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第14話「狐娘と怪鳥」 下

 ドオー―――――――ンッ!!


 いきなりの爆発音に街の人達が驚いた。


「お、おい……何だ今の音?」

「高台の方からじゃないのか?」


 ざわめく街の人々を掻き分け、【名無しの姫】は急いで爆発音のあった高台の上へと向かう。


(オイオイ……冴月のヤツ、住処まで潰す気じゃないだろうな)



  *  *  *



 その現場たる高台にある古びた洋館では。

 大広間の壁の一部はすでに冴月によって破壊され、薄暗かった内部に陽光が差し込んでいた。


「……!?」


 リタはその光の先に人影を見つけた。

 20代半ばほどの金髪の青年が椅子に座って静かに目を閉じている。


「あの……」

 

 リタは恐る恐る近寄り、青年に話しかける。

 いまだに他人に近づくのは怖いが、それ以上に聞きたいという強い想いがあったから。

 

 だが、リタの願いは叶わなかった。 

 リタが触れた途端に青年は床に崩れ落ちる。


「え? えぇええぇぇ!? しっかりして下さい! ねぇ!!」


 力いっぱい揺すってみるものの、青年は己の意志では動かない。揺すられるだけの重みが手に残る。

 恐る恐る胸に手を置けば、彼の心臓はすでに止まっていた。


「!?」

「おーいっ、大丈夫か!? リタっ」


 ようやく【名無しの姫】が到着した。

 リタに駆け寄り、床に横たわる青年に目を向ける。


「こいつは……」


 リタは目を閉じ無言で首を振る。

 【名無しの姫】は彼の死体に近づき、検分し。 


「角膜が完全に濁ってる……死後2日くらいか。外傷が無いところを見ると病死かな」

「そんな……」

「冴月は?」

「怪鳥を追って裏庭の方へ行きました」

「じゃあ、そっちは任せておいても大丈夫だな。私は他の部屋を調べてくるから、オマエはここにいな」


 大丈夫、ここは安全だから。


 言葉はなかったけれど、ぽん、と軽く頭に置かれた手がそう語っていたからリタは頷き、自分と変わらぬくらいの、けれどずっと強い背を見送った。




 そうしてその場に留まったリタは、死体を見つめてひとり呟いた。

 同じ偽装種族(マガイモノ)――造られた者としての疑問。

 

「……どうして……あのコを作ったんですか……」



  *  *  * 



 怪鳥は破壊された大広間の壁から飛び立ち、冴月の頭上を旋回して様子を伺っていた。


「オ姉ちャン……daれ? トもdaチ……どコniイるノ?」

「残念ですが、あなたに友達が出来る事などありませんわ」

「ナze……」

「今、私がここですり潰しますから。……『怒髪(どはつ)千手凱(せんじゅがい)』!」


 見る見るうちに冴月の黒髪から漆黒の巨大な腕が4本生み出されていく。


「昨日は人質のせいでみすみす逃してしまいましたが今日は別。つまり……」


 そう言って冴月はひと呼吸おいて身構え、こう言い放つ。


「テメェごときに負ける要素は皆無っ!」


 先手必勝。冴月が仕掛ける。  


「『餓紗髑髏(がしゃどくろ)四重葬(しじゅうそう)』!」


 放たれた4つの髑髏がそれぞれ別の軌跡を描いて怪鳥を追う。

 だが怪鳥は旋回や宙返りでそれらをかわしていく。


「『餓紗髑髏』は私の『気』。私の意のままに動く。逃がさねぇよ!」


 自在に飛び回る髑髏は徐々に怪鳥を追い込んでいく。

 そして捉えたと思ったその時、怪鳥が大きく翼を広げた。

 

 瞬間、無数の羽根が全てを覆い尽くす。


「くっ、視界が!」


 目標を失った髑髏は地面や洋館の近くに激突してしまう。


 窓ガラスが割れ、衝撃が洋館全体に走る。

 書斎の本棚から大量の本が【名無しの姫】に向かって落ちてきた。


「イテテ……ったく、冴月のヤツ何やってんだ。ちゃんと陽動しとけよ」


 その時、手元にあった1冊の本に目をやった。

 

「これは……」 


 そこにリタが駆けつけてくる。


「大丈夫ですか!? ナナさん!」


 名無しの姫→ナナ。


 名が無い以上仕方ないにしても、……『ナナ』。

 冴月は冴月なのに……と肩を落としつつも、文句の言いようもないと諦める【名無しの姫】だった。


「ああ……それよりコレを読めばあの鳥の正体が分かるかもよ」

「……日記?」


 【名無しの姫】が偶然手にしたのは古い研究日誌。

 表紙には人名が書かれている。


 『アリッサの日記より』


 2人は1枚1枚ゆっくりとページをめくっていった。 

 そこで見えてきたのは病弱な妹と兄の日常――。

 だが、読み進むごとに【名無しの姫】の表情は怒りへと変わっていった。


 そこに書かれていたのは、不治の病で死に行く妹の運命を異端の秘術をもって捻じ曲げようとした兄と、捻じ曲げられた結果生み出された異形の妹との生活。


「――……っざけんなっ! 生きてさえいればどんな姿だっていいっていうのかよ!? 人間じゃなくたっていいっていうのかよっ!! どうして……どうして人間のまま死なせてやれなかったんだ……!」


