曖昧で不確かな関係のふたり
いつ、どんなときも、どういう状況下でも、整った男だと思う。寝顔でさえも整っているなんて隙がない。
いつだったか、サークルの先輩が学園祭のミスコンにこいつをエントリーさせていた。
結果は、……言いたくもない。
その後しばらくは噂になったもんだ。
――――あの美人は誰だ、と。
正体を告げるつもりなど微塵もないくせに一緒になってその噂を助長させるその言動に幾人もの男子生徒が振り回されたか。
その様子を見て、こいつは腹を抱えて笑っていた。
そのときの顔も、どこから見ても整っていた。きれいだった。
天は二物を与えず、なんてよく言うけどそれは嘘だ。
二物どころか三物四物……それ以上与えられた人間が、ここにいる。
微かに寝息を立てて、他人の家のベッドを占領している。不法侵入だ! と騒ぎ立てたところで、言いくるめられることは過去の経験上わかっている。
深いため息をついて、油まみれの身体を落とす為にバスルームに篭った。
爪の中にまで入り込んだオイルを丁寧に落とし、上がる頃には1Kの部屋においしそうな夕食――パエリヤ――が並べられている。魚介好きのあたしのツボを良く分かってる。
「宿代」
さっきまでベッドを占領していた男は、いつものようにその隙のない笑みを浮かべながら言った。手元はあたしに取り分けてくれる。魚介類を多めにしている。
「どーしたのさ、えっと最近のあの子は……秘書課? だったけ?」
「いや、あの子じゃない。今日はいつもお昼に行く定食屋の娘さん。なんか家の前に居た」
ストーカーじゃん、それ。
言いたいことを飲み込んで、そう、と一言。こいつの斜め前に座っていただきますと手を合わせて、一口。相も変わらず美味い。
「あんた、最近頓に酷いんじゃない?」
「そうかな、」
「いい加減、女の子に勘違いさせるのやめなよ。大学じゃ上手く立ち回ってたじゃん。どうして会社勤めになってから出来なくなるかな」
この魚介と鶏肉のエキスが染み込んだごはん美味しいし。あたしが作ってもここまでうまくできないと思う。それどころか、何もない平日に手の込んだものを作ろうと思わない。
帰りが遅いあたしは、毎日こまめに料理をしようと思わない。どうしても手抜き料理になってしまう。それこそ時間が掛からないパスタとか。炒飯とか。
こいつが来てくれるとまぁ、助かるっちゃ、助かるけど。
「――――じゃないか」
「なに? 何か言った?」
「いいや、何も。おいしい?」
「かなり。で、いつ帰るの?」
もう、終バス過ぎてると思うけど。そりゃ、タクシーという手もあるけど。今、お金貯めてると言ってたし、無駄遣いはしないはずだ。
「今日は帰りません」
整った顔が、あたしから目を逸らさずに箸を置く。つられるように、あたしも箸を止めて、猫の形をした箸置きに乗せた。
大学時代から住み続けているこのアパートは、少し手狭になってきた。女の子とのトラブルの匂いを敏感に察知するとあたしの家に転がり込む、こいつが次から次へと物を置いていくからだ。
って、そんなことはどうでもよくて。
「なんで?」
「もしかしたら、って思ってたけど。ここまでとは。俺、泣きそう」
項垂れ、拗ねた顔も隙がない。
…………なんで、こいつはいつまでもあたしと一緒にいるんだろう。
「なんとなくでもいいんで感じ取ってほしいんですけどー」
「は?」
「もういいや、早く食べて。後片付けもするから」
それだけ言って、やつはもくもくと食べ始めたから、あたしも仕方なく、ご飯を再開した。
夕食の後片付けをしたあとも、昔からこいつが見ている深夜のバラエティ番組を見終わっても、あたしがベッドにもぐりこむ時間になっても、こいつは帰る気配を見せない。
本当に、今日は帰らないつもりなんだろうか。一人暮らしのこの狭い部屋にもう一組布団を収納するスペースも敷くスペースもない。
寝るところなんてないというのに、どうするつもりだろうか。
「あたしは寝るけど」
「うん」
「本当に、帰んないの?」
「うん、帰りません」
「……どこで寝んの?」
「そこ」
笑顔で、指差されても。
「あたしがここで寝るんですけど」
「知ってる。俺もそこ」
「いい、けど狭いじゃん」
「えー、突っ込むとこそこ?」
「じゃあ、……あたしは女で、あんたは男だよね?」
「うんうん、そうそう」
や、なんでそんなに嬉しそうなわけ?
やつは勝手にシャワーを浴びて、ウチに置いてあったやつのシャツとジャージに着替えている。ていうか、ウチにそんなものあったっけ?
最近、女の子からのストーカー被害が多く、ウチの潜り込む頻度も高くなってるやつは、あたしの家なのに、物の収納場所もすべて把握している。
あたしが失くした、と思っていた物さえもやつの手に掛かれば、ああそれここにあったよ、と笑顔で言うくらいに。
「そうそうって、……いいの?」
「なぁんか、お前ってポイント外すよな? 狙ってんのそれ?」
「ん?」
「あのなぁ、いいの? って普通男が訊くもんだろ? なしてお前が言うの」
深いため息、呆れた表情をして、脱力したやつはもう知らんっ! とあたしを壁側に追いやってベッドに潜り込んでくる。
「あのね、俺は男女間の友情は信じない主義わけ。だから、お前が俺を仲のいい一番の男友だち~って思ってても、んなわけあるか! と反旗を振りかざします」
「はぁ……」
「あのなぁ、お前のこの機械ばっかり詰まってる脳みそはレンアイの入る余裕はないのか、コラ」
「……ない、こともない、と思うけど」
恐る恐る発した言葉にあたしの頭をぐりぐりしていたこいつは、おっ? とびっくりした目をしてその手を止めた。
だいぶ、近い距離だ。確かにこれは男友だちの距離ではない。
――ということは?
「あれ? ようやくわかった?」
「…………たぶん、」
今後シリーズものになる、予定。