とマキュリーがカーテンを引いて開けると、見知らぬ蠍人の男が窓の外に仁王立ちしていた。レザーパンツの前立ては全開だ。そこからやわらかスライムが身を乗り出しいる。やわらかスライムは魔人の手の容に変化しており「プルトー、おめでとう!」と書かれた旗を振っていた。
蠍人の男は、レザーパンツの前立てを全開にして、そこからやわらかスライムを生やして、仁王立ちしている。マキュリーはぎょっとした。蠍人の男は朗らかに哄笑しながら、窓硝子の隔たりをものともしない大声で言った。
「プルプルの初体験が気になって来ちゃった! 脱童貞おめでとーーー! 童貞捨てたてホヤホヤのプルプル、舐めさせてくれない!? って、あれ? まだ童貞? ウソ、本気で!? ファーストキスもまだって、ウソだろプルプル! わかるから! ぶんぶん首を横に振っても、わかっちゃうから! だってお前、こじらせ童貞オーラ全開だもん! 何、もしかしてお前、セックスのやりかた知らない!? しょうがないなー、ボクが手取り足取り腰取り、じっくりねっとり教えてあげよう! あっ、魔王女殿下! 初めまして、色欲魔人のイイオトコです。お宅の婚約者を教育して差し上げますんで、ちょっと寝台、お借りしても良いですか? なんなら、ご覧になります? って、アイタタタ! オイ、ジューゾー! ソコ、ソコつねっちゃダメ! ダメだって、痛くて、痛くて……気持ちよくなっちゃうから……アーン!!」
男は股間を押さえて恍惚とする蠍人の男を隠すように前に出たやわらかスライムは、こちらに向けて、両手を合わせて拝むようなジェスチャーをしている。
マキュリーはポカンとした。そうして、プルトーもポカンとしているだろうと思って、振り返った。
プルトーは肩を震わせて、項垂れていた。泣いているのかと心配したけれど、杞憂だった。顔をあげたプルトーは涙を流していなかった。目を剥いて、切れた目尻から血を流していた。
「……やってくれたな、この阿呆ども! 一生に一度のプロポーズが、色々と台無しじゃねェか! ああもう! 皆殺しだ、まとめてぶっ殺す!!」
憤怒の咆哮をあげて、プルトーは憤怒の龍の本性を現した。
プルトーが大暴れしたことで、鷲獅子宮殿は半壊した。後日、頭に三段重ねのたんこぶをのせたプルトーは、エミルグに連れられて、謝罪のため登城する羽目になる。
それはそれとして、憤怒の龍の懐に大切に抱かれたマキュリーは、プルトーの勇姿にめろめろになるのだった。
☆終☆




