第3話「想う者、想われる者」 †
※ラスト前、少々グロめになります。
轟音が響き渡り、次々と大地が抉られ岩場が砕かれ土煙が舞う。
己の格闘術に加え、身の丈の倍近くはある巨大な二対の腕。
そこから容赦なく繰り出される冴月の拳に、防戦一方の【名無しの姫】。
『ジンガイ』の力を解放した冴月は、全ての障害物を薙ぎ払い迫ってくる。
岩陰に身を隠し、間合いの外から反撃したいところだが、そう容易なことではない。
情けない話、逃げるのがやっとだ。
「ネズミみたいにチョロチョロ逃げまわらずに私を楽しませなさいっ!」
「こっちがネズミならテメェはネコじゃらしのネコじゃねえかよっ!」
「減らず口を……仕方ありませんわね」
そう言って立ち止まった冴月は、深く息を吐き漆黒の巨大な腕に『気』を込め始める。
そして4つの手から現れた4つの光の髑髏。
「『餓紗髑髏・四重葬』!」
「4つ同時っ!?」
各々が別の軌跡を描きながら、4つの髑髏が【名無しの姫】に襲い掛かる。
必死にかわすものの、やがて四方を取り囲まれてしまった。
「詰み……ですわ」
冴月が手に持った扇を開くのと同時に前後左右から髑髏が一斉に襲い掛かった。
大爆発とともに、辺りの岩が砕け散る。
だが、その中心部には巨大な鎖の球が残っていた。
「――っ? 鎖で自らを覆って衝撃を防いだの!?」
「『自在の十字架』はこんな使い道もあるんだよ」
「……じゃあ、これはどうかしら!」
冴月は間髪をいれずに背後から巨大な拳でラッシュを繰り出そうとするが、地中からの鎖が4本の巨大な腕を瞬時かつ同時に絡め取った。
「地面からっ!?」
「へっ、頭から妙なモノぶら下げてるから足元に気が回らないんだよ!」
そう言って畳み掛けるように無数の鎖で冴月の全ての腕を拘束し、地面に引き倒す。
「これで、お得意の殴りっこは無理だろ」
「…………っ」
「ま、降参すれば解いてやってもいいんだけれど……」
「……や……ってくれましたわ……ね」
「……?」
「…………わ、私を……こんな……地べた……に」
ボコッボコボコッ……ゴボォッッ!!
「こ……の……糞ガァァァァァァァアアッッ!!!!」
冴月が怨嗟の声をあげると同時に冴月の頭部のみならず体中から無数の巨大な腕が生えてきた。
「4本だけじゃないのかよっ!?」
「人の話は聞けよ、言っただろ? 『怒髪・千手凱』ってな。4本だけなワケないだろうが、馬鹿かオメーはよっ!」
そう言って無数の腕で鎖を掴むとそのまま振り回し【名無しの姫】を地面に叩きつける。
「がはっ!」
「これでおあいこなんて思わないでよね。アナタ玩具落第確定、さっさと消えて頂戴」
そして無数の手から生み出される無数の髑髏。
「『餓紗髑髏・千鶴乱舞』!」
「『自在の十字架』!」
一帯に眩い光と凄まじい轟音が鳴り響く――――。
* * *
――神聖アセリア王国、アセリア城の地下牢。
不思議な光景である。
薄暗い地下深くの牢。
石壁には広範囲にわたって血の染み込んだ跡があり、至る所に刻まれた傷もまた、そこにいた者がいかに苦しみぬいたかを物語るには十分なものだった。
そこに、神父の略装をまとった男は幽閉されていた。
だが彼の顔に悲壮感はなく、安らいでいる感じさえ伺えた。
そこに見張りの者が食事を持ってやって来た。
粗末なパンとスープ。いつもと変わらない。
食事に手を付けようとした時、見張りの者が口を開く。
「神父さん。アンタ噂じゃ女の身代わりでここにいるっていうが、本当か?」
「いやぁ、それほどでも……」
「大バカだなぁ、その女ァ今頃喜び勇んで新しい男探してるって」
「それで幸せなら、それもアリですね」
「……俺もいろいろ罪人見てきたけど、牢屋ん中でにこやかなヤツぁ初めてだよ。神様に仕えるとみんなそうなっちまうのか?」
「……きっと、ここが」
「……?」
「ここが……愛する人の暮らしていた場所だからでしょうね」
そう言って、神父はそっと微笑んだ。
* * *
石ころだらけの渇いた地に海ができた。
――――血の海。肉塊の海。
そこに手を伸ばした冴月は【名無しの姫】の頭を掴み、引きずり上げる。
身体はところどころ抉れ、左脚は千切れている。
「玩具が分を弁えないからこんな目に遭うのよ……。放っておくとやっかいですので、すぐに終わらせてあげますわ」
「……惚れた男が私の代わりに牢にブチ込まれているんだ、簡単には終われねぇんだよ……」
「見苦しいですわね。でも、これでお別れですわ」
「…………」
グシャアッ。
青空に無残な音が響いた……。