モテモテ先生、観察生徒
先生の机の引き出しには、ラッピングされた四角い箱がたくさん入っていた。
今日はバレンタインだから、間違えようもなくチョコだろう。
私の視線を遮るように先生が慌てて引き出しを閉める。
「このプリント配っといてくれ」
先生は朝のホームルームで配り忘れていた用紙の束を私に手渡す。
「はい」
私は一礼し、職員室を出る。
賑やかな廊下を、さっきの引き出しの中身を思い出しながら歩く。
まだ二時間目の休み時間だから、あのチョコ達は朝の始業前に渡された可能性が高い。
絶対、十個はあった。
先生はやはり人気があるのだ。
中性的な顔立ちに、すらりとした身体つき、気さくな態度。
女の子が好きになりやすいタイプだ。
噂によると彼女がいるらしいが、みんなそんなことおかまいなしなんだろう。
私達の世界と先生の彼女の世界は違うから、あまり影響はないのだ。
先生はあんなにたくさんチョコをもらって、どんな気持ちなんだろうか。
嬉しい?
気まずい?
先生としてじゃなく、異性として見られていることに先生として落ち込んでたり……
しない。
だって自分よりひとまわりも若い女の子が慕ってくれてるのだから、きっとそわそわしてるに違いない。
私が先生だったら……
うん、きっと有頂天になりそうになって、自分を戒めて、上がったり下がったりして、浮き足立つだろう。
先生、涼しげな顔して私にプリントを配れだなんて言っていたけれど、心中穏やかでないはずだ。
私は楽しくなり、一人ほくそ笑む。
放課後になり、私はどうしても先生のチョコがどれくらい増えたのかが気になって、吹奏楽部の活動も身が入らない。
頭を振り、気持ちを切り替えて唇を震わせながらマウスピースに息を吹き込む。
高らかなファンファーレを夕暮れの空へ響かせた。
「うまいもんだな」
吹き終わると、私の真後ろで先生が拍手をしていた。
「先生……」
「一人か?」
空き教室には私と先生だけだ。
「はい、自主練の時間もらって、他のトランペットの人は上の階です」
放課後の校舎は、至る所で色々な楽器の音色が響いている。
「ふーん」
先生は科学部の顧問なので、どこか興味なさそうに相槌を打つ。
私はまたどうしても気になってくる。
先生が教科書やプリントで挟んで、不自然な厚みを隠そうとして持っているもの。
「先生、またチョコもらったんですか?」
私はたまらず言ってしまう。
「……まあな」
先生は気まずそうに、でも、それすらも隠そうとして、つっけんどんに答える。
私の肌がぶわっと粟立つ。
「先生、モテますね」
「……面白半分さ」
先生は少しだけ寂しそうに微笑む。
「嬉しくないんですか?」
「嫌われるよりはマシだと思うよ?」
肩をすくめて今度は歯を見せて笑う。
「先生、誇りに思ってくださいよ、この学校の何割かの女子生徒が先生を好きなんですよ。それって凄いことです」
恋に恋してる人もいるかもしれないけれど、先生はそれだけ人の気持ちを動かしてしまっている。
見た目か、性格か、オーラか、様々な要因が先生にはあって、たくさんの心をその手に握っているのだ。
「どうした?怒ってるのか?」
先生が困ったように頭をかく。
「怒ってなんかいませんけど」
「だったらいいけどさ。練習がんばれよ」
片手を上げて先生は教室を出て行った。
私はトランペットのピストンを意味もなくランダムに押す。
怒ってなんかないけれど、先生の態度があまりにも自然だったから、驚いていた。
女の子が思いを形にして先生の元へ届けているのに。
私にあからさまにチョコを見せまいとする以外、なんであんなにいつも通りなんだろう。
私はトランペットを吹く。
三連符を繰り返す。
ブレスが追いつかない。
練習不足で、八分音符の連続を吹きこなせない。
「あ……」
私は思わず吹くのをやめて、ベルの部分に映る歪んだ自分の顔を見つめた。
先生はもしかして、先生になる前からずっとバレンタインはたくさんのチョコをもらっていたのではないのだろうか。
だから、慣れてるんだ。
「なーんだ」
私は分かってしまうと興味が一気に失せてしまった。
それよりも私は八分音符を慣れて普通に吹けるようにならないと。
こんな所で右往左往していたら色々な曲は吹けないし、きっと演奏を楽しめない。
先生、チョコの食べ過ぎ注意です。