甘さ加減
いつもの目玉焼きと、トーストにサラダの朝ごはんをテーブルに並べる。
あとはコーヒーを入れたら息子に声をかけるだけだ。
しかし、今朝はコーヒーではなく、ホットチョコレートを小さな鍋に沸かしている。
絶賛反抗期な息子だから、素直にチョコレートを渡したって受け取らないだろう。
素知らぬ顔でホットチョコレートが正解だ。
「雅、朝ごはんできたよー」
洗面所で念入りに髪を整えているであろう息子へ、廊下から声をかける。
ホットチョコレートを息子のマグカップに注ぎ、テーブルに置くとやっとお出ましだ。
「おはよ」
微笑んで言っても、息子様は仏頂面でトーストを齧るだけ。
やれやれ、挨拶くらいしなさい、なんて、もう注意する気も失せた。
私にだけ偉そうにしたいだけみたいだから、大目に見てる。
これがよそ様や学校でも発動していたら、ほっぺをつねり上げてでもやめさせる。
私の甘さが吉とでるか凶とでるか分からないけれど、私は息子を信じてる。
トーストを半分くらい食べたところで、息子がホットチョコレートに手をかけた。
「……っだよこれ、クソ甘い」
息子は大袈裟なくらい嫌そうに顔を歪め、カップを置いて席を立ってしまった。
「もういいの?いってらしゃーい」
パパの分の朝ごはんを出しながら息子の背中を見送る。
一口でも飲んだのだから、良しとしましょう。
もちろん、パパにもホットチョコレートを出す。
「ママおはよ〜」
まだパジャマ姿のパパがのっそりとリビングに現れた。
「もう、パパったら、遅刻するわよ」
「大丈夫、大丈夫。朝ごはん食べたらすぐ着替えるから」
寝ぼけ眼でニコニコと私に話すパパにも、息子のような反抗期があったのだろうか?
パパと一緒に朝ごはんを食べながら言ってみる。
「なかったなぁ……普通に会話してたけど?」
パパは不思議そうに私を見る。
「雅は私にだけあんなに反抗的なのは、私に問題があるからかしら?」
なんだか憂鬱になってしまい、食事の途中なのに頬杖をついてしまう。
雅にはパパみたいに穏やかで優しい男の人になってほしいのに。
「反抗期さ、必要な通過儀式だよ。大丈夫、大丈夫」
パパはなんでもないことのように言うと、カップに口をつける。
「ん?コーヒーじゃない?」
「うん、バレンタインだからね、ホットチョコレートにしてみました。雅は甘すぎるって一口でやめたけど」
パパは驚いて、でも、またすぐにホットチョコレートを飲んだ。
「うん……雅はママに愛されてることが窮屈なんだよ」
唇の周りのチョコレートを舐めとりながら、パパが頷く。
「窮屈……」
「大人になりたいのさ」
「……」
そうかもしれない。
私はやっぱり息子を甘やかしてる方だ。
愛し方は人それぞれだろうけれど、私は息子の身の回りの世話をやりすぎて、声もかけすぎだ。
ほっといておいてあげる加減が、分からない。
「パパ、私はどうしたらいい?」
「……別に今のママで大丈夫だよ。ただ、こうして朝ごはんが当たり前に出てくることが、当たり前じゃないってこと、僕から言っとくからさ。それが理解できたら雅も大人だ」
「パパ……」
「ママのホットチョコレート、今の僕にはありがたい甘さだ。いつもありがとう」
「パパ!」
私は思わずパパに抱きついていた。
パパ、大好きよ。
あなたと結婚できて、私は本当に幸せ。
パパの私に対する甘さはちょうどいい。
雅にもいつか必要な甘さを与え合えるお嫁さんを見つけてほしい、と心から思った朝だった。