木村の悩み事
木村が歌い終わり中身の入っていない自分のコップを手にした。
まずいこのままでは鉢合わせしてしまう。ここは木村のプライドのためにも何とか見てなかった事にしなければ。
だが両手がふさがってる今すんなり自分の部屋のドアを開けることができない。
両手にコップを持ってあたふたしていると木村がドアの方を振り向く。案の定扉越しに透明な隙間から目が合ってしまった。
可哀想に木村はコップを持ったまま口を金魚のようにパクパクさせてフリーズしている。
「ああ、正信ここにいたのか」
そこにタイミングよく歌い終わった幸子こと白い化け物が戻ってこない俺を心配して外に出てきた。
当然木村の眼前には白い化け物も登場。可哀想に木村は瞬きまでパシャパシャし始めた。
なんとなくの流れで俺たち三人は俺と清一で借りていたちょっと広めの部屋に集まった。
従業員にも言われたし、木村に対しての説明もいろいろと面倒なので清一には衣装を脱いでもらった。最初は少し渋ったが従業員から言われたと言ったら渋々了承した。
ソファーには俺と清一が隣通しで座り、木村は反対のソファーに座っている。まるで木村の面接でも始まるかのようだ。
なんとなく気まずい雰囲気が部屋の中を包み込む。
木村はさっきから居心地が悪そうだ。あんな姿を見られ無理もないだろう。
気を使って俺が話を切り出す。
「その…。ノリノリだったな。俺木村があんなに明るい奴だとは知らなかったな。はは…。」
いやまてまて。そんなに木村としゃべったことはないが暗くはないことは知っているぞ。
何をいまさら言ってるんだ俺は。
木村は恥ずかしそうに顔を少し赤くしながら苦笑いをしている。
沈黙…。
いたたまれず何か必死に話題を探そうと頭をフル活用するが見つからない。
白々しく天気の話でもするか?最近会った大きな出来事でも聞くか?大きな出来事ってどう考えても今日の事だろ。
頭の中で自問自答を繰り返す。すると清一が静寂を切り裂いた。
「木村氏は一人でカラオケに来てたのかい?すごく大声で気持ちよさそうに歌っていたようだね。ここの部屋まで聞こえていたよ。」
清一が悪気の一切ない笑顔で言う。
確かに言われてみればこっちの部屋まで聞こえていた気がする。
こいつ、触れないようにしていた地雷を余裕で踏んで行きやがった。
俺は清一をあっけにとられた表情で見つめた後恐る恐る木村の顔を覗いた。
木村は大きく息を吐き出すと、腹をくくったのか顔を上げて苦笑いで俺たちを見つめた。
「恥ずかしいとこを古村には見せちまったな。」
確かに俺ならあんな姿を人に見られたらとてもじゃないが正気ではいられない。
俺は木村の強靭な精神力に敬意を表しぶんぶんと首を横に振った。
「実は最近嫌なことがあってむしゃくしゃして今日一人でカラオケに来てたんだ。」
「僕たちでよかったらその話聞くよ。これでも風紀委員相談科だからね。」
清一が優しげな顔で言う。
さっきまで奇妙な衣装を身にまとって歌っていた奴の言葉とは全く思えない。
清一が言った最後の「ね」の時は俺のほうを向いて言った。
俺に対して同意を求めているのだろう。まあ流れからいって仕方がない。俺は木村に向かってうなずいた。
すると木村が吹っ切れたように話し始めた。
「そうか、ありがとな。実はこの事は他の人には言ったことがないことだから絶対に秘密にしておいてくれよ。」
俺と清一が同時にうなずく。
「実は、俺学校に登校する時途中までなんだが毎日一緒に行っている奴がいるんだよ。そいつとは高校は違うが幼稚園から中学まで一緒で家も隣通しなんだ。中学までは登下校を一緒にしていたんだが高校でもずっと登校は一緒にしていたんだ。最近までは…。」
「そりゃそうだろ夏休みだから登校する必要が無いだろ」
俺はいたって当然のことを言った。
「いや、そうじゃないんだ。一緒に行かなくなったのは2か月前からでその時はまだ夏休みが始まってなかった。」
なるほどそういうことか。
「俺は不思議に思ってメールで聞いてみたんだ。どうして一緒に行かなくなったのか。すると返信メールはあんたには関係ないでしょ。の一言だけだったんだ。俺は違う日にもそれとなく聞いてみたりはしたんだが毎回はぐらかされてばかりなんだ。」
俺は疑問を口にした。
「ん?あんたには関係ないでしょ。ということは一緒に行っていた相手は女なのか。」
すると木村は少し恥ずかしげにしながら「ああ」と言った。
「つまり二人は付き合っていたということなのかい?」
清一が尋ねる。
だが木村は首を横にぶんぶん振り回し、身振り手振りで否定した。
「違う違う。あいつとはそんな関係じゃない。ただの腐れ縁で。付き合ってなんかない!誰があんな奴と付き合うかよ!顔がよくて頭がいいからってすぐ高飛車な態度をとるけど何だかんだいいとこもあるあんな奴と付き合うはずないだろ!」
否定はしているが耳まで真っ赤だ。
ははあ。こいつは面倒だな。どおりで登校を一緒にしなくなっただけで失恋ソングを頭を振りながら熱唱するわけだ。
さてこの純情ボーイを助けるにはどうしたものか。
落ち着きを取り戻したのか木村は話を再開した。
「そっけなくなったのは登校について聞いた時だけじゃないんだよ。全体的にメールや電話がそっけないというか、もともとそういう感じの奴なんだが最近は余計にそれがひどくて。あまりにも気になったから家が隣通しということもあって直接聞いてみようと思ったんだ。だからこの前あいつの家を直接訪ねたんだ。」
おお。案外グイグイ行くな。
いつの間にか清一も身を乗り出してワクワクしながら話を聞いている。
「だけど家の人に追い返されたんだよ。そいつ美香て言うんだけど。美香がしばらくは会いたくないって言ってるの。ごめんなさいね。と言われて…。」
「それで引き返したのか?」
すかさず俺が聞く。
するとうつむきながら木村が「ああ」と言った。
いつの間にかテレビの視聴者のようになっていた俺と清一は「何やってんだよ」とか「もっと行かなきゃダメだよ」など無責任なことばかり言う。
木村は俺たちのいちゃもんに少しむっとした表情をしたが話を続けた。
「もちろん俺だってそれだけで納得したわけじゃない。小学生の頃夜家を抜け出して一緒に遊んでたんだがその時に使った合図をやったんだよ。」
「へえ。どんな?」
「美香の部屋の窓に小石を軽く投げてぶつけるんだ。すると小学生の頃はそれを合図に美香が家の裏口から抜け出してこっそり夜遊んでたんだ。それを久しぶりにやったんだ。すると家から出てきたんだ…。美香の父親が。」
俺と清一は一瞬おお!となったがすぐ落胆した。
空気読めよ父親!
「美香の父親は手にバットを握りしめて玄関から出てきたんだ。すると次の瞬間バットを振り上げて全速力でこっちに向かって走ってくるんだよ。俺はもう何が何だか分からなくなってスリッパのまま全速力で逃げたんだ。」
俺と清一は目を丸くしてあっけにとられた。
ずいぶん急展開だな!
なんとなくだがやけくそになる気持ちもわかる気がした。