第5話「2人の姫」
上宿とは言えないが、2人は宿を見つけた。
というか、宿とも言えないが…………。
姫2人には似つかわしくない、山の中の古びた小屋。そこが今夜の寝床だ。
見たところ放棄されて久しく、部屋の中は荒れ、家具が少しだけ残されている程度だ。
「……まさか、こんなボロ小屋で寝る事になろうとは思いませんでしたわ」
ベッドに腰掛けて冴月が呟く。
「一文無しだからしょうがないだろう。一応ベッドもあるし、贅沢言うな」
「私はあなたみたいな貧乏姫と違い、きちんとお金を持参しております。なのに……」
「そんな東方の小国の金なんて、こっちじゃ誰も信じてくれねぇよ」
カチンときた冴月がベッドから立ち上がり食って掛かる。
「あ、あなた……我が東雲の国をバカにしているのですかっ!?」
「そんなに上宿に泊まりたきゃ、その『キモノ』を売っ払えばいいだろ」
「そちらこそ、その十字架でも売り払いなさいな! それだけの銀なら結構な値になりますわ」
「出来るかっ!!」
「う――……」
「ぐ――……」
しばしの間、睨み合いが続く。
が、我に返った冴月が、はぁ~っとわざとらしいほどのため息をついた。
「姫が2人もいながら、この体たらく……情けない」
「こっちは5年も地下牢暮らしだったからな。これでも上宿だよ」
そう小さく笑って【名無しの姫】は、しゃがみこんで壁にもたれ、冴月はその姿を横目で見た後、ベッドに倒れこみ静かに目を閉じた。
――――少しうたた寝をしてしまっていたようだ、と冴月が気づいた。咄嗟に跳ね起き、身構える。
苦鳴、異音、ただならぬ気配――理由は多分どれでもあり、どれでもない。
月明かりを頼りに辺りを見渡す。
するとそこには、壁にもたれていた筈の【名無しの姫】が床に倒れもがいていた。
「ぐっ……ああああああぁぁっ!!」
「な、何ですの…………!?」
体中の至る所から『根』のようなモノが這い出ている。
「これは、一体……」
「……ちょっと十字架を使い過ぎちまったからな。なに、すぐに戻るって」
「…………それって『自在の十字架』の……」
「形を変えている間は十字架としての効果は無いからな。ちょっと使い過ぎるとこのザマさ」
しばらくすると『根』のようなモノは体内へと戻っていき、【名無しの姫】の表情からも苦悶の色が消え去っていく。
「……バカ過ぎますわ」
「あ!?」
「はっきり言って私には、あなたの行動が理解できません。異端教に無理やり『ジンガイ』にされ、名前を失い、国を追われ……。十字架が無ければ人の姿も保てない。……なのに、それでもあなたは前に歩み続けようとする。しかも『惚れた男と朽ち果てる』ためになんて……」
「…………多分」
「多分、何ですの?」
「オマエも男に惚れりゃ分かるって!」
「お……おっぉお……男ですってぇーっ!?」
叫ぶと同時に冴月の顔どころか耳まで真っ赤に染まる。
そして、なにやら両手を体の前でもじもじさせ始めた。
「わ、私は……まだ殿方とのお付き合いなんて……こ、これっぽっちも…………」
「――…………」
(この女、戦闘以外はてんでダメダメ系かよっ!?)
一抹の不安を感じる【名無しの姫】だった。
――――夜も更けた頃、すでに2人の姫は眠りについていた。疲れもあってか眠りは深い。
そこに、十数名の男達の姿が月明かりに浮かび上がる。
剣や槍で武装した者達の中心には巨大な斧を2本背負った巨漢の姿。
その足音は徐々に小屋へと近づいてきている。
バタァー――――――ンッ!!
勢いよく小屋の扉が開くと同時に、1人の少女が投げ込まれた。
手足は縛られ、頭にはフードを被っている。
「キャアァァァァッ!」
床に転がされたのは12~3歳くらいの少女だった。
「お願いです! 帰してくださいっ!!」
だが男達の罵声は容赦なく、あからさまに欲望に塗れた下卑た笑みを浮かべる者さえいる。
「うるせぇっ、静かにしろ!」
「オレらの機嫌を損ねたらどうなるかくらい分かるだろォ!?」
そこにもっと容赦ない罵声が飛んだ。
「テメェらこそ、静かにしろーっ!」
「私の眠りを妨げる不届き者は容赦無く慈悲も無く、すり潰しますわよっ!」
その声に驚き小屋の中に目を向けた男達は、再び驚く。
それもその筈である。誰もいない筈の自分たちの根城に女が2人もいるのだ。
ひとりはデカい十字架を身につけた少女。
もうひとりは寝起きで『キモノ』の袷が肌蹴かけ、夜目にも白い胸がちらほらと覗く女。
もちろん、全ての男達が一斉に冴月の方を見た。…オトコの欲望は正直だ。
「首領、いつの間にこんな上玉を捕らえてたんですかい?」
「俺は知らねぇぞ」
「おぉー―っ、確かにこいつはスゲぇ! これなら相当フッ掛けても、引く手数多だろうさ」
なぜか、まんざらでもない冴月。
勝ち誇った目で【名無しの姫】を見る。
その態度にカチンときた【名無しの姫】は無謀にも男のひとりに聞いた。
「オイっ、オマエら 私はどうなんだ?」
「あぁ? テメェみたいのにもそれなりに特殊趣味な客はいるから心配―――」
ドッコォォォォォッ!!
「それなりってなどういう意味だー――っ!!!」
無自覚に不用意な発言をした男は、思いっきり十字架で顔面をブン殴られ鼻血にまみれ、そのまま扉を突き破って外に放り出された。
「テメェらブっ飛ばしてやるから、全員外に出ろーっ!」
一瞬にして周囲が殺気立った。
「…………どちらもアホですわね」
ゆっくりと小屋の外に出る【名無しの姫】。
冴月も呆れつつ付いていく。
フードの少女は震えながらその光景を見ていた。
少々長くなったので(当家基準)2話に分割しました。
続きは挿絵共々明日(時間未定)掲載予定です。