第7話「一瞬で永遠の素敵な思い出」 1
今回から新章(思い出編)に入ります。
フィルの視点から【名無しの姫】との出会いなどを綴っていきます。
神聖アセリア王国――。
国王ザレイン三世が治める宗教国家で、中央には王城と、それを取り巻くように城郭都市がある。
大陸の中央部に位置し、美しくも厳しい大自然に囲まれている国だ。
その中でそびえ立つ城の姿は神秘的な雰囲気を持ち、神聖アセリア王国の名を大陸中に知らしめる要因にもなっていた。
大陸中央に位置する故、5つの国と隣接してはいるものの、嶮しい山々の防壁と国王の善政によって比較的安定した状態が現在まで続いている。
それが……【名無しの姫】が生まれ育った国だった。
* * *
――――アセリア城、地下牢。
夕食を運ぶ見張りの者の足音が聞こえてくる。
だが、それに混じって、重くしっかりとした足音がした。
「…国王陛下?」
フィルは少し驚いた表情で足音の方向を見る。
「余は少し神父と話がしたい。下がっておれ」
「はっ」
そう言って見張りの者を下げ、フィルの前へ立った男は。
顎には白い髭をたくわえ、中肉中背ではあるもののがっしりとした骨格が着衣の上からでも見て取れる。鉄格子越しに立っているだけでも威厳や風格といったものが漂ってくる。
「相変わらず反応の薄い奴だ。普通なら儂の顔を見るなり、たじろぐものだが」
「申し訳ありません」
「オマエが感情を露にするのはアレに対してだけか」
「――……」
その言葉にフィルが寂しげな表情を見せる。
「……やはり名前で呼んでは差し上げられないのですか」
「『人』でなくなった以上、娘ではない。だから名も不要だ」
「『人』ではなくなろうとも、名前を失っても、姫様は姫様です。陛下のただひとりの娘です」
「アセリアの姫…儂の娘は5年前に死んだ。異端の狂信者に攫われ殺されたのだ」
感情を押し殺した国王の声。
そう、神聖アセリア王国のメルティナ姫は5年前に死んだ。
国を挙げての葬儀が行われ、多くの国民が悲しみに暮れた。
――――表向きには、そうするしかなかった。
だが5年前のあの日、フィルは全てを見ていた。
ひとりの少女が王国の歴史から葬り去られるまでを――――。
* * *
その日、フィルはゼノップ神父のお供で城下町まで来ていた。
お供といっても12歳の少年に神父の助手が務まるワケもなく、要は荷物持ちを兼ねた修行の一端である。教えるよりも見て覚えろという人だ。
「フィル、神学校の具合はどうだ?」
「何とか付いていけてるから大丈夫ですよ」
「まさかフィルが神父を目指すとは、これは天変地異の前触れかもな」
「天変地異なんて聖職者がそんな不謹慎な事を言っちゃダメじゃないですか」
「すまんすまん。むしろ儂みたいないい加減なのよりオマエの方が聖職者に向いとるわ」
「からかわないでください!」
「ワハハハハッ」
物心ついた時には、ゼノップ神父が父親のように傍にいた。
白髪交じりで小柄。いい加減なところもあるが、優しさに溢れた人だ。
だから寂しいと思った事はないし、実の両親に会いたいと思う事もない。
両親は自分を必要としなかった。でも、ゼノップ神父は必要としてくれている。
それだけで充分だった。
だからこそ、少しでもゼノップ神父の役に立ちたい。
それが神学校に入った理由だ。
だが、そんな少年の健気な思いを、城下町の誘惑はあっという間に呑み込んでいく。街から離れた小さな村の教会と町外れの神学校を行き来するだけのフィルにとって、城下町の賑わいはまるでサーカスでも見ているかのような夢の溢れる世界だった。
「用事も済んだし、街の見物でもしてくるか?」
「えっ、いいんですか?」
「あまり遅くなるなよ。あと、言うまでもなかろうが無駄遣いするな」
「はい!」
高らかに応え、フィルは走り出していった。
初めて見る大きな街。お店だって村と違いたくさんある。
果物屋でおやつ代わりのリンゴを2個買って、また街を歩き回った。
1時間後、あらから街を散策したフィルは中央公園のベンチに腰掛けていた。
そして紙袋からリンゴを取り出し頬張る。その時、遥か先に見える建物に目を奪われた。
「あれって、アセリア城……確か、ゼノップ神父がお城には僕と同じくらいのお姫様がいるって言ってたよな」
話に聞くことはあっても、ちゃんと見たのは初めてだ。
もっと間近で見ようとフィルはアセリア城に向かって駆け出していった。
「うわぁー」
城壁の近くから見上げると、その荘厳さに圧倒される。
まじまじと見上げながら、そのまま城の周りを城壁づたいに歩いていく。
ちょうど城の裏側に差し掛かった時だった。
「助けろ」
(……なにか人の声がしたような)
そう思い、軽く辺りを見回してみるものの人の姿はどこにもない。
また歩き始めようとした時、
「待て、私を助けろ」
「え!?」
その声は城壁側から聞こえていた。
フィルはそっと声のする足元へ目を向ける。
そこには、城壁から顔だけ出している金髪の少女がいた。
「出たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! 生首ぃいっ!」
「失礼な! とにかく私をここから引っ張り出して助けろーっ!」
…悪戦苦闘の末、フィルは少女を引っ張り出す事に成功した。
だが、少女はフィルに礼を言う事もなく、お尻のあたりに手をやりながら、なにやらぶつぶつと文句を言っている。
「まさかお尻がつかえるなんて……元はと言えばイサヤの奴がロクな抜け道を教えないから悪い。後で説教してやる」
「あの……それじゃ僕はこれで」
「待て、少年」
さっさと立ち去ろうとしたフィルを少女が呼び止める。
さっきとは打って変わり両手を腰にあて威厳のあるポーズをとり、咳払いをひとつする。
そして、思いもよらない一言を発した。
「此度の活躍ご苦労であった。褒美として今日より私の騎士を名乗るがよい!」
「――……?」
「だ・か・ら! 私の騎士をの名乗るがよい」
「――――……」
――――しばしの間、見詰め合ったまま沈黙が続き。
ようようフィルが口を開く。
「あの……僕、神父を目指しているので騎士にはなれません。ごめんなさい」
「えぇー―――――っ! せっかく私が許すというのに…しょうがないなぁ」
この返答で良いのかどうか言ったフィル本人にも不明だったのだが、少女はすんなり納得してくれたようだから良しとする。
だが、すぐに次の要望がくる。
「じゃあ、この街を案内して!」
「あの……僕、この街に来たの初めてだし……」
「えーっ、これもダメなのぉ……」
少し不機嫌な顔をした少女は少し考え、そしてこう切り出した。
「じゃあ一緒にこの街を冒険しよう! それならいいだろ?」
「う……うん」
「よしっ決まりだ! 私の名はメルティナ。よろしく頼むぞ」
「ぼ、僕はフィルっていいます。よろしくお願いします」
(メルティナ……どこかで聞いたような……)
「ではフィルよ、さっそく冒険に出発するぞっ!!」
「は、ハイっ!」
勢いに負けた……と、いうよりは、少女のひたむきさと人懐っこさに惹かれたといった方が正しいかもしれない。
これがメルティナ姫――後の【名無しの姫】とフィルの初めての出会いだった。
しばらく続きます…