握ったこぶし
俺たちは窓から顔を出した女子生徒に連行される。目の前の女子生徒は太りすぎず痩せすぎずといった体型で言葉遣いや所作から「お母さん」という表現がしっくりくる。年齢はわからないがそういったわけで俺たちは自然と敬語を使って話していた。
「全く。二階の窓からあなたたちが見えたからいけないと思って追いかけたらトイレの方から声がするじゃない。まさかトイレに隠れたのと思ってトイレに入ってみるとトイレの外で寸劇が始まっててびっくりしたわよ。」
俺たちはどうやら女子トイレの裏にいたようだ。俺たちが入ってくるまでの一部始終をまさか見られているなんて…。
いやそれ以上にあの時の会話を聞かれていたことが何より恥ずかしかった。今の冷えた頭であの時の会話を思い出すと顔から火が出そうだ。弁解させてもらえるなら、あの時はあの時で割と真剣だったのだ。
一緒に連行されている木村もあの時の会話を思い出していたのだろう。顔を赤くしてとぼとぼとお母さん生徒の後ろをついていく。
俺たちは校門の外へと連れてこられた。
お母さん生徒はこっちに向き直り両腕を腰に当てる。そしてきっぱりとした口調で言った。
「あなたたち今日はもう帰りなさい。」
てっきりこのまま先生に告げ口されるという流れを予想していた俺たちは「え?」という表情をする。
「先生にこの事言わなくていいんですか?」
あまりにも予想外の展開だったので言わなくてもいいのについ俺は聞いてしまった。
するとお母さん生徒は「ふう」と息を吐き木村の方を見た。
「あなた木村真司君じゃない?」
「どうして俺の名前を知ってるんですか?」
突然見ず知らずの人間に名前を当てられ木村は驚き目を丸くした。
「私の事をまだ話してなかったわね。私の名前は山口葵。美香の一つ上の先輩よ。木村君の事は美香から直接聞いていたの。」
木村は美香という言葉に食いつき興奮した様子だ。
「美香は、あいつは今どこにいるんですか!」
葵は首を振る。
「それをあなたには言えないわ…。」
「どうして?」
だが葵は悲しげに首を振った。
「それも言えないの。」
葵の態度からどんなに言葉を重ねても教えることは出来ないという意志が伝わってきた。木村は悲痛な表情を浮かべ下を向く。
「とにかく、今日のところはもう帰って。それが美香を助ける為でもあるの。」
そう言い残すと葵は悲しげな表情のまま校舎へと戻って行った。
必死の思いでここまで来たのに何の情報も得られないまま追い返された。隣でうつむいている木村に俺は気安く慰めの言葉もかけることが出来なかった。
木村が顔を上げる。その表情には半ば諦めの色が見える。
「古村。悪いが一人にさせてくれないか?」
俺はこくりとうなずき「ああ」と言う。
木村は力なく笑い「ありがとう」と言うと花が綺麗に咲き誇っている河川敷に沿って歩いて行った。
俺はうつむきこぶしを固く握り締め眉間に皺を寄せた。木村に対して何もしてやれない自分自身に対して無性に腹が立った。