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春野くんと小川さん

作者: 十衡一

「あ! はーるのくん、どっこいっくのっ」


「え? ああ、なんだ。小川さんか」


「リアクションうっすいねぇ。で、どこ行くの?」


「ん。図書館だけど。何か問題ある」


「いやいや滅相もない。夏休みだってのに寂しいねー」


「いつも行ってるわけじゃないさ。宿題の調べ物だよ。ネットを見るよりこっちのが確実だし。というか小川さんは宿題……ああ、大体察したからいい」


「てへっ」


「成る程、可愛い仕草も実際に見るとあざとくて引くようだ。ありがとう、参考になったよ」


「酷い!?」


「大丈夫、冗談さ。ちなみに僕は嘘つきだ」


「その追加情報いらないから!? 私は傷ついた、傷ついたよ春野くんっ」


「はいはい、予想通りの反応をどうも。それで、あの……小川さん?」


「ん? なに?」


「一緒に来る? ……その、図書館」


「……うんっ」





「あ、騒がないでね小川さん」


「うっ、開口一番に言われるのはダメージ大きい」


「それじゃあ行こうか」


「軽く流された!」


「はいはい、図書館では静かにね」


「断る。残念ながら春野くん、私は三秒以上黙っていると──」


「ここ空いてるね、荷物置こう」


「今度は無視っ!? 春野くんの鬼畜っ」


「うん、ありがとう」


「世界一嫌な感謝の仕方された!」


「こら、図書館では静かに」


「うわーん、納得いかないよー」


「元気だなあ小川さんは」


「それだけが取り柄ですからっ」


「変わり身早っ。今までのテンションは演技だったの?」


「ん? いや、素だけど」


「ああ、つまり情緒不安定なのね……」


「待って、哀れむような瞳やめて。私春野くんにだけはそんな目で見られたくないの……」


「…………はあ」


「更に目力が上がった……だと……? 私哀れまれてる……過去最大級に哀れまれてるよ……!」


「君完全に面白がってるよね。って、宿題が始まらないから。座って座って」


「オーケーオーケー、ちなみに私はオーケストラとか好きです」


「別に聞いてないからね。まあ宿題の主旨には微妙に合ってるかもだけど」


「はれ? そうなん?」


「何故に方言。ま、そうだね。音楽家の生涯と、その作品の傾向について、双方の関係性を考察しなさい、みたいな感じかな。ちなみに僕の担当はバッハ」


「ああ、あの素晴らしい髪型の」


「うん、多分七割くらいの人がバッハに抱いてるイメージとしては間違っちゃいないだろうけど、そういう言い方はやめようか」


「えー」


「えー、じゃないの。本当に自由だね小川さんは」


「ふっふっふ、リバティかフリーダムなら間違いなくフリーダムを選ぶ、それが私なのだよ春野くん」


「小川さん、制限なき自由は自由とは呼ばないよ。それは混沌と呼ぶんだ。リバティなくして自由は語れない。制限のある状態を経てこそ僕らは自由というものの価値を知るんだ。人が自由を知りたいならば、その真逆の状態も経験しなければいけない。そもそもリバティとフリーダムの違いは──」


「ごめん、春野くん、ごめん。私が悪かった。ごめんなさい。だから落ち着いて。うんちく語らないで」


「おっと。ごめんごめん」


「春野くんってうんちく語るの好きだよねー。ほんと、誰に似ちゃったのかしら。物静かな子だったのに、時の流れって怖いわあ」


「僕ら今年にクラス替えで知り合ったばかりだよね? なんでそんな昔から一緒みたいになってるのさ」


「記憶レベルではそうでしょう。しかし魂レベルで私たちは幼なじみなのですよ、春野くん」


「そうだね、意味分からないね。……ま、うんちくというか色々語るのは好きかなあ。自分の知識や理論を展開して相手の意見を打ち負かすのが気持ち良くてね、あの悔しそうな表情が堪らない」


「え、ちょ、春野くん?」


「ああ、申し訳ないね、つい本音が」


「……もしかして春野くんが真面目なのって、口論で相手を負かすため?」


「大方正解。雑学を駆使して論破しつつ普段の態度に文句をつけられないようにすれば、相手は反論の余地を失うから」


「鬼畜だ! 春野くん鬼畜外道だ!」


「いやはやどうもありがとう」


「私、春野くんが急に怖く見えてきたよ……」


「ん? じゃあ帰る?」


「……いや、私が春野くんを更正させてみせるよっ。とりあえずまずはそのための本を探してきます!」


「っと、行っちゃった。落ち着きないな、小川さんは。……多分一時間もしたら目的忘れてるだろうけど。まあいいや、僕も行くか」





「……さて、小川さん。これは何かな?」


「見てみて春野くん、フランダース! こっちにはハイジもあるよ、懐かしくない? すごーい! やばーい!」


「目的を見失うのに十分とかからなかったね。新記録だね」


「目的……? …………はっ!」


「……素で忘れてたのか。小川さんの脳の忘却構造は実に興味深いね。解明出来れば医療とかに役立ちそうだ」


「うく、悔しい……と、ところで春野くんは何を借りて……『バッハ──音楽の父──』『バッハ』『バッハ』『J.S.バッハ』『バッハ』って、同じタイトルの違う本が何個も……」


「まあシンプルな方が分かりやすいしね。しかしこうもバッハばかりだとバッハがゲシュタルト崩壊してきそうだ」


「いっそ笑えてくるよね。クックック……バーッハッハッハ! って感じ……で……」


「…………」


「いや、今のは……」


「…………」


「その、む、無言はやめて」


「……あのさ、小川さん」


「……なあに、春野くん」


「大丈夫、僕は気にしないから」


「爽やかな笑顔が心に突き刺さる! うわーん、忘れろー!」


「忘れるってのは無理な相談かな、暫くはネタに出来そうだし」


「春野くんのあほ! 馬鹿! 鬼畜! えっと、それと、えーと……ばーか! ばーかばーか!」


「はっはっはっは、なんとでも言うがいいさ」


「もう怒りました、春野くんとはもう口を利きません!」


「ん? 本当に?」


「え? あ、や、その……こ、言葉の綾? というか? 口を利かないのは寂しいかなー、って……」


「じゃあ僕のことは嫌い?」


「いや、まあ、その……別に嫌いじゃ、ない……です。……はい」


「そ。なら普段通りでいいかな」


「ちくしょームカつく! 春野くんのばーかばーか!」


「それはさっきも聞いた」


「結局……私は春野くんに勝てないのか……!」


「……いや、僕はもう負けてるよ」


「へ?」


「今回の宿題ね、調べる音楽家は自分で決めることになってたんだ」


「……それが?」


「僕はバッハを選んだ。それだけ」


「だからどういう……もしかして、また私のことからかってる?」


「あ、バレた?」


「うわーんちくしょー! いつか絶対ぎゃふんと言わせてあげるからね!」


「期待してるよ」


「私はまた本を探してきます! さらばっ」


「はいはい。……さて、行っちゃったか。相変わらず落ち着きがないな。まあ、でも……」










「好きなんだよなあ、バッハ」

バッハ=日本語で「小川」の意。

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