俺たちの冒険はこれからだ!
まあ清一と杏子には悪いが二人のファインプレーにより校舎の中へ入る事が出来そうだ。俺たちは校内に入るため歩みを進めた。ところが何かに気がついたのか木村が途中で立ち止まり俺を呼び止めた。
「なあ、古村。あそこに人がいるんだが。」
木村は前方を指差す。
集団の波に乗り遅れたのか門の隅に、チェックのシャツにジーパンを履いた男が校舎の方を向いて立っていた。
俺たちの眼前に立っている事もあり、素通りするのも妙かと思ったので声をかけることにした。
木村が男の後ろから声をかける。
「あのーすみませんどうかされました?」
男は肩をびくりとさせこちらを振り返った。メガネをかけ目元まで伸びた髪。明らかに冴えない風貌だ。男は幼い顔立ちをしているが俺たちとそう変わらない年齢だろう。
「い、石原美香さんを見に来たんだけど僕走るのが苦手で取り残されたんだ。」
見ず知らずの人間に話しかけられて驚いているのかそもそも会話が苦手なのか男は俺たちに目を合わせずオドオドした調子で言った。
なるほどだから取り残されたんだな。だがふと思う、男集団は勘違いして石原美香ではない杏子を追いかけたのだ。それを考えるとこの男はラッキーだ。
すると、一秒でも早く帰りたそうにしていた男は「じゃあ僕はこれで。」と頭を下げて言うとそそくさと帰っていった。
立ち去る男の背を見ていると木村がしげしげと俺の顔を見て言った。
「古村、初対面の人に怖がられるだろ?」
「やっぱり俺のせいか?」
確かに俺はそんなに優しそうな人相はしていない。例えるなら某ダンスボーカルグループにいそうなワイルド系だ。今の光景も何も知らない第三者目線で見ればカツアゲをしているヤンキーにでも見えただろう。
さっきの男のようなちょっと内気なタイプからは確かに初対面では怖がられる。俺の心は優しいはずなんだが。多分…。
俺が若干落ち込んでいると気を使ったのか木村が慌ててフォローする。
「い、いや、俺は古村が優しい事は知ってるぞ。今日だってここまで来てくれたじゃないか。」
俺は弱ったような笑顔を返し言う。
「ああ、ありがとう。」
「よし、気を取り直して行くか。」
「そうだな。」
暗くなりそうな話題を変えようと木村がそう言うと門へと歩き始めた。いつまでも落ち込んでられないので俺も木村の後ろに着いて歩き始めた。
校内に入ると大きな庭が俺たちを出迎えた。綺麗に切りそろえられた芝が敷いてあり、真ん中には巨大な噴水がある。芝を縁取るように花のアーチがずらりと並ぶ。まるでおとぎの国にでも迷い込んだかのようだ。
その美しさに木村と一緒に思わず「おお」と感嘆の声を上げる。一度は失望しかけた女子高に対する幻想が自然とよみがえってきた。
だが感心してばかりもいられない。俺たちは本来の目的を達成するため誰も通りそうにない校舎の隅にこそこそとしゃがみこみ隠れた。
ここは女子高、そもそも俺たちのような年齢の男が校内に入ることが許されているわけがない。もともとの作戦は親戚の杏子が中に入り石原を門の外まで連れてくるというものだったのだが杏子が離脱した今、作戦を急遽変更せざるをえなくなった。幸い今は夏休み期間中で先生も生徒も少人数しか来ていないはずだ。
俺たちは隅で縮こまりこそこそと作戦会議を始めた。
「なあ古村。星空学園の校舎の中がどうなってるかわかるか?」
俺は首を傾げた。
「さあ?正直星空学園の中に入ったのは今が初めてだ。だから今が滞在時間最長記録だ。」
「そうか…。まあ当たり前の話なんだが俺も初めてだ。当然美香が部活をしてるであろう音楽室の場所も分からない。」
「ちょっと待て。もしかしてだが俺たちすでに詰んでるんじゃないか?」
まさか杏子が途中で離脱するとは思っていなかったので当然星空学園の地図なんか持ってきていない。何とか校舎の中に入ることができたと思ったら早々にチェックメイトされそうになっている。
くそっ!無作為に校舎の中を動いていたら絶対誰かに見つかってしまう。そうなれば俺たちが通う七夕高校に話が行き、それなりの処分を俺たちは下されるに違いない。
そんなことを考えていると木村が意を決したような顔で俺を見て言い始めた。
「古村、お前はここで帰れ。」
俺は急な発言に驚き戸惑った。木村は続ける。
「俺は今から一人で校舎の中を隠れながら散策する。」
「何言ってんだ。そんなことしてたらいずれ生徒か先生に見つかってお前は」
木村はフッと笑い俺が言い終わる前に言葉を続けた。
「ああ、わかってる。良くても停学、最悪の場合は退学の可能性だってあるだろうな。」
「じゃあなんで!」
「お前を巻き込みたくないんだよ!」
自然と声が大きくなる。木村は両手で俺の肩を持ち必死の形相で訴えかける。
「いいか古村。お前や家倉、鳴海は俺に対してここまでしてくれた。そんな奴が俺と一緒になって退学にでもなって見ろ。俺は一生悔やみ続けなくちゃならねえ。」
俺は黙り込む。木村がすっと立ち上がり俺に背を向ける。
「ここから先は俺の戦いだ。俺一人で戦わなくちゃいけないんだよ。」
そう言った木村の背中は覚悟を決めた男の背中だった。いや、漢の背中だった。
全く、泣かせるじゃねーか。
俺はフッと笑い立ち上がる。そして漢の背中に語り掛けた。
「お前の覚悟はわかった。だが俺もそれなりの覚悟をしてきたんだぜ。」
俺は木村の肩に手を回し横に並ぶ。
「水くせーじゃねーか。せっかくここまで来たんだ。地獄まで付き合うぜ。」
木村が俺を見たあと前方を見てニヤッと笑う。
「全く、こんなところにも俺と同じバカがいるとはな。どうなっても知らねーぞ。」
「望むところだ。」
俺たちは顔を見合わせ大声で笑った。
「さあ行くか!」
「おう!」
ところが俺たちが隠れていた場所にちょうど取り付けてあった窓ががらがらっと音を立てて開く。
「行かなくていいのよ。」
俺たちは前に進もうとしていた足を緊急停止させゆっくりと声がした方を振り返った。星空学園の制服を着た生徒が窓から顔を出し呆れた顔でこちらを見ている。
俺と木村は再度顔を見合わせる。
どうやら俺たちの冒険はここで幕を閉じたらしい。