■番外編 内田生活工房の新商品開発
転生したので田舎で錬金工房を始めます のイメージゲームを作成しました。
https://lemontea.jp/koubou.html
内田生活工房の朝。
沙樹は、工房の棚を眺めていた。
石鹸。
洗濯石鹸。
食器洗浄剤。
洗剤。
どれも、内田生活工房を支えてきた商品だ。
売れている。
注文も多い。
生活にも役立っている。
それなのに。
沙樹は、なぜか少しだけ物足りなかった。
「……うーん」
帳簿を整理していた職員が顔を上げる。
「どうしました?」
「商品が足りない」
「え?」
職員が棚を見る。
商品は十分に並んでいる。
むしろ多い。
「これだけあって、足りないんですか?」
「うん」
沙樹は石鹸を一つ手に取った。
そして、ぽつりと言った。
「洗うだけじゃないんだよね」
「……?」
「生活って」
沙樹は指を一本立てる。
「手を洗う」
もう一本。
「身体を洗う」
さらに一本。
「髪を洗う」
そして。
「お風呂に入る」
職員は黙って聞いている。
沙樹は石鹸を棚に戻した。
「そのあと、肌を整える」
「髪も整える」
「お風呂そのものを楽しむ」
「全部つながってる」
職員が少し考える。
「つまり……」
沙樹が振り返った。
「うん」
笑った。
「お風呂場を、全部作ろう」
「…………全部?」
この一言が。
後に内田生活工房の商品棚を埋め尽くすことになる。
最初に始まったのは、石鹸だった。
「まずは種類を増やそう」
「今でも十分ありますけど……」
「まだ足りない」
沙樹は即答した。
最初に完成したのは。
緑茶石鹸。
茶葉の香りがほのかに残る。
続いて。
ほうじ茶石鹸。
紅茶石鹸。
「お茶だけで三種類……」
職員が呟く。
沙樹は止まらない。
「次は、はちみつ」
はちみつ石鹸。
「米ぬか」
米ぬか石鹸。
「酒粕」
酒粕石鹸。
「ヨーグルト」
ヨーグルト石鹸。
「豆乳」
豆乳石鹸。
「炭」
炭石鹸。
「泥」
泥石鹸。
「塩」
塩石鹸。
「海藻」
海藻石鹸。
「アロエ」
アロエ石鹸。
「柿渋」
柿渋石鹸。
「ハーブ」
ハーブ石鹸。
「ラベンダー」
ラベンダー石鹸。
「ローズ」
ローズ石鹸。
「ミント」
ミント石鹸。
気がつけば。
試作品を並べるだけで、机が埋まっていた。
職員が呆然とする。
「……多いですね」
「多いね」
「全部売るんですか?」
「全部売る」
即答だった。
「本当に?」
「本当に」
沙樹は楽しそうだった。
「でも、全部を内田生活工房だけで作る必要はないよ」
ここで、内田生活工房の基本方針が生きる。
茶葉は茶農家や商人から。
蜂蜜は養蜂家から。
米ぬかは精米所から。
酒粕は酒造から。
海藻は漁師から。
ハーブは農家から。
原料を地域から集める。
そして内田生活工房は、
配合。
製法。
品質基準。
包装。
検査。
商品開発。
そこに集中する。
「一つの商品を作るために、いろんな人が関わる」
沙樹は言った。
「だから商品が増えるほど、仕事も増える」
「なるほど……」
「石鹸一個でも、原料を作る人がいる」
「運ぶ人がいる」
「加工する人がいる」
「包装する人がいる」
「売る人がいる」
「商品が増えるって、仕事が増えるってことなんだよ」
職員は、並んだ石鹸を見た。
小さな石鹸一個。
その向こう側に、たくさんの人がいる。
「……面白いですね」
「でしょ?」
沙樹は笑った。
そして。
次の試作品を取り出した。
「次は髪」
「……まだあるんですか?」
「あるよ」
内田生活工房。
第二次試作。
髪用商品。
机の上に、新しい容器が並んだ。
緑茶シャンプー。
はちみつシャンプー。
米ぬかシャンプー。
酒粕シャンプー。
椿シャンプー。
アロエシャンプー。
ハーブシャンプー。
そして。
緑茶リンス。
はちみつリンス。
米ぬかトリートメント。
椿オイルトリートメント。
若い女性職員が、容器を一つずつ見ていく。
「……全部、試すんですか?」
「もちろん」
「どれから?」
沙樹は少し考えた。
「全部」
「…………」
「使用感を比べないと分からないから」
その日の午後。
工房の一角が、妙な研究所になった。
洗う。
記録する。
乾かす。
触る。
記録する。
翌朝。
また確認する。
「泡立ち、良好」
「洗い流しやすさ、良好」
「香り、少し強い」
「乾燥後はまとまりやすい」
「翌日は……」
職員が真剣な顔で記録している。
別の職員が呟いた。
「商品開発って……」
沙樹が顔を上げる。
「うん?」
「思っていたより、ずっと地味ですね」
沙樹は笑った。
「商品開発って、だいたい地味だよ」
「もっと派手なものかと思ってました」
