第8話「一瞬で永遠の素敵な思い出」 2 †
新キャラ登場! ちょっと重要ポジションにいます。
陽が傾きかけてきた頃、フィルとメルティナはまだ冒険の最中だった。
街の時計塔、城の裏手にある小さな森、まだまだ探索は続いていく。
「フィルは毎日こんな自由に楽しく過ごしているのか?」
「え? 今日は学校が臨時休校だったからゼノップ神父の手伝いに来ただけだよ」
「そうなんだ」
「いつもは村の教会と神学校を往復するだけだから」
「それにしても神父を目指すなんてフィルは頭イイんだな。私なんて家庭教師のイサヤに怒られてばかりなのに……」
「ぷっ」
「笑うなーっ! 勉強は苦手なんだ!」
少しずつ打ち解けていく2人。
フィルにとっては同じ歳の女の子と遊ぶなんて初めてで戸惑うばかりだったが、メルティナはそんなこと気にも留めずにフィルの手を引っ張っていく。
「よしっ、次はキレイなお花を探しに行こう!」
「う、うん」
花を探しに小高い丘に登る。
ふと街を見下ろせば、そこは一面夕陽でオレンジ色に染まっていた。
その景色の美しさに思わず見とれてしまう。
「うわーっ」
「キレイ……」
「――……でも、こんな色になる時間なら、僕そろそろ教会に帰らなきゃ」
「――……そうか、仕方ないな。まぁ、お宝も見つけたし、今日の冒険は大成功だ」
「お宝?」
「うん、フィルとの思い出が今日のお宝だ!」
悪い気はしないが、面と向かって言われるとちょっと恥ずかしい。
と、その時フィルはある事を思いついた。
「そうだ、それなら2人だけの景色を宝物にしようよ!」
「2人だけの景色?」
「そう、他の人が簡単には見れない、2人だけしか知らない景色。2人だけの宝物」
「おおっ、それってなんか凄いんじゃないか!」
「でも、どこがいいかなぁ…………あ、あそこの上にしよう!」
そう言ってフィルは丘の上の木を指差した。
頑張れば、なんとか子供2人でも登れる高さだ。
フィルが先に登り手を差し出す。
その手をしっかりと掴んだメルティナは、するすると木に登った。長いスカートの裾をものともしないお転婆ぶりはいっそあっぱれだと内心フィルは思う。
丈夫そうな枝に2人並んで腰をかけ、ずっと夕陽に染まった街を見ている。
「――……へへっ」
「――……くすっ」
なぜか笑いが込み上げてくる。
誰も知らない2人だけの秘密の景色。そんな事がむしょうに楽しかった。
少しの間、2人だけの時間が流れていく。
「えーと……その……これは私からの礼だ」
そう言って、メルティナはフィルの頭にそっと花の冠を載せて微笑んだ。
「凄く似合っているぞフィル。本物の王冠でも似合うんじゃないか?」
「そ、そうかなぁ……」
「そうだフィル、おまえこの国の王様になりたくないか?」
「なっ……なに言ってるんだよメルティナ!」
「……残念だなぁ。妙案だと思ったのに」
驚き慌てるフィルをよそにマイペースのメルティナ。
その時、丘の下から誰かを探しているのだろう人の姿が見えた。
灰色の髪に銀縁眼鏡をかけた長身で細身の女性で、若くはあるが、いかにも教育係といった感じの人だ。
名を呼ばわる声はまだ遠く聞き取れない。2人は顔を見合わせ、耳をそばだてた。
すると――、
「――――姫っ、メルティナ姫ーっ!」
「おお、イサヤじゃないか」
その言葉を聞き、ようやくフィルは思い出した。
自分と同じくらいの歳だという、アセリアのお姫様の名前を。
時すでに遅しではあるが……。
「た、大変ご無礼を…っ!!」
先に木から下り、次いで軽やかに飛び降りたメルティナを抱き支え、その足が地に着いたのを確かめるなり土下座したフィルにメルティナは少し寂しげに笑って答える。
「フィルは何も気にしなくていいぞ。私が勝手に城を抜け出したんだから」
「勝手に?」
「実は父様の言いつけで城から出る事は禁じられていてな……。でも、一度だけ城の外を見てみたくて、イサヤに手伝ってもらって出てきたんだ」
「そうだったんですか……」
追いついてきたイサヤが膝を折り姫に対する礼を取り、フィルにも会釈した。
「家庭教師のイサヤと申します。姫がここしばらく気持ちが沈みがちでしたから、微力ながらお力になれればと思ってのことだったのですが、案の定私を撒いて好き放題」
「い、いや感謝しているぞ。ありがとうイサヤ」
ジロリと睨まれながらも、イサヤの言葉に素直に礼を言うメルティナ姫。そこに信頼があることは会ったばかりのフィルにも見て取れた。
「あなたにはご迷惑をおかけしました。姫を護ってくださってありがとうございます」
「い、いえそんな……! 僕は姫様だと存じ上げもせず、遊び回ってしまっただけで」
「それでも。そういった経験こそが貴重なのです。よろしければお名前を伺っても?」
「フィル、と言います」
「その服装から察するに、神父見習いですか。精進なされますよう。――では姫様」
「ああ、分かっている。じゃあフィル、私はこれで城に帰る。フィルのおかげで楽しい思い出ができた。ありがとう」
「こちらこそ。お元気で」
――――その時だった。
突然木々がざわめきだし、イサヤの冷たい笑い声が丘に響く。
「クックククッ……いい思い出ができて良かったですね。メルティナお姫様」
「……イサヤ?」
「なにひとついい思い出もないままで、その短い人生を終わらせるのはとても哀しくてやりきれませんから」
「な……何を言ってるの? イサヤ!?」
「イサヤ? そうでしたね。でももう、この名前とも今日でお別れです」
メルティナは意味が分からずに、ただただ呆然としている。
「それにしても国王が城中に結界を張ってまで私達を警戒していたとは。お陰であなたを外に連れ出すのに予想外に時間がかかってしまいました」
「父様が……私を?」
「ええ、城の外に出ればこうなる事は分かりきってましたからね。それはそれは鬱陶しいほどの警護でしたわ」
「そん、な……」
「けれどまぁ、そんな親心も娘には伝わらず。さぞかし国王様もお嘆きの事でしょう」
「――……あぁぁっ!」
メルティナは崩れ落ちるようにその場にしゃがみ込む。
「では改めて名乗らせていただきます。私は『始まりの姫』の1人、『空虚のヴィアージュ』と申します。以後、お見知りおきを」
そう名乗るとヴィアージュは右手から黒い球体を出した。
「行きなさい、『黒き牢球』」
黒い球体は一気に巨大になりメルティナ姫を一瞬でその中に飲み込んだ。
なにが起きたかも理解できずにその光景を呆然と見ていたフィルだったが、ハッと我に返る。
「姫様を帰せー――――っ!!」
巨大な黒い球体に向かって突進していくフィル。
だが、あえなく弾き飛ばされ、そのまま気を失ってしまった。
「では行きましょうか、メルティナ姫」
『空虚のヴィアージュ』はメルティナ姫を閉じ込めた黒い球体を持ち、自らの影に沈みこむように消えていった。
黒い球体の中ではメルティナがうずくまり、その身を震わせ泣いていた。
「……フィル…………助けて……」
その声は、フィルはおろか誰にも届かない。
夕陽が沈み、街が闇に包まれていく。