表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/19

第16話「絡み合う世界」 上

「よーい、スタート!」


 掛け声と同時に勢いよくお城の廊下をダッシュするメルティナ姫。その姫を必死にフィルが追いかける。


「やったー! またアタシの勝ちっ!」

「姫様ズルいですよー。いっつも自分の都合いい時に合図かけるんだもの」

「そんなことないって」

「次は僕がスタートの合図しますからね」


「姫様ーっ! フィル様ーっ! また勉強部屋を抜け出して。何度言ったら分かるんですか!」


「あちゃー、またイサヤに見つかっちゃったよ」

「だから僕は止めようって言ったのに……」


 あっけなく勉強部屋に連れ戻され、罰として書き取りの追加を与えられた。並んだ机でそれぞれの勉強をするふたり。メルフィナがこっそり隣を覗き込むと、フィルが真剣に文字を書いていた。


(嬉しい。フィルが自分の隣にいる。ただそれだけのことがスゴく嬉しい)


 ――――?


(なんだろう、この違和感…。でも、いいや。目の前の『嬉しい』が自分には大切なんだから……)


 そこに侍女の声が響く。


「メルティナ姫様、フィル様、ご夕食の支度が整いました。今日はお后様もご一緒なされるそうです」

「えっ、母様が!?」

「体調もだいぶよろしくなったそうですので……。何より、一度フィル様にご挨拶したいとのこと」

「やったーっ! 母様と一緒にごはんできるんだ!」

「はい」


(久しぶりの母様との食事。そこにフィルもいてくれる。嬉しいことだらけだ)

 

 ……久しぶり?


 そして家族用ダイニングルームでの夕食。正式な会食などに使われる場所とは違い、こぢんまりとした部屋に、囲む相手の表情がよく見えるようなサイズの卓。王と后、そして姫の為だけの場所だ。近しい王族やが混ざることもあるが、それもごく稀だ。

 そこに招かれたフィルは、初めての城での食事というだけでなく緊張していた。

 壁際には侍従侍女がひとりずつ控えている。これも王族の食卓とは思えない少なさではあるのだが。

 この場での食事では、ワンプレートとまではならないが、簡素に一度に供される。調味料や量の追加など、用を言いつけない限りは気配を消して見守るだけだ。食事の進み具合はつぶさに観察され厨房に伝えられ、次につながるのだが。

 王族だからといって毎日毎食豪勢な食事をしているわけではない。むしろ質素なのだと、メルフィナは料理長に聞いた。今日のそれは、鶏のハーブソテーをメインに、グリーンサラダ。刻んだ野菜が崩れるほどに煮込まれたミネストローネスープ。胚芽の堅パンと精麦の白バンに、バター、ハチミツ、ベリーのジャム。それでもフィルには分不相応としか思えないレベルだったのだが。

 

 そしてその緊張を紛らすべく口をついたのは


「あのさ……姫様のお母さん、お后様ってスゴく美人だね」


 …そんな言葉で。

 

(――――?)


 メルティナは首を傾げた。


(あれ? フィルには母様の顔が見えるんだ……アタシ……母様の顔を知らない……のに……)


 いくら目をこらしてみても、后たる母の姿はメルティナにはぼやけていた。父様もフィルもお城で働く人達も、みんなみんなハッキリと見えているのに――。


(……そうだ、母様は確かアタシを産んで眠ったきりになって……そのまま、ずっと、まだ……)


 ――じゃあ、目の前のこの風景は……?


 ……この、嬉しさは――……。


 ――……。


  *  *  *


「――ったく、こんな小難しい本を読んだから妙な夢を見ちまったのか…」


 勉強嫌いな【名無しの姫】にとって読書は恰好の睡眠薬でしかない。

 壁にもたれて本を読んでいるうちについ眠ってしまっていたようだ。

 足元に落ちた古びた本を拾い上げて面倒くさそうに深いため息をつく。 

 

 それは屋敷を壊す前に【名無しの姫】がアリッサの兄の書斎から咄嗟に持ち出した本だった。もちろん本棚にある書物から吟味したものではない。というか文字嫌いな【名無しの姫】に大量の書物の判別など不可能な話で、本の題名に聞き覚えのある言葉を見つけたからというだけの理由にすぎなかった。


 その本のタイトルは『始まりの国』。


 その様子をしっかり見ていた冴月が小バカにした口調で話しかけてきた。


「……よほど勉学が苦手のようですわね。王族ともあろう者がなんともまぁ情けないこと。まぁでも、私と違ってあなたに教養は似合いませんわね」

「うるさいなぁ! このくらいの本アタシだって……」


 そう言って3ページほどめくったところでまたウトウトとし始める。


「――……もういいです。私が代わりに読みますわ」  


「あ、おいっ」


 冴月は強引に【名無しの姫】から本を取り上げ、おもむろに目を通し始めた。

 【名無しの姫】は悔しさに満ち満ちた目で冴月を睨みつけたものの、本を取り返そうとはしなかった。それはまたそれだけ本を読むという行為が彼女にとって苦痛以外のなにものでもないことの証明だ。


