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リクエストを頂戴しました、幼馴染をテーマにしたお話です。

 

プルトー・ラースが「憤怒(ラース)の龍」を継承した。先代の憤怒の龍でありプルトーの父でもあるエミルグは、魔界のお歴々を竜宮邸に招き、盛大な宴を催す。龍人族を統率する新たな憤怒の龍の、御披露目の祝宴である。


 そうと知っては居ても立ってもいられない。マキュリー・プライドは大急ぎで盛装して、鷲獅子宮殿を飛び出した。


 マキュリーは頭のてっぺんから爪先まで完璧だから、部屋着であろうと寝間着であろうと完璧に着こなすし、完璧に美しい。それでも、想い魔人(びと)と会うのだから、一切の妥協をゆるさない。プルトーには「一番綺麗なあたくし」を見て欲しい。


プルトーと出会い、大切な約束を交わして別れてから、百年の歳月が流れた。百歳に満たない幼子だった二人は、成魔人(せいじん)の試練を乗り越えて、立派な大魔人になった。プルトーと出会った頃のマキュリーは、自分は大魔人にはなれないと思いこんでいた。


『成魔人の試練に挑む百八十歳まで生きられるかどうかわからないし、生きられたとしても、ひとりで聖獣を狩るなんてこと、わたしには無理。わたしは大魔人になれない。弱くてちっぽけな芋虫のまま、惨めに死んでゆくんだわ』


そんな風に将来を悲観して、うじうじして、めそめそしていた。そんな惨めな女の子が、こんな素晴しい女性になったのだ。今のマキュリーを見たら、プルトーはきっと驚くだろう。そして、きっとすごく喜ぶ。


 こどもの頃のマキュリーは芋虫だった。芋虫に喩えるのがぴったり似合う、惨めな女の子だった。そんなマキュリーに、プルトーは手を差し伸べてくれた。プルトーが信じてくれたから、マキュリーは華麗に羽ばたく蝶になれた。


「傲慢」に目覚めたあの日から、マキュリーは変わった。マキュリーを見る周りの目も変わった。何もかもが変わったけれど、変わらないものもある。


この百年間、遠く離れていても、一度も会えなくても、プルトーへの想いは変わらなかった。これからも絶対に変わらない。

 

  魔王アダムスの愛娘にして、鷲獅子人族の首長「傲慢(プライド)の鷲獅子」であるマキュリーは、なんでもかんでも欲しいままにする。その気になれば、プルトーを浚って捕らえて、飼い殺しにすることだって出来る。頻繁に妄想する。「やっちゃおうかしら」と血迷いそうになることもある。


 だけど、そうしなかった。約束を反故にしたら、プルトーに嫌われてしまうかもしれない。そんなの嫌だ。だからどんなにプルトーに会いたくても、会いたくて堪らなくても、プルトーの意思を尊重して、ぐっと堪えた。マキュリーはプルトーが大好きだから。出会った日から今日までずっと。


プルトーが「次に会うときは、七司族の首長として会おう」と言ったから、マキュリーは「傲慢の鷲獅子」になった。プルトーが憤怒の龍になる日を今か今かと待ちわびていた。ついに、待ちに待ったこの日が来たのだ。本当は、一番乗りを目指していたのだけれど、うまくいかなかった。


  鷲獅子宮殿から一歩外に出ると、大勢の崇拝者がマキュリーを取り囲む。いつものことだ。誰も皆、マキュリーに首ったけだから、彼らは押し合い圧し合い、次から次へとマキュリーに言い寄っては、鷲獅子に変化した従者の死の息吹きによって焼き払われる。「その首、貰い受ける!」だの「お命頂戴つかまつる!」だの、熱烈な口説き文句と断末魔が重なり合って、空に響き渡る。


  彼らは幸せ者だ。だって、マキュリーに叶わない恋をして、マキュリーに殉ずることが出来るのだから。彼らの稚拙で野蛮な求愛は微笑ましい。


  恋するマキュリーは、恋することは素敵なことだから、他魔人(たにん)の恋も粗末にしてはいけないと考えている。散ってゆく崇拝者達に微笑みかけてあげたり、手をふってあげたりするようにしている。すると、崇拝者たちは怒号のような歓声を上げて、求愛にもますます熱が入る。


しかしこの日ばかりは、崇拝者の恋心が煩わしくて仕方がなかった。月が満ちる刻に鷲獅子宮殿を出発したのに、城門を出てすぐに、地を這う崇拝者の大群に行く手を阻まれた。それらを蹴散らしてやっと飛びたてたと思ったら、今度は空を飛ぶ崇拝者の大群に行く手を阻まれる。


 いっそのこと、傲慢の鷲獅子に変化して、とっておきの死の息吹きでもって、迷惑な崇拝者達を消し去ろうか。しかし、そうしたら、とっておきのドレスが台無しになってしまう。マキュリーは生まれたままの姿も完璧だけれど、裸でプルトーと会うのは恥ずかしい。完璧な裸だから、何も恥ずかしいことは無いのだけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。


  そんなこんなで、マキュリーを乗せた箱羽車(はこばしゃ)が竜宮邸に到着する頃には、邸宅の玄関前にはすでに何台もの紋章つきの羽車が停まっていた。

 

