白銀のモンスター
結局カラオケボックスへは歩いて行くことになった。
原田さんは自慢のバイクに俺たちを乗せたかったらしく、がっかりしてバイクで帰っていった。
登場した時はライオンの雄たけびのように聞こえたバイクのエンジン音も乗り手の気持ちをわかっているのだろうか。心なしか弱ったウシガエルの鳴き声のように聞こえた。
太陽の容赦ない光とアスファルトの照り返しにより、住宅地を抜けただけで汗がにじみ出てくる。
俺だけ…。
俺の横を歩く清一は何事もないかのような涼しい顔をしている。
この男は体が熱を感知しないのか夏でも汗ひとつ出さない。
清一は夏休みが始まる日までブレザーで学校に登校していたほどで、決して俺が特別汗っかきというわけではないのだ。現にちらほらとすれ違う人たちは皆一様にタオルで汗を拭っている。
七夕市は人口12万人ほどの中規模な市。そんな市での夏場の娯楽といえば涼しい大型ショッピングセンターでのウインドウショッピングかカラオケ、市営のプールなどしかない。
現在市営のプールは夏休みと相まって人でごった返している。だが、プールも今年の猛暑のせいで温水と化しており、プールというよりもぬるめの露天風呂のようになってしまっている。
信号で止まっていると熱により反対側の歩道がゆがんで見える。
「しかし、今日も暑いね。アスファルトでステーキが焼けるじゃないかな?」
赤信号を見ながら汗ひとつかいてない顔でさらりと清一が言う。
お前を見てると本当に今の気温が暑いのかどうかわからなくなってくるよ。
しゃべりながら七夕市の中心地をしばらく歩くとカラオケボックスが見えてきた。
中に入ると最近はやりの音楽とともに冷房による冷たい風が心地よく体に染み渡る。汗もすっと引いていく。
受付へと進み手早く手続きを済ませた俺たちは受付の横にあるセルフサービスのドリンクを注いで指定された部屋へと向かった。
部屋はシックな雰囲気の部屋で。中央に長方形のテーブルが置いてありその両脇に大きな長いソファーが二つ備え付けてある。部屋の大きさは清一の要望によりなぜか少し広めの部屋をとった。
歩き疲れたのもあり、備え付けのソファーに座ってジュースを飲みながらしばらく休憩した。
「さて、そろそろ歌おうかな。」
そう言うと清一はソファーからすっと立ち上がりマイクを握りしめた。
「まてよ、まだ何の曲も入れてないぞ。」
俺たちは部屋に入って曲を入れる機械を一度も触っていない。
「ふふふ。まだ下準備が必要なんだよ。」
清一はニヤッと笑いそう言うとマイクに向かって「原田さーん」と言った。
すると部屋の扉がゆっくり開きやけに派手な布の塊を持った原田さんが中に入ってきた。
ライダースジャケットを着ているところを見ると帰ったと見せかけバイクで追いかけてきた事が分かった。
入ってくるなり原田さんは布の塊を「申し訳ありませんあの時渡すのを忘れていました。」と恭しく渡し一礼してそのまま部屋を出ていった。
「何だそれは?」
するといたっずらっ子のような表情をした清一が布の塊を広げて見せた。
全体の基調が銀色のそれは袖のようなものがあり、襟のようなものがある。
おそらく、おそらくだが服の形をしていた。
清一はすぐさまその服のようなものを服の上から、かぶるようにして着る。その姿はまるでモンスターだった。
「ふふ。すごいだろ?小〇幸子氏の衣装をまねて原田さんに作ってもらった特注品なんだよ。」
清一はかなり得意げな表情をしている。
自分の感覚が間違っていないと信じて言うのだが、普通の高校2年生がこの衣装を自慢されてもうらやましいとは微塵も思わないはずだ。
それを目の前の偽幸子は初めてワンピースを買ってもらった少女のようにくるくる回って俺に衣装を見せつけてくる。
「しかもこれだけじゃないんだよ。このひもを引っ張ると…。」
首のあたりから伸びている金色のひもを清一は引っ張った。するとバサッと背中のほうから大きな物体が両横に飛び出してきた。
それはどこからどう見ても白銀の翼だった。
それに対してなんとコメントするのが正しいのか、幸か不幸か一般人レベルの脳しかない俺は口を開けて黙って見るしかなかった。
ああこのために少し大きめの部屋を予約したんだな。
俺が感動して言葉を失ってると思ったのか清一は満足げな表情でうんうんとうなずき俺を見る。
「どうだいすごいだろう?銀を基調にしたこの衣装はハクチョウをイメージしてるんだ。それにこの翼パタパタと開いたり閉じたりすることもできるんだよ。これによって…。」
俺はどこからどう見ても悲しきモンスターにしか見えない男の話を耳からシャットアウトし、曲を入れて自分の歌を歌い始めた。