第4話「だから歩みは止めない」
前回に引き続き、ややグロ入ります…。
………………真っ暗だ。
死んだ……のか?
……死ねた……のか?
でも……違う。
……なにか……違う。
そうだ。いないんだ、あの人が……。
そう……私は約束した。惚れた男――フィルと。
人間に戻って……一緒に朽ち果てよう、って。
だから、私は……まだ…………。
* * *
「……死んだわね」
冴月はそう呟くと、巨大な手で握り潰した肉塊を岩場に叩きつけた。
……そして、ため息をつく。
「辛い船酔いに耐えてまで見つけたのに……とんだムダ足でしたわね」
吐き捨てて、興味の失せたモノに背を向けてその場を後にしようとした時、冴月の背後でなにかが動く音がした。
岩が転がったとか、風が招いたようなものではなく……そう、肉塊が蠢くような……。
ある意味、振り向けばすぐに確認できること。
だが、なぜか振り向けない。振り向くことが出来ない。
「……まさか……! あ、ありえませんわ……」
今まで国を護る為に、王家に名を連ねながら兵器としてずっと外敵と闘ってきた。
その中には不死の軍団を名乗る連中もいた。だが、死なないだけ。四肢をバラバラにし、頭を潰せば何もできないただの肉塊になる。
「あの【名無しの姫】だって……同じ――……っ」
そう自分に言い聞かせ、振り向かぬまま一歩、また一歩……歩いていく。
が、その時――。
――いま振り向かなければ殺られる!
その直感が身体を咄嗟に振り向かせた。
そして眼前には、いる筈のない【名無しの姫】。
「うおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
眼前に振りかざされる巨大な剣は
「なっ、今度は十字架を剣にっ!?」
いる筈のない者がいる。生きている筈のない者が動いている。
その、一瞬の驚きは百戦錬磨である冴月の判断すらも鈍らせた。
そして巨大な剣が振り降ろされる。
一閃――
殴り飛ばされ地面を転がる【名無しの姫】。
と同時に漆黒の巨腕も地面に転がり落ちた。
「……腕一本じゃ、まだ借りの10分の1ってところかな」
「あ、あなた…………あの状態からどうやって……」
四肢をバラし、頭も潰した。だが【名無しの姫】は目の前に『在る』。
完治してない傷も多々あるが、頭部は復元し四肢も戻っている。
不死身という言葉の奥で湧きあがる初めての感情……それは『恐怖』か。
「言っただろう……惚れた男が私の代わりに牢にブチ込まれているから、簡単には終われねぇって」
「ら、落第玩具のくせに……っ」
「もう一丁ー―っ!」
冴月の言葉になど耳も貸さず、【名無しの姫】は再び切りかかろうとする。
「今度こそ全力で消してあげますわ!」
無数の手から発せられた『気』が今までにないほどの巨大な髑髏を形作っていく。
「塵ひとつ残さずこの世から消えちゃいなさいっ!! 最大奥義『餓紗髑髏・大輪花』!!」」
「まだまだまだまだぁーっ」
【名無しの姫】が叫び、口に含んだ血を十字架に吹き付ける。
「『自在の十字架』、『一撃』!!」
十字架が【名無しの姫】の右腕を包み、瞬く間に大型ライフルへと姿を変えた。
見た目13歳の少女には不釣合いなほどの巨大なライフルを構え、髑髏の眉間に照準を合わせる。
引鉄を引く。と同時に凄まじい衝撃が全身を包んだ。
轟音とともに放たれた銀の弾丸が超巨大な髑髏の『気』を撃ち抜く。
髑髏の『気』は凄まじい叫び声をあげ、形を歪め、そして四散した。
暴発ともいえる『気』の爆発が2人を巻き込んでいく。
そして…………。
気がつけば、空は青から茜色へと移りつつあった。
そんな中、2人はまだ地面に仰向けになったまま、見るともなしに空を眺めている。
まぁ、満身創痍でどちらも指一本動かせないという方が正確かもしれない。
気力を使い果たした冴月からは、あの禍々しい巨腕は全て消え去り、黒髪をなびかせた清楚な少女に戻っている。……もちろん見た目だけではあるが。
「――――……」
「――――……」
「おい、性根ドス黒女」
「い、今の言葉、聞き捨てなりませんわね……」
冴月の顔を見ずとも明らかに血管が浮き上がっているのが分かる口調だ。
「死ぬ前にひとつだけ教えろ」
「お言葉ですが、この程度で死ぬほどヤワではありません。けれども、この私がここまで追い込まれたのも事実。敬意を表してお答えして差し上げましょう」
「その力、どこの教団で手に入れた?」
「教団? この力は過去に押収した異端の禁書を元に我が国が独自に導き出したもの。異端の教団とは何の関係もありませんわ」
「――……そうか」
「『ジンガイ』にされた復讐でもするおつもりですの?」
少し間があった。
「ただ……戻してほしいだけなんだ。人間に」
【名無しの姫】が、消え入るような声で呟いた。
「本気で不老不死の肉体を手放す気ですの? その存在とチカラは驚嘆に値しますのに」
「……こんな身体じゃあいつと同じ時間を歩めない」
「――……惚れた男のために……ですか。私には到底理解できません。ですが――……」
「……?」
「あ、お気になさらず」
「――……?」
「さて…」
冴月はそう言うとすくっと立ち上がり、【名無しの姫】を見た。そして…。
「さぁ、参りましょうか。私、このような場所で夜を明かすのは御免こうむりますので」
「…………は?」
「何をボーっとしているのです。早く上宿を探してきてくださいな」
「……………………えぇー―――っ!!!!」
しばしの沈黙の後、叫び声が辺りにこだました。
冴月はその驚きをよそに淡々と話し続ける。
「決めましたの。私、あなたの朽ち果てる姿を見物してから国に戻ることにしますわ」
「はぁっ!? なっ、何言ってんだ?」
「それにまぁ、教団とやらに行けば『強い敵』にも出会えそうですしね」
「バカ野郎! オマエみたいな好戦的性根ドス黒女と一緒にいたら、こっちが真っ先にお尋ね者確定じゃねぇか!」
「なっ、何ですって! アナタ本っ気ですり潰しますわよっ!」
「へっ、満身創痍の死に損ないのクセに」
「アナタに死に損ないなどと言われたくありませんわ!」
「こっちだってオマエに言われたくないわっ!」
「そのお言葉、たっぷりと熨斗を付けてお返ししますっ!」
「こっちだって――――!」
「こちらこそ――――!」
沈みゆく夕陽の中、【名無しの姫】と【拳の姫】の不毛な罵り合いは続く――……。
そして、『朽ち果てるまでの物語』がここから始まっていく。