天才と凡才の話
ある所に、A君とB君という中学生の子がいました。
A君は天才で、B君は凡才。
だけど、A君は努力をまったくしない人で、B君は努力家だったから、何事においてもB君はA君を上回っていました。
いくら天才でも、少しは努力をしないとその能力を発揮することはできないのです。
A君は何でもできるB君を尊敬していましたし、B君もA君の自分には考えられないような発想や行動には一目置いていました。
正反対の二人でしたが、お互いにお互いのことを評価している上に、不思議と気は合うので、とても仲の良い友達でした。
しかしある日、仲の良かった二人の間に亀裂が入りました。
学校の定期試験でA君がB君より良い点数を取ったのです。
二人の今までの定期試験での平均点は、30点以上もB君が勝っているにもかかわらず。
いつも勉強を教えてあげたり、宿題を手伝ってあげたりしていた立場のB君は信じられず、A君にどういうことか、何があったのかと聞いてみると、A君はあっさりと『普段はしない試験勉強をしてみた』と言いました。
その言葉に、B君は強い衝撃を受けました。
B君はA君の頭が良いのは分かっていましたが、自分より圧倒的に少ない努力で、今まで自分が積み重ねてきた物をあっさりと抜き去ってしまうとは思っていなかったのです。
努力は裏切らない、努力は才能を凌駕すると信じていたB君は、大きな衝撃を受けると共に、A君に対する嫉妬を感じました。
けれども、一度の成績アップでは偶然、もしかしたらカンニングかもしれないと思い直し、周囲も同様の感想を持っていたので、決定的に二人の関係を変えるまでには至りませんでした。しかし間違いなく、この出来事はB君の心に黒い物を植え付けました。
おそらくこの結果が一度きりで、A君が勉強に飽きていれば、同様のことを繰り返さなければ、二人の関係は変わらず、仲の良い友達のままだったでしょう。
しかしA君はこの定期試験で、テストで良い結果を残す、人の上に立って称えられる喜びを覚えてしまったのです。
『自分がやりたいようにやる、周囲の評価なんて気にしない、みんなと楽しめればいい』
A君が以前持っていたそんな価値観は、一気に変わります。
将来を心配していた周囲も、この状態を維持しようと、A君を持ち上げます。その状況も、B君にとってはあまり面白いものではありませんでした。
ただ皮肉なことに、自分の反応を隠そうと、過剰に持ち上げてしまった親友であるB君の反応も、A君の心変わりの原因の一つでした。
それからA君は変わりました。面倒くさがりながらも、少しずつ努力というものをするようになったのです。
対照的にB君は、A君に負けた試験の結果を引きずり、少しばかり努力を怠るようになりました。それでは、凡才でしかないB君の成績は当然落ちてしまいます。
次の定期試験の結果は当然、A君の圧勝でした。
二度連続で成績を上げたことで、周囲のA君に対する見方は変わり、それと同時に二人に対する見方も変わりました。
周囲からはB君は優等生、A君は劣等生という扱いを受けていたので、B君はある種の優越感のようなものを感じていたのです。
その評価が逆転して、自分が劣等生と見られることが、B君には耐えられませんでした。
その為、自分の立場を以前のように戻すために、A君の立場を悪くしようとA君を貶めるような噂を流すようになります。
あいつは不正行為で点を取っている、普段からいじめられていた、裏で悪いことばかりしている。
優等生であったB君の発言なので、最初は信じる人もいました。あまり友達が多くなかったA君は悪い評判もあって孤立し、B君のA君を貶める作戦は成功しました。
B君に誤算だったのは、まさか悪い噂の発信源がB君だとは思わないA君は、今まで通りB君と仲良くしようとしたことです。
あまり馴れ馴れしくされると、嘘ばかりを重ねた噂と辻褄が合わなくなってしまうかもしれない、そう考えたB君は、A君に対して刺々しい態度を取るようになりました。そうすることで、自分からA君を遠ざけようとしたのです。
しかしこれがB君の失敗でした。
いつも二人でいるときにとっていた大きい態度でA君に接してしまったために、B君が流した噂に対して疑いの目が向けられるようになってしまったのです。
次の定期試験でも、二人の成績の差は変わりません。
良くも悪くも空気が読めず、友達も少ないA君は、いくら冷たい態度を取られてもB君に近づこうとします。
一緒に帰ろう、休日に遊びに行こう、昼ご飯食べよう……。この辺りなら、まだB君も耐えることができました。
けれども、勉強を教えて、宿題を見せて等といった、勉強に関する状況的に皮肉としか思えない言葉には、B君は耐えることができません。
ある時、ストレスを溜めこんだB君はついにA君を『うるさい』と怒鳴りつけ、殴ってしまいます。
親友だと思っていた相手から突然殴られてしまったA君は思わず泣き出してしまいます。悪気がなかったので、B君が何に対して怒っているのかが分からないから、何が起こったのかが理解できなかったのです。
突然の出来事に教室は騒然、さらに追い打ちをかけようとするB君は取り押さえられますが、暴れてクラスメイトの女子を一人殴ってしまいます。
この出来事が、二人の関係に決定的な亀裂を入れました。
そしてB君のA君に対する噂が、あくまで作り話の陰口でしかないという認識を、周囲に植え付けてしましました。
目撃者の証言もあり、B君は停学に。精神的にショックを受けたA君は数日間学校を休みましたが、周囲の助けもあり、無事に学校に復帰し、同情されて優しく接してくれるようになったことがきっかけでクラスメイトとも仲良くなりました。
停学が明けても、周囲から白い目で見られることに耐えられなくなったB君は、学校へほとんど行かなくなります。
高校からのやり直しを図りますが、しばらく勉強をサボってしまったので学力が落ち、それでも学校での成績が上位でなければ嫌だという思いからレベルの低い高校へ→周囲に染まり、ますます勉強ができなくなるという悪循環にはまり、高校を卒業するころには大学に進学するとしても、ろくな大学へ行けないという状態になってしまいます。
A君はB君との出来事がきっかけで努力に対する意欲が落ち、成績もだいぶ下がってしまいましたが、持ち前の頭の良さを発揮し、それなりの高校、大学へ進学しました。
二人が再開したのは大学生になってから。
レベルは違うものの立地は近い大学へ進学した二人は、大学から近い飲食店で隣の席に座ったのです。
先に気がついたB君はA君のことを無視しますが、B君の存在に気づいたA君は確認もせずに開口一番にこう言います、『ごめんね』と。
A君はB君に殴られた時の出来事が頭から離れずに、なぜ殴られたのかをずっと考えていたのです。そして最近になり、ようやくB君の気持ちに気づくことができ、B君に謝ったのです、B君の気持ちを考えない、酷いことを言ってごめんねと。
B君は驚きましたが、少し考えてから『僕の方こそごめんね』と謝り返します。
中学生の時とは違い、B君も大人になりました。そして自分がいかに酷いことをしていたのか、A君の気持ちを理解していなかったのか、認めたくなくても心では分かっていたのです。
元々気が合い、仲の良かった二人です。
お互いの気持ちを理解して仲直りをしたら、元の友達に戻ります。
今までの空白期間を埋めるように、二人は話します。
離れている間の出来事を、昔の思い出を、これからのことを。
最後には連絡先を教え合い、次に会う日を決めて、二人は別れます。
別れた時には、二人とも心の中に留まり続けていたモヤモヤがなくなり、とても晴れやかな気分になっていました。