やべえ忘れてた!
俺のために買って来てくれた電動の蚊取り線香が働き者のおかげで今夜は蚊に苦しまれずにすみそうだ。
俺は快眠の救世主を満足げに見た後ベッドに潜り込む。
時刻は夜の11時。明日朝起きなくてはいけないので早めに寝ることにした。
目を閉じて数分。今日の出来事で疲れていたのかすぐに眠気がやってきた。心地よい眠気に身を任せようとしている時、急にスマホの着信音が鳴り始める。
誰だこんな時間に。
わざととらずに相手が諦めるのを待ったが一向に鳴り止まない。俺は仕方なくベッドからのそりと出て机へと向かった。
この時誰からの着信か見ればよかったのに俺は寝ぼけていてそれをしなかった。すればよかったのに…。
若干の寝起きなので声がかすれた。
「はい…。もしもし。」
『はいもしもし。じゃないんだけど。』
その声を聞いた瞬間眠気が完全に吹き飛んだ。声の主は我らが七夕高校美貌の生徒会長、鳴海杏子だ。俺はとっさにテレビの上に置きっぱなしにしていたDVDを見て血の気が引く。
まずい、借りてたDVDを今日返す約束だった。
「悪い!今日は色々あって杏子の所に行けなかったんだ。」
色々言い訳するよりもここはストレートに謝罪したほうがいいと経験上知っていた俺はひとまず謝った。目の前に相手はいないが日本人らしく頭はペコペコと下げている。
杏子は電話越しに大きくため息をつく。
『あんたがいつ来るのか私に連絡しないから結局一日中家にいなくちゃいけなかったじゃないの』
そんなハチ公みたいに律儀に家で待ってなくても…。
思ったがそんな事は流石に言えない。
『それで?』
「…それで?」
『色々って何があったのよ。』
そんな事まで報告の義務があるのかよ。
俺は頭を抱えた。木村にはカラオケボックスで話したことは秘密にしておいてくれと言われたし、蚊と戦った出来事まで言うか悩んだ。だが嘘をついたところで逆効果だと思い仕方なくありのままを言う事にした。
「実は…。」
蚊のくだりが話し終わると案の定杏子が電話越しにケラケラと笑う。笑いすぎて今や過呼吸のようになっている。
「そんなに笑わなくてもいいだろ。」
そこまで笑われると流石の俺もムッとした。
『はあ…。はあ…。ごめんごめん。もう笑わないから。』
「笑いながらそのセリフを言っても説得力ないんだが。」
『わかったわかった。本当に笑わない!』
きっと電話が終わったら思い出し笑いでもするんだろ。だが、これ以上引っ張ると話が進まないのでカラオケでの話をする事にした。もちろん清一、木村の奇行は言わずに説明した。
『なるほどね。そんな事があったんだ。』
話し終わると一応納得してくれたのか杏子はDVDを持ってくるのを忘れた事を咎めることはしなかった。
それどころか予想だにしない言葉が返ってきた。
『その美香って子、もしかして石原美香じゃない?』
木村の話だと確か苗字は石原だったはず。俺は驚いて杏子に聞いた。
「何で知ってるんだ?」
『何でも何も石原美香は私の従兄弟よ。』
杏子は事もなげに言う。
何と!こんな所に鍵が転がっているとは!
「じゃあどうして木村と連絡を取らないのか聞いてくれよ。」
『それは無理ね。』
「どうして?」
『個人的な連絡先を知らないもの』
俺は落胆した。それならと次の考えを言う。
「じゃあ叔父さん叔母さんにどうして連絡を取らないのか聞くのはどうだ?」
すると当然の答えが返ってきた。
『叔父さん叔母さんは美香の親よ。自分の子供が異性と連絡を取ってないらしいけどどうかしたのか何て聞けるわけないでしょ?』
杏子は呆れ口調で言う。
まあ言われてみればその通りだな。
『それに叔父さんがバットを持って木村君を追いかけたらしいじゃない。叔父さんは普段優しい人よ。あんたたちが思った通り叔父さんがバットを持って追いかけるほどの事が美香の身に起きたと考えるなら、私が聞いてすんなり連絡先を教えたり事情を説明してくれるとも思えないわ。』
「そうか…。」
やはり石原美香に直接会うしかないか。
『で?明日は何時に星空学園に集合するの?』
「は?」
俺は質問の意図がわからず言った。
『は?じゃないわよ。最近疎遠になってるとはいえ従兄弟に何かあったかも知れないのよ。あんたがDVDを持って来るまで家でじっとなんてしてられないわよ。』
いや、別に外に出てもいいんだぞ。
まあ杏子にとっては従兄弟だ。心配するのも無理はない。木村には杏子と石原の関係を言ったうえでメールで事情を説明すればわかってくれるだろ。一応杏子が来ることは清一にも報告しておくか。
独断ではあるが俺は杏子が来る事を了承した。
そんなこんなで杏子との通話を終えた俺はようやく念願叶いベッドの中で寝る事を許された。




