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「鷲獅子」と言えば知らない魔人はいない。魔人が支配するこの空、月雲つきぐもノ上において、卓抜した力を持つ魔の血統である。七つの大罪を司る七司族筆頭であり、初代魔王を輩出した誉れ高き一族だ。


 鷲獅子の始祖は、六対の翼をもつ黄金の鷲獅子だった。羽撃きひとつで聖霊の浮島を木端微塵にし、死の息吹きは遥か天上から地の底を這う卑しき人族の国を焼き払ったとされる。


 黄金の鷲獅子は、他に頭を垂れることを良しとせず、争いの絶えなかった魔人達を、力で捩じ伏せ纏めあげる偉業を成し遂げた真の魔王なのだ。


圧倒的な支配の力を振るい、魔人の上位者、魔神であると謳われた伝説の魔人。黄金の鷲獅子は月雲ノ上に鷲獅子宮殿を築き、その命が尽きるまで、永きに渡り魔王の座に君臨した。


黄金の鷲獅子亡き後、月雲ノ上は「大罪の七司族」が覇権を争う乱世の時代へ突入した。七司族が魔王の座を奪い合う戦争は熾烈を極め、天空は荒廃した。


戦の果てに憤怒を司る龍族の頭目、銀鱗の龍が魔王として即位したが、他の大罪の司族は雌伏して、虎視眈々と王座を狙う。二代目魔王となった銀鱗の龍は、王位継承の度に天空が乱れることを避ける為に「王座戦争」の制度を定めた。王座戦争とは、七司族がそれぞれ、最も優れた魔人を首長として選出し、その七魔人が覇権を競うというものだった。


魔人の大多数は、血の気が多い。本来なら、闘争と流血を避けることなどあり得ないことだけれど、内乱に気をとられた隙に、聖霊族や人族という外の敵に足元をすくわれては本末転倒である。七司族は王座戦争の制度を受け入れ、停戦協定を結んだ。


そうして、今に至る。


 魔王が崩御すると王座戦争の火蓋が切って落とされ、七司族は王座を奪い合う。王位継承が王座戦争によるものになっても、傲慢の鷲獅子は強く、鷲獅子人族は最も多くの魔王を輩出する七司族筆頭であり続けていた。


 鷲獅子人は誰もが極めて高い魔力と鷲獅子に変化する能力を生まれ持つ。そして、誰もが鷲獅子人こそが最も優れた血統であると誇っている。さらに、誰もが我こそが最も優れた鷲獅子人であると自負していた。


始祖の六対の翼を受け継ぎし者は未だに現われないが、強く誇り高き魔人達を力で捩じ伏せ支配した「傲慢」は、子孫らに脈々と受け継がれている。


 そんな経緯から、鷲獅子人に積年の恨みをもつ者は少なくないが、それをものともせぬ力を具えているからこそ、鷲獅子人が過剰な自信を疑うことはない。


 マキュリーは、そんな鷲獅子人を率いる首長「傲慢の鷲獅子」の娘として生まれついた。父であるアダムス・プライドは、始祖を除けば鷲獅子史上最多となる四対の翼を覚醒させた傲慢の鷲獅子であり、王座戦争の覇者、六十六代魔王でもある生粋の強者だった。


 魔王アダムス・プライドの類まれなる強さと男振りは、黄金の鷲獅子の再臨と謳われるほどのもの。威名は月雲ノ上のみにとどまらず地の底にまで轟き、アダムスの寵愛を求めて娘達が鷲獅子宮殿に殺到したとか、しないとか。


 今でこそ、そうして持て囃されるアダムスだけれど、幼い頃は一介の鷲獅子人の子に過ぎなかった。それにも関わらず、現在の龍族の首長である「憤怒の龍」エミルグ・ラースとの喧嘩に明け暮れていたそうだ。龍人族は、銀鱗の龍を始祖にもつ魔の血統であり、鷲獅子人族に次ぎ、多くの魔王を輩出する血統である。


 当時は鷲獅子人族の末輩に過ぎなかったアダムスと、当時の龍人族の家督であったエミルグの力の差は歴然としていた。喧嘩を吹っ掛けては、こてんぱんに熨されて泣いていたらしい。泣き虫だったアダムスの翼が四対に別れて魔王に即位するとは、誰も夢にも思わなかったと、アダムスの幼少期を知るばあやは、マキュリーにこっそりと教えてくれた。


にわかには信じられない話だ。弱々しいマキュリーを気に懸けてくれていた、優しいばあやの冗談だったのではないかと思う。ばあやはマキュリーが幼い頃に亡くなったから、真偽を確かめる術は無いけれど。