 そこはとある洞窟。道中雨が強くなってきたため【名無しの姫】たちは山の中の洞窟で一夜を明かすことにしたのだった。

 洞窟といっても冴月が絶妙な加減で穴を開けた急ごしらえだが、3人が寝転がるにはちょうどよい大きさに出来上がっている。


 冴月は火の前で淡々と本を読み続ける。

 奥の方ではリタが狐というよりは猫のように身体を丸め眠りについていた。うっすらと浮かぶ涙を、【名無しの姫】は指でそっとふき取ってやる。


 しばらく洞窟の中に沈黙が続いた。

 先ほどより雨音が小さくなってきていた。


 やがて3分の1ほど読んだところで冴月が本を閉じる。


「……なんといいますか、ただの建国神話ですわね……これ」

「建国神話?」

「ええ、どう考えても(てい)のいい作り話。この中に、あなたが人間に戻る有益な情報があるとは、とても思えませんわ」

「……そうか」

「大体、作り話に決まってるでしょう。その昔、この世界全ての大陸がたったひとつの国によって支配されていたなんて、信じられますの!? なにが『始まりの国』ですか、バカバカしい!」


 そう言って冴月が放り出した本を【名無しの姫】は拾い上げ、読み返す。

 その行動に呆れ気味の冴月は、だが何も言わない。


「でも、アタシは聞いちまったんだ……似たような言葉を。そいつは……アタシを異端教徒に差し出したクソ女は、こう呼んだ……『始まりの姫』ってな」

「始まりの……姫……?」

「あのクソ女……イサヤの奴だけは人間に戻る前にブチのめしてやらないと気が済まねぇ!」


 『始まりの国』と『始まりの姫』。同じような名前というだけで関係付けるのはあまりにも単純すぎる。が、逆に言えばそれだけ【名無しの姫】の心に『始まりの姫』が暗い影を落としていることの表われでもあろうと冴月も慮る。


「まぁ、当たり前と言えば当たり前の反応ですわね。……でも、あなたに読ませたら読み終わるまで何日かかるか分かりませんし」


 そう言って、冴月は再び【名無しの姫】から本を取り上げた。


 ――その時だった。


「どうした、リタっ!?」


 いきなり飛び起きたリタが洞窟の奥でうずくまり震えていた。恐怖で顔から血の気がすっかり失せている。いや、まだこれは【名無しの姫】や冴月が傍にいるからこの程度で済んでいると言った方が正しいのかもしれない。リタひとりなら完全に卒倒していたかもしれない。


 あきらかに自分たちと同等もしくはそれ以上の……それほどの殺気。


 やがて足音と共に洞窟の出入り口に人影が現れる。

 それは小さな身体に不釣合いなほどの大きなリュックを背負ったツインテールの少女。歳はまだ10代前半といったところだろうか。

 だが、どう見てもこの子が殺気の主だとは思えない。少女の背後に意識を向けようとしたその時、少女は屈託の無い笑顔で2人に問いかけた。


「あなた達『ジンガイの姫』でしょ? ねぇ、そうなんでしょ?」


 あまりにも唐突かつ不躾な質問の仕方に冴月は不快感を露にする。


「だったら何ですの」


 その言葉を聞いた少女は勝ち誇ったように後ろにいる人物に向かって叫んだ。


「どうです、ネスト様っ! 私の『予言(カサンドラ)』の的中率は! バッチリ姫ふたりを見つけ――……!?」


 ツインテールの少女――チェイミーはそこまで口にして言葉を止めた。そしてその目はふたりの姫を見事にスルーして、洞窟の奥で怯えてうずくまるリタへと向けられた。


「ね、ネスト様ぁーっ ケモですっ! あそこの奥にケモ耳っコがいますぅっ!!」


 まるで幼子が縫いぐるみでも見つけたかのように興奮したチェイミーは、さらにとんでもないことを口走った。


「あの子……たぶん愛玩用の『ジンガイ』ですよ。そうだっ! ウチで飼いましょうよ飼ってください、ねぇネスト様ぁ」


 その言葉に招かれたかのように、少女の背後からスレンダーな女剣士が姿を現した。


「……愛玩用の『ジンガイ』だと? では、そこにいるのは姫と呼ぶに値しない、奴隷商人に成り下がった下衆で野蛮な輩ということか。見ればそういう顔つきをして……」


 会話が終わるか否か、女剣士――ネストが後ろに軽く跳んだ。

 と、ほぼ同時に、ネストのいた地面に冴月の拳が突き刺さり、大きく地面が抉れる。


「誰が下衆で野蛮ですって!? このボロ姫だけならいざ知らず、私まで同列に扱うとは無礼極まりない」


 その行為にその場の誰もが思った。

“問答無用で殴りかかるのも野蛮だろう……”と。


 その時だった。


 先ほど殴りかかった冴月の右手が手首から切断され、おびただしい鮮血と共に足元に転げ落ちた。


「!? いま、何が……」


 冴月は更なる危険を察知し間合いを取ろうとしたが、今度は背後からの一太刀を受ける。


「今度は後ろっ!?」

「冴月っ!」


 知覚も理解もできないネストの攻撃に驚愕するふたりの姫。

 その様子を見てチェイミーが笑顔で言う。

 

「あの時、私に気を取られた時点で勝負は決まってたのよ。あなた達は詰んだの。さっさとネスト様に切り刻まれちゃいなさい!」


 その表情は先ほどの屈託の無い微笑みではなく……圧倒的優位からの嘲笑だった。

お久しぶりの犬飼クロです。

3ヶ月も放置しっぱなしですいませんでした。

リアルお仕事がだいぶ忙しかったもので……。


不定期更新は続きますが、

何とかこの回だけは終わらせたいと思っていますので

もしもまだこのお話を気にかけてくださる方がいるのでしたら

お付き合いのほどよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