  羽車から降りてくるのは、夜会服の着こなしも身に付いた紳士淑女ばかり。それもその筈、綺羅星の如く集う彼らは「大罪の七司族」の重鎮なのだ。流れるように、竜宮邸の玄関へと吸い込まれてゆく。

  翼役を務めた従者は、羽車を停めると速やかに変化を解く。羽車を降りたマキュリーは、鷲獅子から人へと姿を変えた従者を従え、召使いの案内を待たずに奥へ進む。


  肩で風を切るマキュリーを誰もが振りかえる。そうして、目を奪われ、心までも奪われる。老いも若きも男も女も、貴賎なく、誰でもそうなる。マキュリーは月の裏側に隠された、この「月雲ノ上」で一番魅力的な女性だから。


麗しき魔人の世界で一番魅力的ということは、それ即ち、世界で一番魅力的ということ。だから、上は悪徳を統べる七司族の首長から、下は有象無象の小鬼まで、皆が皆、マキュリーの虜なのである。


 でも、マキュリーの真心はプルトーのものだ。叶わない恋に焦がれる崇拝者達を置き去りにして進む。


召使いが駆け寄って来て招待状の提示を要求してきた。マキュリーは召使いの戯れ言を微笑んで黙殺した。


マキュリーには招待状が届かなかった。マキュリーの父である魔王アダムスと、プルトーの父であるエミルグは犬猿之仲だから、エミルグは七司族のうち、傲慢の鷲獅子だけは招待しなかったのだろう。


だけど、そんな事情はマキュリーには無関係だ。マキュリーはエミルグに招かれたから来たのではない。プルトーと約束したから来たのだ。


召使いは招待状が無いなら通せないとしつこく食い下がるので、マキュリーは失礼な召使いを睨みつけた。マキュリーの鋭い視線にくらくらしたのだろう、召使いは卒倒したので、マキュリーは先に進む。


 ホールは無数の人魂と人影の絨毯と、色とりどりの花や純白のクロスが飾られていて、まるで聖霊界に迷いこんだような気がする。魔界をこよなく愛するマキュリーには理解し難い趣味だけれど、プルトーがこういうのが好きなら、マキュリーも好きになれるかもしれない。


 靴音を高く響かせて、玄関ホールから続く大階段を上がれば、広間が目の前に開ける。広間につながる部屋はすべて扉が開け放たれていて、魔人々(ひとびと)の談笑でざわめいている。


 着飾った魔人達に囲まれていても、プルトーはまるで、夜空に架かる満月のように、白銀の光を放ち輝いている。


 美しい面差しはそのままに、柔らかな円みがとれて、精悍な鋭さをそなえている。紅顔の美少年は絶世の美青年となった。


 プルトー青年の姿は「大人の僕はムキムキマッチョになっているだろう」と夢に夢見る瞳で語ったプルトー少年の期待に応えるものでは無かっただろう。しかし、マキュリーは断言する。プルトーは完璧な成長を遂げたと。


 切れ長の双眸はより冷酷になり、繊細な綾線に縁取られた唇はより残忍に、顎の尖った細面はより神経質になった。プルトーはマキュリーが恋をしたプルトーのまま、それでいて、より魅力的になっている。


 マキュリーはプルトーを見つめる。一目で彼だと分かった。


社交の場にふさわしい微笑みを絶やさず、如在なく立ち回っていると思いきや、時折、周りの魔人をゴミクズと思って見下す、性悪なせせら笑いが愛想笑いの仮面に透けて見える。


  巨躯を誇る魔人に旋毛を見下ろされると、やや狭い額に青筋を立てて、眉間に皺を寄せる。幼い日、プルトーよりマキュリーの方が背が高いことに気が付いたときと、同じ顔をしていた。あのときは「見下してんじゃねぇぞ、コラァ!」と怒ってマキュリーを跪かせたけれど、ここでは我慢している。彼も大魔人(おとな)になったのだ。


 背後から話しかけられて、プルトーは体ごとそちらを振り替える。項で結わえた銀髪がさらりと靡き、太股のあたりで毛先が揺れた。光の加減によってその輝きを七色に変える、稀有な髪である。


幼いマキュリーはその誇らかな輝きに魅了された。たどたどしくも、手放しでほめられたプルトーは、満更でもなかったのか。別れ際にこう言った。


「おバカな君が、見違えるほど立派になった僕を見つけられなくて、めそめそ泣き出したら鬱陶しいので、この髪は切らずに伸ばしておいてあげよう。この髪を目印にして、僕を見つけたまえ」


 マキュリーは覚えている。プルトーに会えなくて、寂しかった。ずっと苦しかった。でも、忘れたことはない。


プルトーもきっと、そうなのだ。


 一歩一歩、確かめるように、彼へ近寄って行く。鼓動が高鳴る。胸の高鳴りは、彼の耳にも届いたのだろうか。彼が振りかえる。


 込み上げる愛しさが、胸を塞いで息が詰まった。


 プルトーが瞠目する。瞳の中心で紅蓮の炎が燃え上がる。


 その瞬間、時が止まった。プルトーとマキュリーの他、全てが消える。マキュリーの心は、螺旋を駆け上がるようにして、時を遡った。どうしようもないマキュリーの閉ざされた世界にプルトーが舞い降りた、あの運命の日に。



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