勘違いだ!
次にやるべき事が思いつかなくなった俺はなす術もなくとぼとぼと家へ引き返す。子供連れで賑わっている大きな公園の横を歩いているとふと木村の顔を思い出しなんとも言えない感情が押し寄せてくる。
力になると言っておきながら結局何も出来なかった。
「くそっ…。」
自然と口からこぼれでる。
「『くそっ』はこっちのセリフよ」
一応独り言のつもりだったんだが、予想だにしていなかった返答に思わずはっと後ろを振り返る。
と、そこには世界一有名なネズミの被り物をした人間が腰に手を当てて立っていた。
王国の主人が抜け出していいのか?
「全くこのクソ暑い中こんな被り物して七夕市を全力疾走しなくてはいけないなんて思ってもみなかったわ」
王国の主人こと杏子は被り物をして逃げていたようだが一体その被り物はどこで手に入れたんだ?まさか王国から拝借したのか…?
俺は恐ろしくて聞く事が出来なかった。
「それより何で正信一人なの?木村君は?」
成り行きを知らない杏子は当然の質問をする。確かに俺が今一人でいる状況は杏子にとって不思議な状況だろうすぐに理由を話すべきだが…。
「ここでは話せない。場所を移すぞ」
「え?どうして?」
俺はため息をついた。
「どうしてもこうしてもあるか!周りを見てみろ!」
杏子は辺りを見渡した。すると周りには沢山の子供達が目を輝かせながら杏子を見ている。
「わー!ママ!ミ○キーだよー!」
「ねーねー一緒に遊ぼうよ!」
「鬼ごっこしようよ!」
子供達が沢山いる公園に突然のミ○キー登場など、ピラニアの群れに生肉を入れるようなものだ。まあ当然の流れだろう。ちびっ子に大人気のミ○キーは目の前でもみくちゃにされている。
杏子の声はミ○キーとは明らかに違う。ここで下手に声を出せば子供達の夢を壊しかねない。それをわかっている杏子は被り物を被ったまま無言を貫いている。
なんだこのシュールな光景は…。
ミ○キーはもみくちゃにされながらもひたすら俺を見ている。どんなにもみくちゃにされようとも決して俺から目を離さない。
何やってんだ早く助けろ。そう言ってんだろうな。しかしどうする?無理やり子供を引き剥がすのは出来ればしたくないしここで被り物を外すわけにもいかない…。
だが思わぬ助け船が突然現れた。
「あー!ミ○ーだ!」
群がっていた一人の女の子がミ○キーのガールフレンドの名前を呼びながら指をさした。
そこには随分と長身でジーパンを履いたミ○ーが立っていた。ミ○ーは子供達に手を振り「やあ僕ミ○キー!皆んな遊ぼうよ」と言っている。
ミ○ーの正体は服装から清一に間違い無いだろう。清一は俺たちに親指をぐっと立てると子供達がギリギリ追いつかないスピードで逃げ始めた。
ナイスだ清一!だがお前までその被り物してるって事は王国は完全に主が不在じゃないのか?それとお前はミ○キーじゃないミ○ーだ!
そんな事を考えていると「古村さん!鳴海さん!こっちです!」と声が聞こえた。
声がした方を振り向くと黒いクラウンが止まっている。家倉八百屋で働く原田さんの愛車だ。
「杏子立てるか?」
俺はボロボロのミ○キーを立たせてほとんど抱きかかえる状態で原田さんの車に乗せた。
俺も滑り込むように後部座席に乗る。
原田さんが車のギアを変えて発信しようとする。
「原田さん待ってください!清一がまだ来てません!」
俺はシート越しに原田さんに言った。
だが原田さんはニヤッと笑う。
「大丈夫ですよ。坊ちゃんなら」
そう言うと原田さんは親指を後ろにぐっと向けた。
俺は後ろを振り向くと、草の茂みから茶色い馬に乗ったミ○ーが飛び出してきた。
確かあの馬はトイレットペーパー号!(消えた30人の野口さんを追え!に登場)
「と、いうわけです」
そう原田さんはニヤッとして言うと車をゆっくり発進させた。
「やあ皆んな今日は楽しかったよ!今度はデ○ズニー○ンドで僕と遊ぼうね!」
清一は馬を走らせながら高らかと言った。
子供達はヒーローを見るような目でそれを見ている。
道路交通法的に馬を走らせるのは大丈夫なのか、など疑問は尽きないのだが一言だけどうしても言いたい事がある。
俺は車の窓を開け、頭を出して後ろに向かって叫ぶ。
「お前はミ○ーだ!」