第15話「姫を狩る姫」
今回はグロあり&主人公不在です。
ヴァムーレンの街でのアリッサとの一件から遡ること4日前。
これは、とある小さな村での出来事。
普段であれば家族で夕食を囲んでいる時間だというのに、
その村には人の気配というものががまるでなかった。
……ただひとりの少女を除いては。
ウエーブのかかったブラウンの髪にフリルのある真紅のドレス。
まるでビスクドールのような冷たくも可愛らしい容姿をしている。
だが、その容姿とは逆に少女の足元には、女子供を含めた無数の村人の死体が積み重なり、おびただしい腐臭を放っていた。
ただ、奇怪なのはその死に方。
親と子が……夫と妻が……恋人同士が……村人全員が互いに殺し合ったと分かる様相を呈していた。
己が意に反し、愛する者を手に掛ける慟哭、愛する者を護れない悲嘆。
兵士などが任務で殺しあうなら、どんな過酷な命令であれ、こんな死に顔にはなりにくかろうと思わせるほどの、それ。
「自分の意思に反して殺し合う者の表情って、なんて面白いんでしょう」
そう言って子供の死体から眼球を抉り出すと、まるでアメ玉でも口にするかのように口に含み、舌の上で転がしてしゃぶっている。
その姿はまるでお気に入りの玩具で遊ぶ子供のようでもあった。
少女にとってはこれからが本当のお楽しみの時間といったところなのだろうか。
そこに、どこからともなく何者かの声が響き渡る。
「クランドール王国の第3王女ともあろう者が自らの領地で快楽殺人とは」
「――……!?」
「『ジンガイ』などになってしまうと身も心も腐りきるという風説の典型ですか……。嘆かわしいことこの上ないですね」
少女の背後に姿を現したのは一見して美少年と見間違うかのような細身で長身の少女。
いかにも剣士といった服装に身を包み、腰には一振りの剣が収められている。
その姿を見た真紅のドレスの少女は口に含んでいた眼球を吐き捨て踏みにじり、こう告げた。
「私をクランドール王国の姫、キャロルと知っての物言いですの?」
「ええ、一応は」
「分かっているなら剣士風情が私の遊びに口出ししないで頂戴」
「遊び……ですか。ではこちらの遊びにも少し付き合ってもらえませんか? キャロル姫」
そう言って剣の柄に手をかける。
キャロルはいかにも面倒臭そうな表情で女剣士を睨み付けている。
「あ~あ、そうやってすぐ剣を振り回す……これだから剣士って野蛮でキライなのよ」
そしておもむろに両手を上にかざした。
「『愚者人形の輪舞曲』!」
キャロルの指先から無数の黒い糸が伸びていき、村中の死体へと入り込んでいく。
やがて全ての死体が起きて動き出した。
「私が武器も持たない子供だと思って舐めてたでしょ! でもね、剣が扱える程度で『ジンガイ』の姫に勝てる可能性なんてこれっぽー―――――っちもありえないんだからっ!」
女剣士は顔色ひとつ変えず剣を抜き構えた。
「怖い? 怖いんでしょ? 恐怖でしょ? でもね、今更命乞いしたって許してやんないんだからね。死体に弄ばれて逝っちゃいなさいっ!」
老若男女、全ての死体が一斉に襲い掛かってきた。
その時、女剣士が剣に向かって語りかける。
「姉様……あの者達を屠るのに至適な姿を」
その言葉に答えるかのように通常の剣が、2つの大きな円月輪へと形を変えた。
「キャハハッ、そんな手品みたいな真似で40体もの死体人形から逃げられると思ってるの!?」
「さて、どうでしょうかね」
「イラつくわね……その上から態度。死体人形にバラされちゃいなさいよ!」
女剣士が死体人形に取り囲まれた。
「『先見の翡翠』」
女剣士がそう呟くと,
その瞳が翡翠色に輝く。
四方から襲い掛かる死体の群れ。
