第6話「2人の姫と……」 †
――――雲の隙間から霞んだ満月が見えてきた。
15人ほどの男達に取り囲まれる2人の姫。
そいつらをひととおり見回した【名無しの姫】が、こう切り出した。
「どうやら教団の連中じゃないみたいだな」
「教団だと!? 何ワケ分からねぇ事言ってやがる! 俺達は泣く子も黙る『ガルム山賊団』だぞ!」
その言葉に冴月は更に呆れた。
「……泣く子も黙るなんて口にする時点で三流臭全開ですわね」
「さ、三流だとぉー―っ!?」
当然、山賊達は激高する。
ちなみに冴月には山賊を挑発しようなどという気は欠片もない。単純に客観的事実をしているだけのつもりである。――これでも。
「わざわざ俺達の根城に入り込んだのが運の尽きだぜ。おまえ達もあのガキと一緒に売り飛ばしてや――…………!?」
すでにその目の前には一瞬で間合いを詰めて構えた冴月がいる。
「殺し合いの最中に喋ってるヒマなんてありませんわよ」
「ヒィーっ!」
冴月が山賊を手に掛けようとしたその時、【名無しの姫】が叫んだ。
「殺すなっ!」
「――……チッ!」
咄嗟に冴月は山賊の手首に扇を当てる。
すると山賊は激痛のあまり武器を落とし、地面をのた打ち回った。
「い、痛ぇぇーっ! なっ……なにをしやがった!?」
「『気』を流し、手首の骨を砕かせてもらいました。命があるだけ感謝していただきたいですわね」
「くそぉっ! ……か、かかれーーっ!!」
一斉に襲い掛かる山賊達。
その攻撃をかわしつつ相手の骨を砕いていく冴月。
【名無しの姫】も相手の肩を狙って銃を撃つ。
「本当、手加減なんて性に合いませんわ……」
「全員殺したら、こっちが大悪党になっちまうだろっ!」
「!?」
「やべ…っ」
2人を目掛けて大斧が2本、左右同時に飛んできた。
咄嗟にかわす2人。
大斧は2人の背後の木をなぎ倒し弧を描くように持ち主の手に戻っていった。
そして、それを軽々と掴む巨漢。
「もう、売り物なんて関係ねぇ! このガルム様がまとめてぶった切ってやる!!」
「……さすがにちょっと強そうか」
「強そうだと!? この賞金首のガルム様をコケにする気かー―っ!!」
「「賞金首っ!?」」
そう、山賊の首領ガルムはここで致命的なミスをした。
自分には一銭の価値も無いことを説明し、攫った少女を捨て残った手下を連れて立ち去るべきだった。
なのに彼は自分が『金になる』と言ってしまったのだ。
まさしくそれはライオンの前に肉をぶら下げて歩くような行為だろう。
そして、その結果は火を見るより明らかであった。
「必殺『竜巻・旋風斧』!」
ガルムは2本の大斧を繋げ、巨大な竜巻のように豪快に振り回して襲い掛かる。
が、冴月の『餓紗髑髏』であえなく大斧が粉砕。
背後から【名無しの姫】の延髄蹴りを喰らって失神した。
その光景を見た山賊達は、武器も首領も捨てて蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだった。
その後、急いで小屋に戻り、2人は少女の縄を解いてやった。
だが、縄を解くなり、フードの少女は逃げるように2人から離れた。
すぐさまテーブルの下に隠れ、身を震わせる。
「助けてあげたのに、なんですの、あの態度」
「――……」
【名無しの姫】は怯えるフードの少女にそっと歩み寄り、フードを外した。
「やっぱり……な」
きれいなピンク色の短い髪。その髪と同じ色の狐のような獣の耳とふさふさの尻尾。
そのいでたちにさすがの冴月も驚きに息を呑む。
「ここの大陸には獣族もいるのですか!?」
「……そんなメルヘンなヤツなんて、この大陸にはいない」
「――……?」
「獣族だけじゃない、妖精や天使だってこの地にはいない。いるとすれば……」
言いよどんだ【名無しの姫】に、冴月は困惑を隠せない。
「どういうことですの?」
「こいつは偽装種族……簡単に言えば『愛玩用ジンガイ』。だからこそ『ジンガイ』の本能で私達に怯えているんだと思う」
「この子が……『ジンガイ』!?」
「厳密に言えば、教団が『ジンガイ』を作るノウハウの一部だけを使って人間と異種を合成させたものさ」
「――……でも、どうして教団はそんなことまで」
「偽装種族を欲しがる貴族は大勢いるからな。孤児を掻っ攫ったり貧民層から二束三文で買い叩いたりしては、見栄えを良くしてヘンタイどもに高値で売りつける。教団の大事な資金源ってワケだ」
「『ジンガイ』の私が言うのもなんですが……かなり虫唾が走りますわね」
「――……」
獣耳の少女は疲れ果ててテーブルの下で眠ってしまっていた。
【名無しの姫】痛ましげな目でその姿を見つめる。
冴月はといえば、少女から外した縄で山賊を容赦なくふん縛り、汚れてもいない手をわざとらしくパンパンと払った。
「とにかく、明日の朝一番で賞金を受け取りに行きますわよ」
「あ、その事なんだけどさ……」
――――強い日差しが小屋の内部をめいっぱい照らす。
その光で獣耳の少女は目を覚ました。
正午近くだろうか、太陽はすでに高くまで昇っている。
慌てて小屋を見渡すが、自分以外は誰もいない。
ホッとして足元に目を向けると、そこには布袋と1枚の紙が置いてあった。
おそるおそる布袋を手にすれば、かなりの重さだ。
「!?」
開けてみると、中身は大量の金貨だった。
紙には『あんたのおかげで賞金首に会えたから賞金はあげる』と書いてあった。
獣耳の少女は慌てて布袋と紙を掴み、小屋の外へと飛び出した。
耳や鼻……わずかな『ジンガイ』の能力を必死に使って2人を追いかける。
一方その頃、2人の姫は山道を歩いていた。
「もったいないですわねぇ……ザコとはいえ、せっかくの懸賞金を……」
「……なんか放っておけなかったんだよなぁ」
「キリがありませんわよ」
「分かったって」
獣耳の少女は、ようやく2人の姿を見つけた。
だけど、わずかな『ジンガイ』の部分が自分を怯えさせる。
その気配に気づいた2人の姫が足を止め、ゆっくりと振り向いた。
獣耳の少女は、ここぞとばかりに声と勇気を振り絞って叫んだ。
「アタシ、やっぱりアナタ達が怖いですっ! だから……今はこれ以上近づけません!
でも……でも、もっとアナタ達の傍にいきたいっ! 追いかけたいんですっ!!」
【名無しの姫】は満面の笑みで答える。
「好きなだけ付いてきな。その代わりヤバくなったら全力で逃げろよ!」
「ハイっ!! アタシ、リタ・ハーネットです! よろしくお願いします!」
気づくと獣耳の少女にも満面の笑みが浮かんでいた。
2人の姫と、ちょっと距離のある獣耳の少女。旅はこれから。