表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

本物の狂気。

まだ追ってくる。


「ゼェ…ハァ…ゼェ…ッ」


動きが読めない。


「ッ…ハァ…ッ」


自分を追っているのかと思えばふらっとそこら辺の物を壊し始める。

その物が壊れれば次の「物」として狙いがまた自分に向く。


壊す物がそこにあるから。


追ってくるのは、ただそんな単純な理由からのように思えた。

自分は相手と面識はない。

今日初めて会った相手だった。

出会ったその時から脳内を恐怖感に支配されていた。


その不気味な者は、本物の狂気だったからだった。





自分は闇を体に半分住まわせている。

生きることを放棄しようとした時に声が聞こえたのだ。

全てを闇に受け渡そうとしていた時に自分はある人に助けられて闇を半分に止めた。

この世界には闇と言われるモノが存在していると言われていて、そいつに蝕まれると気力を奪われ、正常な思考を失っていく。

そして再起不能になってしまうのだと、噂されている。

皆、その見えぬ闇を恐れ日々身を清める清水を浴び、闇を寄せ付けぬ「光の札」をお寺に貰いに行っている。


流れの速い川に身を投げようとしていた時に声は突然聞こえた。

声が聞こえた時、この声は闇の声だと思った。

そして闇から「要らないならその体をくれ」と言われ、自分はそれを承諾した。


腕が、足が、体の一部分から黒い染みができて少しずつ広がっていくのを見ても、何も思わなかった。

これでいいのだと思っていた。


しかし、突然目の前に眩しいほどの光が現れて「シオン…嬉しいわ。ありがとう」と言う母親の声が聞こえたのだった。

その声を聞いた時に「自分は本当にこれでいいのだろうか」と疑問が湧いた。

そして意識はそこで途絶え、気づけば小さな堕天使の家で寝かされていた。

それがアルトだった。


光幻(こうげん)と言う技が使えるらしく、それで闇を少し追い払ってくれたらしいのだ。

光幻はその技を使う対象の記憶を利用し、その中から幸せだと記憶している部分を幻として見せる技なのだそうだ。

この技を使うと、蝕まれた者も正常な思考を一時的に取り戻せるらしく、もしかしたら闇を追い払うことができるのかもしれないとアルトは言っている。

だから自分が聞いた母親の声は幻だと言っていた。

アルトは天界から人間界に追放された堕天使だった。

天界の善しかない世界に嫌気が差したのだそうだ。

今は人外には肩書きを悪魔と言っているらしい。


気が合った自分達はその日から一緒に暮らし、闇を体に半分住まわせたことによって得た闇を感知できる能力を使って闇に蝕まれた者を探し出し、病院に送る仕事をしていた。


稀に自分のように体が変形してしまっている者がおり、戦闘になった。

自分は腕と足が変形しており、腕と手の部分は特にぐにゃぐにゃになる。

自在に変形し、鋭利な物を型どることもできる。

暴走すると意識のないままに周りを攻撃してしまうらしく、アルトが光幻で止める役割をしている。


戦うことは好きだった。

叩きのめすのは快感だった。

だから周りに異常者を見るような目で見られても闇を使役できることは最高だった。

こんな自分は周りと違って狂っていると思っていた。

こんなに狂気的な者は自分以外にいないのだろうとも思っていた。


あの山奥で「本物」に出会うまでは。



仕事で山奥に来ていた時にグチャッと言う音が聞こえた。

その方角を見ると、何かが茂みで蠢いているのが見えた。

もう仕事は終わっていたし、闇を感知することもまったくなかったため動物だろうと思って近づいてみたのだ。


そこにいたのは口元が血まみれの肩ほどまである灰色のようなボサボサの髪で右目を覆っている女性だった。

こちらにすぐに気づき、紅色の目を歪ませてこっちを見上げて立ち上がった。

足元には何かの肉片がバラバラになって散らばっていた。

血溜まりと血の臭いがとても酷かった。

頭には牛のような黒い角が左右に一本ずつ生えており、見えている左目の方の頬に縦に三つの目があった。

そして首の左右の側面にも縦に二つ目があり、合計八つの目の色は全て紅色だった。

肌は完全な灰色で服は着ておらず、肩まで黒い鱗のようなものに覆われていた。

所々トゲのようなものが出ている。

腕と足が異常に長く、背中からのトゲが尻尾までついている。

体は真っ黒なわけではなく、亀裂が太く走っているような紅色のギザギザの太い線が数ヵ所にあった。

長い腕と足は半分が途中からその紅色だった。


人間ではない。

完全に人外だ。


こっちを見てニタァと笑うその人外を「危ない」と自分の本能は訴えているようで冷や汗が全身から溢れだす。

自分も狐の妖怪の一種の母親の血は受け継いでいるため、父親が人間でも半分は元々人外だ。

その上闇を使役できる。

そんな自分を周りは恐れ、自分に勝る者は今までいなかった。

狂気的だと言われている奴でさえ自分を見ると怯えていた。

一番恐れられる自分に恐れるものなどなかったのだ。

その自分が今、目の前の人外を見て「恐い」と思っている。


目の前の人外が顔を歪ませて笑うと姿が一瞬にして消えた。

戦闘経験で鍛えられた勘で咄嗟に飛距離が長めのバックステップを二回ほどしたあとに顔をパッと上げると、さっきまで自分がいた場所にあの不気味な人外が右手の長い爪を降り下ろした体勢で勢いよく上から降りてきていた。


そして、また自分の方を見て次の攻撃に移るのかと思っていたのだが…

不気味な人外は上空を見ていた。

疑問に思い、チラッと上空を見てみると、カァカァとカラスの鳴き声が聞こえ、頭上を何羽か飛んで行ったのが見えた。

そのあとにその人外がいきなり真横に跳躍して木を登り、木の枝を飛び移りながら上に向かって行った。

足が異常に長いせいなのか跳躍する距離が物凄く長い。

遠くで羽音が聞こえた時にハッとした。


逃げなきゃ。

今がチャンスだ。あの不気味な奴が戻って来る前に早く逃げなきゃ。


そう思って必死に走った。

いた場所から離れるように。離れるように。

だけど、もうここまで来れば大丈夫だろうと思ってホッと息を吐いた時、奴はまた目の前に現れたのだ。

あの歪んだ笑い方で。

そしてこっちを見ながら初めてしゃべった。


「タノシそうダ」


片言のような、無感情のような発音で。

でも確かにハッキリと「楽しそうだ」と言ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