だが、死体の群れは女剣士に指一本触れることすら出来ない。
「アンタ達っ、そんな細っちい女1人に何グズグズやってんのよ!」
「……操者がマヌケという事ですね」
「〰〰〰アッタマきた! アンタも生きたまま人形になって村人と殺し合いなさいっ! 『愚者人形の輪舞曲』!」
まるで生きているかのように女剣士に襲いかかる黒い糸。
だが、キャロルが放った無数の黒い糸は紙一重で全てかわされてしまう。まるで全ての糸の動きが分かっているかのように……。
「どうして全部かわされるのよーっ!?」
女剣士が舞うたびに1体、また1体と死体人形が切断されていく。
女剣士は徐々にキャロルへと迫ってきた。
「ひぃっ……く、来るなぁぁぁっ!!」
一閃。円月輪が華麗な軌跡を描く。
血しぶきとともに空中に飛ぶキャロルの両腕。
間髪入れずに地面に仰向けに倒れこんだキャロルの腹部を踏みつける。
一瞬、なにが起きたのか理解できないキャロルは一転して恐怖に慄いていた。
「な……なによ、どうせこんな村の連中なんてたいして国の役に立ってないもの。少しくらい遊んだっていいじゃない……っ」
次は右脚の太ももから下が空中に飛んで転がり落ちる。
「ギャアァァァアァッ!!」
苦鳴をあげるキャロル。
女剣士はさらに左脚にチャクラムを近づけていく。
「わ、分かったから! もう村人で遊ばないから……ねっ、いい加減に許して……!」
女剣士はいったん動きを止めた。
「――……あなたに聞きたい事があります」
「な、なんでも話すわ! 知ってることなら何でも話すから!!」
「『憎悪のシェラ』という名前を知っていますか?」
「し、知らない。そんな名前、この辺じゃ聞いたことない!」
「『始まりの姫』というのは?」
「それも知らない……」
「そうですか」
「もう、ちゃんと答えたんだから見逃してよっ! ねぇってば!」
「……あなたが先ほど子供の死体からくり抜いていたのは右目でしたね」
「だったらなによ!? いい加減、足をどけなさいよっ!」
女剣士が円月輪に向かって語りかける。
「姉様……この者を屠るのに至適な姿を」
「や……止めっ」
2つの円月輪は一振りのレイピアへと姿を変えた。
「ちょっ! ヤダやめてよ! そんなの刺したら死んじゃ――……」
女剣士はそのレイピアを渾身の力でキャロルに突き立てた。
レイピアはキャロルの右目から後頭部までを貫き抜ける。
キャロルは全身を痙攣させたかと思うとやがて動かなくなり、絶命した。
「――……ここも空振りですか……でも、このまま『ジンガイ』の姫を狩り続けていけばいずれは……」
レイピアは最初の剣の姿に戻り鞘へと収められた。
そのまま女剣士はキャロルの死体を後にして村を去っていく。
* * *
村の出口では小柄な少女が女剣士を待っていた。
その身体には不釣合いなほど大きなリュックを背負ったツインテールの少女。
「おつかれですー! やっぱりネスト様は強いですっ」
「……結局、何も情報は得られなかったよ」
「じゃあ、また『ジンガイ』の姫が現れそうな場所を占ってあげます」
「ありがとう、チェイミー」
「どういたしまして。愛するネスト様の復讐の為ですもの……それに」
「それに?」
「ネスト様の『先見』に私の『予言』。未来の見える2人の姫が揃っていれば怖いもの無しですよ!」
「それに姉様もいるしな」
「ハイっ! そのとおりです。とにかく宿に戻ってお風呂に入りましょう! しっかりお背中お流ししますから。 さぁさぁ、血の匂いが染み付くと大変ですよ!」
そう言ってチェイミーはネストに抱きつき2人は宿へと戻っていった。
――――新しく現れた小さな歯車の存在。
……やがてそれは【名無しの姫】とも噛み合い、大きな運命の歯車を動かしていく。