 魔王に即位した後も、妻帯せずハーレムもなもたなかった魔王アダムスが、何処からか連れ帰り、我が娘と宣言して周囲を唖然とさせた赤ん坊がマキュリーだった。


 抜群の血統に恵まれたマキュリーは、ところが、他に例を見ない落ちこぼれだった。


 まず、とても体が弱い。眠るのも儘ならず、いつも何らかの病にかかっている。こじらせては、何度も何度も、数えきれない程、生死の境をさまよった。


 さらに、物覚えと要領が悪い。鷲獅子族の家訓に従い、力に磨きをかけさら強く、教養を身に付けさらに優雅になるべく、一流の教師を宛がわれさまざまな習い事をしたが、どれもものにならなかった。

一生懸命に取り組むのだけれど、普通の魔人が当たり前に出来ることすら覚束ない。マキュリーが向上心のない生徒だと思い込んだ教師たちは、悉く愛想をつかし去って行った。次第に、使用人たちの目も冷ややかになっていった。


 極めつけに、気が弱い。いつもびくびくして魔人の顔色を窺っている。機嫌が悪い魔人を前にすると眩暈がし、怒鳴られようものなら失神してしまう。


 これらは選民意識の塊である鷲獅子人にとって、致命的な欠陥だった。マキュリーはアダムスの娘でありながら、従兄たちに苛められるようになった。大人たちも使用人たちも、見て見ぬふりをする。鷲獅子人にとって、振りかかる火の子をいつまでも払えない無力な存在は、侮蔑の対象でしかない。


 逆境に立たされて、奮起する気概がマキュリーにあれば良かったのだけれども、残念なことに、マキュリーはそうではなかった。いつまでたっても、マキュリーは出来損ないの苛められっ子のままである。


 毎日を茨の中で生活しているようなものだった。ますます卑屈になり、何をやっても巧くいかず、体を壊すことが増えていた。


 アダムスは魔王に即位する前から引く手数多の人気者だった。エミルグとの頂上決戦を制し、魔王に即位してからと言うもの、それはもう、あっちのこっちに引っ張りだこで、目まぐるしい毎日をっている。


それでも、隙間を縫うようにして、病床のマキュリーを見舞ってくれる。


「またか、またなのか、マキュリー! 俺様はお前が元気にしているところを、見た覚えがないぞ。病気に病的に愛されてしまっているのか、我が娘は! と言うか、今のセリフは洒落が利いている。病気だけに病的! マキュリー、お前、忘れてはならぬぞ。俺様という魔王様ともなると、爆笑モノの洒落が勝手にポンポンとびだすと言うことを! そしてその魔王様が、なんとお前の父親だ! わかっているのか、マキュリー! お前はこのアダムス様という最高の父をもつ、世界で一番、幸運な女の子だということを!」


 アダムスは病床の娘の枕元で、のべつまくなしに自慢話をした。そして、休む間もなく玉座に戻って行った。


 マキュリーは、傲慢の鷲獅子のなかで最も傲慢である父親と、まともな会話を交わしたことがなかった。魔王アダムスはいつも忙しい。さらに、いつも一方的に喋り倒して満足するからだ。不束な娘を心配して、親身になってくれる父親では無かった。それでも、父親が訪ねて話しかけてくれることは嬉しく、唯一の楽しみだった。父親以外の鷲獅子人たちは、マキュリーをバカにする。マキュリーに幻滅しているから、マキュリーを見放していて、疎んでいた。


 魔王アダムスが自信たっぷりに語り終え、去って行ったあと、マキュリーは決まって魂が抜けてしまいそうな虚脱感に苛まれる。


 魔王アダムスはいつも自信たっぷりで、娘も自分と同じように特別な存在であると信じて疑わない。父親にすら見捨てられる日がいつか来ると思うと、マキュリーは消えてなくなりたくなる。


 魔王アダムスはマキュリーの普段の様子を気にかけていないし、マキュリーの話しをろくにきかないので、マキュリーが呆れた落ちこぼれだということを知らない。だから、マキュリーに期待をかけている。魔王アダムスが本当のマキュリー知ったとき、娘へ注がれる父の愛情は、泡沫のようにあっけなく消えてしまうのだろうか。


 マキュリーがひとつの病の峠を越え快方に向かっていたある日のこと。魔王アダムスがいつものように、唐突にマキュリーの部屋を訪れた。彼は病みあがりのマキュリーを猫の子を摘まむ要領で部屋から連れ出した。目を白黒させるマキュリーを連れて、魔王アダムスは謁見の間に踏み入った。


 大きな壁には、歴代の傲慢の鷲獅子の肖像画がずらり並び、そのいずれもが「俺様は最強で最高」と自己主張をしている。天蓋を支える列柱には、魔王アダムスの化身である、四対の翼をもつ鷲獅子を模した彫像が鎮座しており、獰猛に歯を剥いていた。


 魔王アダムスは壇上の玉座に腰かけた。大きく開いた父親の足の間に座らされ、マキュリーは怖々と顔を上げる。掘り下げられたフラットな空間に、上品な身形の魔人が二人、慇懃に控えていた。

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