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第2話「拳姫・朧音冴月」 †

挿絵(By みてみん)

 画:犬飼クロ



「!?」


 虚をつかれた。


 崩れ落ちていく足元を見てそう思った。


 岩場の高さはちょっとした巨木程度はあった。

 なのに……その岩場は一瞬にして粉々に砕け、いま自分は落下している。


 足場に使えそうな岩を飛び移りながら着地。

 同時に相手との距離をとるため瞬時に後方へと跳ぶ。

 そうしなければヤバいと本能が指令する。


 ズザザザザザザザザー―――ッ


 地面に十字架の下部が触れ土煙が上がり、ようやくここで思考が回復できた。


 …あの女、朧音おぼろね冴月さつきは何をした?

 いや、アイツはただ軽く岩場に手をかざしただけ。


 冴月は岩屑の山を背に立っている。

 また扇を開き口元にあて、してやったりといった満面の笑みを浮かべる。

 そしてかざされた左手。掌から青白い光が見える。


「これは東洋で『気』と呼ばれるもの。お気に召しまして?」

「全っ然、お気に召さねぇ……」

「それは残念ですわ」

「だいたい何でアンタにケンカ売られなきゃならないんだ?」

「まぁ、ケンカだなんて失敬な。――これは……」


 パシィッ!

 

 突然、扇の閉じる音が鳴り響き、そちらに意識が引き寄せられる。

 瞬間、冴月との間合いが一気に詰まった。

 眼前には冴月の顔、そして不気味なほどの闇を湛えた瞳。


「やばっ!」


 苦しまぎれに左右から連続の蹴りを繰り出す。

 が、まるで『キモノ』の柄の蝶が実際に舞っているかのような体捌きと扇で軽くいなされ、体勢を崩される。


(こいつ完璧な近接型じゃないか)


 舌打ちするも、そこを狙い撃ちするかのように『気』を込めた右拳の一撃。


 ドゴオオォォォォッ!!


 咄嗟に直撃は避けた。が、拳圧で吹き飛ばされ地べたに転がされる。

 一瞬前に立っていた地面は豪快に抉れていた。


(温泉でも掘るつもりかこいつ…っ)


 そしてまた扇を開いての見下しポーズ。あぁ、鬱陶しい。


「これは……そう、殺し合いですわね」

「そうかい……だが、不死者にその程度で殺し合いを挑むのか?」

「ご安心を。この程度ではありませんので」

 

 そう言って、冴月は少し距離をとり両手の拳に『気』を込める。

 うっすらと青白い光を放つ冴月の拳。が、そこからまだ先があった。

  

「ハアァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」


 冴月が両拳を前に突き出すと光が輝きを増し、徐々にひとつのなにかを形造っていく。

 それは――まるで光の髑髏。


「『鬼砲(きほう)餓紗髑髏(がしゃどくろ)』ォォ!」


 そう言って冴月が放った巨大な髑髏は凄まじい勢いで周囲の岩場もろとも【名無しの姫】を飲み込もうと迫る。


「! 異端の魔術っ!?」


 咄嗟に、左手の一部を噛み千切り十字架に血を吹き付ける。

 だが、大口を開けた巨大な髑髏は無慈悲にも【名無しの姫】をひと呑みにしようと覆いかぶさる。


 ドガガガガガガァァァァァァァァッ!!!


 砕ける地面、立ち上る砂煙。

 やがて眼前に現れる結末を、冴月は興味津々な顔つきで待っていた。

 だが、砂煙が収まるにつれ、その顔つきが、目つきが、口元が、そして身体全体が怒りの感情に覆われていく。


 そこに【名無しの姫】は無傷で立っていた。

 【名無しの姫】をひと飲みにしようとした巨大な髑髏は、地中から伸びた無数の鎖で拘束され、その鎖は彼女の十字架の4つの端へと繋がっていた。

 

「『自在の十字架エヴァーチェンジ・クロス』」

「十字架から鎖が……? 形状が変わる金属なの!?」

「――自在なる銀の枷。時には守り、時には傷つける万能の刑具」


 そう言って右腕の十字架ごと鎖を引き、髑髏を締め上げる。

 悲鳴とも断末魔ともとれる叫び声をあげ、髑髏はその形を歪ませていく。

 無数の鎖は巨大な髑髏を高々と持ち上げ、そして握り潰した。


 冴月の頭上で髑髏が四散する。

 避けようとするその隙をつき、今度は【名無しの姫】が冴月の背後を取り、隠し持っていた銃を冴月の後頭部に向けた――が。


「――ッ!」

  

 引鉄を引く間もなく一瞬の激痛が走る。左肘の下あたりが一瞬にして吹き飛び、血飛沫のなか銃を持った手首が無残に宙を舞う。

 が、その瞬間、それぞれの切断部から『根』が伸び互いを繋げていく。そして数秒前の惨劇など無かったかのような完璧な修復を遂げた。

 

 その光景を嬉々とした眼で見ていた冴月は、やがて顔を紅潮させながら口を開いた。


「すばらしい…! 素晴らしいですわ、その力!」


 ボコッボコボコッ……ゴボォッッ!!


 異様な音とともに冴月の姿が変貌する。


「……テメェ、その姿――……『ジンガイ』……っ!」

「『怒髪(どはつ)千手凱(せんじゅがい)』。さぁ、死力を尽くして遊びましょうよ、【名無しの姫】様」


 その姿は、異形かつ異様。

 

 冴月の艶やかな黒髪からは身の丈の倍ほどある二対の漆黒の巨腕が生えていた。

 先程、【名無しの姫】の左腕を吹き飛ばしたのは、そのひと振りだった。


「これでようやく全力が出せますわ」

「…………」

「全力で千切って、全力でブチ抜いて、全力ですり潰して……フフッ…アハハッ! なんでしょう、この身体の底からゾクゾクする感じ。ねぇ【名無しの姫】様? アナタ、噂どおり死なないのよね、不死身なのよね、そうなのよねぇッ!!」

 

 その姿は心の写し鏡。冴月の口から発せられる言葉も異形かつ異様。


「【名無しの姫】、アナタ…………私の絶対永久玩具確定ですわ」

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