いったい何なのよーーーー!
翌日。
今日も昨日と同じく雲一つない快晴で町行く人々は半袖半ズボンで活動している。
予定の時刻、星空学園の前に俺たち4人は集まった。前日の夜に木村と清一に説明していたので杏子が集合場所に来ても驚く事は無かった。
俺は星空学園の校舎を眺める。白を基調とした校舎でアクセントとして所々ピンクが使われている。
星空学園は七夕市唯一の女子高。頭のレベルはそこそこ上で去年は東京にある某日本一大学に合格した者を輩出したほどだ。流石女子高、俺たちが通う共学の七夕高校とは違い校舎が醸し出すオーラもなんだかふんわりしている。校舎の壁からいい匂いでもするんじゃないかとありもしない想像をする。
感心したように校舎を眺めていた俺を見て杏子が腕を組んだままふんっと鼻を鳴らし言う。
「外観に惑わされないでよね。女の正体なんて案外ドロドロしてるものよ。ましてやそんな女の集まりの女子高なんて考えただけでもゾッとするわ。」
俺は杏子を見て思う。
いや、お前も女だろ。
「夢を壊すような事言うなよ。男は皆女子高に対してそれなりの夢を抱いてるんだから。」
なぜか杏子は頬を膨らませぷりぷりと怒っている。
俺は首を傾げた。
なんでだ?今朝DVDは返したぞ?俺の頭の中では疑問符が大量生産されて行く。
清一が後ろから声をかける。
「しかし参ったね。まさかこんな状況になってるとは。」
俺たちは星空学園の正門前に出来た人混みを呆然と見つめた。
構図としては星空学園の中に入ろうとしている年齢も様々な男集団とそれを阻止するように立ちはだかる女子生徒といった状況だ。とてもじゃないがこれじゃ中に入る事など出来たもんじゃない。まるでヤクザの抗争のような状態だ。
「石原美香を一目でいいから見せてくれ!」「今校舎の中にいるんだろ!」
男集団は少し前に発行された雑誌を持っている。それは七夕市のローカルな雑誌でその時の特集は「街中で出会った美女」というもの、七夕市を歩いている美女をインタビュアーが見つけ取材をするというものなのだがその時たまたま石原美香がインタビューを受けそれが記事にされたらしいのだ。
なぜそんなことを知っているのかというと男集団が手に持っている雑誌が気になった俺が疑問を口にしたところ、木村が教えてくれた。木村はそのことを以前石原に教えてもらったらしい。
その雑誌には写真も掲載されそれを見た人がぜひ直接見たいと思い集まっているのが、今目の前で繰り広げられている光景だろう。
女子生徒も道を塞ぎ言葉による反撃をする。
「あんたたちなんかに美香を合わせるはずがないでしょ!」「帰りなさいよ!」
口論は激化の一途をたどりいよいよ放送禁止用語を使った戦いへと変わっていった。女子生徒はライオンのような表情をして吠える。俺の中で何かが壊れる音がした。
杏子が得意げに言う。
「ほら見なさい。これがあんたたち男が幻想を抱く女子高の姿よ。」
俺は膝をつき頭をがっくりと落とす。おしとやかなお嬢様集団をイメージしていた俺は目的も忘れすでに帰りたい気分だ。
失望の中ダークサイドに落ちようとしていると、清一がキョロキョロ辺りを見回して言った。
「ん?木村氏の姿が見えないよ。」
杏子が振り返る。
「言われてみれば確かにいないわね。」
さっきまで俺の横にいたはずなんだが。俺たちは辺りを見渡す。すると清一があっ!と声を上げ指をさした。
俺と杏子は指をさされた方を向くと、校内に入ろうとする男集団に紛れて一緒に大声を出している木村の姿が見えた。
俺たち3人は思わずがっくりと肩を落としため息をついた。
杏子が言う。
「はあ…。一旦木村君を回収してその後どうするか作戦を練り直しましょ。」
「そうだな…。清一、回収に行くぞ。」
俺と清一は集団の中でも目立つ坊主頭の回収へと向かった。
清一と二人で人混みをかき分け進む。やっとの思いで木村の所へと来ることが出来た俺は木村の肩を掴んだ。それに気が付いた木村が俺のほうを振り返りハッとした表情を浮かべる。
「おい木村。このままじゃ中には入れない。一旦引き返すぞ。」
我に帰った 木村は申し訳なさそうな顔をした。
「悪かった。つい我を忘れて飛び込んでいた。」
「まあいいさ。それぐらいの気持ちでなきゃ俺たちも助けがいがないからな。」
俺は気を使って笑いながら言う。
すると清一が俺の肩を叩いた。
「正信。様子がおかしい。あんなに騒いでた男性集団がみんな鳴海氏の方を向いている。」
確かに先ほどまで蝉の鳴き声に負けないほどの声が響き渡っていたにも関わらず今は水を打ったように静まり帰っている。
男達が皆一様に後方にいる杏子の方を見ているのだ。さらに、「そこにいるのはもしかして石原美香じゃないか?」「やっぱり実物は美人だな。」「髪型はロングにしたんだ。」など杏子を石原と勘違いしたような発言をこそこそとしている。
杏子も異変に気がついたのか後方から不安げに男集団を見返している。
「な…。なんなの?」
それだけじゃない。門を守護していた女子集団は高身長で頭一つ飛びぬけている清一をひそひそ話をしながら見ている。清一がそれに気がついた。
「…正信。僕は嫌な予感がするんだが。」
ああ、これはおそらくあれだな。
長いこと清一と一緒にいたせいでこの現象は何なのかすぐに察しがついた。女子生徒の目がハートマークになっているのが俺には分かる。
男集団がゆっくりと杏子の方へ近づいていく。杏子は焦った表情でじりじりと後ずさりする。女子生徒のほうもゆっくり清一に近づいてくる。集団全体が正門の反対方向にスライドする。
俺は清一に目で合図をした。清一はそれを見てこくりと頷く。
危険を察知した俺は杏子の方を向きあらん限りの声で叫んだ。
「逃げろーーーーーーーーー!」
その声に反応したかのようにすべての集団が一斉にそれぞれの目当てに向かって走り出す。
清一は慣れていることもあり男集団の人混みをするすると抜けどこかへ消えてしまった。それを女子生徒が目をハートマークにして追いかける。
「いったい何なのよーーーーーーーーーーーー!」
杏子も猛スピードで追いかけてくる男集団から逃げるため悲鳴を上げながらどこかへ消えていった。
追いかける側は男も女も「待ってーー!」と叫んでいる。
先ほどの騒々しさが嘘のように静まり帰る。聞こえるのは蝉の鳴き声だけだ。門の前に俺と木村だけが取り残されている。
木村が皆が消えていったほうを見て呟いた。
「俺、顔がよかったらいいことばかりだと思ってた…。」
俺は悟りの境地にいるような顔で言う。
「そうだな…。」