 【名無しの姫】は日記を床に叩きつけた。

 共にいるときには意図して抑えてくれているらしい(プレッシャー)が開放され、リタはその場にへたり込んでしまう。

 

 が、ある思いがリタの頭をよぎった。 

 ふらふらと立ち上がり、歩き出す。


「おいっリタっ! どこ行くんだ!?」

「アタシ……ちゃんとアリッサとお話ししたい!」


 リタはアリッサのところへ走り出していた。



  *  *  *



 洋館の外ではまだ冴月と怪鳥――アリッサの攻防が続いていた。

 アリッサはまだ状況が飲み込めず上空に留まっている。


「ドうsiて……いjiメるの? トもdaチ……どコ?」


 アリッサの羽根を振り払った冴月は間髪入れず次の攻撃に移る。

 黒髪が生み出す無数の漆黒の腕。

 そして、そこから生み出される無数の『気』の髑髏。


「次は逃げる隙間も与えねぇっ! 『餓紗髑髏(がしゃどくろ)千鶴乱舞(せんかくらんぶ)』!」  

 

 その時、洋館の3階窓にはリタの姿があった。

 リタは窓から屋根伝いにアリッサに近づく。


「アリッサー――――っ!!」

「!」


 無数の『気』の髑髏が放たれるのと同時にリタがアリッサの足に飛びついた。


「リタっ! このバカ、何やってるっ!!」

 

 時すでに遅し……無数の髑髏がリタとアリッサを襲い無数の閃光が包んでいく。

 そして、上空から落ちてくる黒ずんだ物体――。


「リター―――――――ッ!!」 


 冴月が急いで駆け寄っていく。


 ところどころ肉が大きく抉り取られた瀕死のアリッサが倒れている。

 側にはリタの姿があった。


「無事だったの、リタ!?」

「……アリッサが……友達が庇ってくれたから……」


 その言葉にアリッサが反応した。


「名マえ……呼ンdeクれた……初meてトもdaチ呼ばレタ……」

「……あ、アタシ……リタっていうの」 

「り……ta……」

「うん、友達になってくれる?」

「り……ta……トもda……チ……」


 アリッサはそのまま静かに目を閉じた。 

 


 * * *



 洋館の大広間に寄り添うように安置された兄と妹。

 その様子を目に涙を浮かべながら見つめているリタ。


「……アリッサは、お兄さんがいなくなったから寂しくなって外の世界に出たんです。……だから……だからアタシに……」  


 リタの言葉に【名無しの姫】と冴月はその表情に虚しさを滲ませた。


「……あの後分かったんだが、兄貴は『ジンガイ』を人間に戻す研究をやるつもりだったようだ」

「そうですの?」

「だが、その途中で病死した。もし……兄貴の研究が続いていたら妹は……」

「……たらればの話は遠慮いたしますわ。それに『ジンガイ』が人間に戻る難しさはあなたが一番分かっているはずですわよね」

「……そうだな。でも、私は必ず惚れた男と朽ち果てる」


 リタが庭に咲いていたピンクの花を摘んで兄妹の胸にそれぞれ飾った。

 自分と同じような色の花。

 ……あなたのトモダチはここにいるよ、と。



 そして3人は洋館を出て離れたところまで向かって足を止める。

  

「じゃあ、いいですわね」

「ああ、頼む」

「さようなら……アリッサ」


 冴月は無数の漆黒の腕で巨大な髑髏を作り出した。


「一瞬で天に還して差し上げます。『餓紗髑髏(がしゃどくろ)大輪花(たいりんか)』!!」

 

 巨大な髑髏が建物ごと兄妹を飲み込み轟音が街中に響く。

 後に残されたのは建物のわずかな残骸だけだった。


「さて、と。野次馬が来る前に退散するか」

「その方が得策ですわね」

「は、ハイ」


 高台の裏手からヴァムーレン街を抜けていく3人。

 その時、どこからとなくアリッサの声がリタの耳に届いてきた。

 おそらくは、リタだけに聞こえた言葉――。


「オ兄ちゃン、わ……タし初メてトもdaチがデキタ……よ。耳ト尻尾gaぴンクでカわイい子……。ほmeテ……よ……オ兄ちゃン……」


 振り返って洋館のあった場所を見つめるリタ。

 何かを振り切るように笑顔を作った。




『ずーっと友達だよ……アリッサ』

予定より時間がかかってしまいましたが、これにて怪鳥の章は終了です。

次回より新章に入ります。新しい姫も登場予定です。

引き続きご愛読のほどよろしくお願いします。

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