「派手なのは、完成してから」
「なるほど」
そして。
完成した商品が店頭に並んだとき。
職員たちは、その意味を知ることになる。
しかし。
沙樹の勢いは止まらなかった。
「次は肌」
「……肌?」
「うん」
「まさか……」
「化粧水」
「やっぱり……」
「生活工房だから」
その一言で、話は終わった。
はちみつ化粧水。
緑茶化粧水。
米ぬか化粧水。
酒粕化粧水。
アロエ化粧水。
ハーブ化粧水。
さらに。
はちみつ美容液。
米ぬか美容液。
緑茶美容液。
酒粕美容液。
アロエジェル。
椿オイル。
米ぬかクリーム。
机の上が埋まる。
棚が埋まる。
倉庫まで埋まり始める。
職員が恐る恐る言った。
「沙樹さん……」
「なに?」
「置く場所が……」
「増築しよう」
「即答ですか」
「商品を置く場所がないなら、作ればいい」
「そういう問題でしょうか……」
だが。
美容品については、沙樹も一切妥協しなかった。
「肌につけるものだから、石鹸以上に衛生管理を厳しくする」
原料の検査。
容器の洗浄。
製造器具の衛生管理。
保存性の確認。
使用期限の設定。
異物混入対策。
製造記録。
ロット番号。
問題が発生した場合の追跡と回収。
一つ一つ確認していく。
「売れればいい、では駄目」
沙樹は言った。
「毎日使うものだからこそ、安全に作る」
その日。
内田生活工房の規格書に、新しい項目が追加された。
『化粧品製造・衛生管理第一規格』
職員がページをめくる。
「……また規格が増えましたね」
「うん」
「そのうち規格書だけで本になりそうです」
「もうなってるよ」
「…………」
そして。
最後に残った場所。
お風呂。
「ここまで来たら」
沙樹は言った。
「お風呂そのものを楽しめる商品も作ろう」
職員が嫌な予感を覚える。
「……入浴剤ですか?」
「そう」
始まった。
緑茶入浴剤。
ほうじ茶入浴剤。
はちみつ入浴剤。
米ぬか入浴剤。
酒粕入浴剤。
ゆず入浴剤。
生姜入浴剤。
ラベンダー入浴剤。
さらに。
よもぎ風呂。
柚子風呂。
試作品を湯に入れる。
工房の試験用浴槽から、香りが立ち上る。
緑茶。
ほうじ茶。
柚子。
ラベンダー。
生姜。
よもぎ。
職員たちは、もはや仕事なのか休憩なのか分からなくなってきた。
「いい匂い……」
誰かが呟く。
沙樹も湯気の向こうで笑った。
「冬のお風呂には、柚子だね」
「じゃあ夏は?」
「ミント」
「春は?」
「よもぎ」
「秋は?」
「ほうじ茶」
「季節ごとに変えるんですね」
「うん」
沙樹は頷いた。
「一年中、お風呂を楽しめるようにする」
数か月後。
内田生活工房の販売店。
以前まで石鹸だけが並んでいた棚は。
完全に別物になっていた。
石鹸。
シャンプー。
リンス。
トリートメント。
化粧水。
美容液。
アロエジェル。
椿オイル。
米ぬかクリーム。
入浴剤。
棚一面。
いや。
壁一面。
商品だった。
店に入った客が立ち止まる。
「……すごい」
隣の客も足を止める。
「何ですか、これ」
店員が笑う。
「内田生活工房の商品です」
「こんなにあるの?」
「はい」
「石鹸を買いに来たんだけど……」
客が緑茶石鹸を見る。
ほうじ茶石鹸を見る。
紅茶石鹸を見る。
はちみつ石鹸を見る。
米ぬか石鹸を見る。
「……こっちも気になる」
さらに隣。
シャンプー。
「これも……」
さらに隣。
入浴剤。
「これも……」
客が店員を見る。
「結局、何を買えばいいんですか?」
店員は笑った。
「最初は石鹸一個で十分ですよ」
「そう?」
「はい」
「じゃあ……緑茶石鹸を一個」
「ありがとうございます」
客は商品を受け取る。
そして。
店を出ようとしたところで。
ピタッと止まった。
ゆっくり振り返る。
「……ところで」
「はい?」
「この、ゆずの入浴剤って……」
店員が笑う。
「人気ですよ」
「じゃあ、それも」
「ありがとうございます」
さらに客は帰りかける。
また止まる。
「……あと」
「はい?」
「椿オイルって……」
店員はもう笑うしかなかった。
「こちらも人気です」
「じゃあ、それも」
「ありがとうございます」
その日の夕方。
売上表を見ながら、職員が頭を抱えていた。
「沙樹さん」
「なに?」
「商品が増えすぎました」
「そうだね」
「売れてます」
「よかった」
「でも……」
職員は棚を指差した。
「もう、石鹸工房じゃありません」
沙樹は黙って棚を見る。
石鹸。
シャンプー。
化粧水。
美容液。
入浴剤。
椿オイル。
米ぬかクリーム。
確かに。
石鹸工房とは呼べない。
しばらく考えて。
沙樹は笑った。
「だから」
「?」
「内田生活工房なんだよ」
職員が黙る。
「……確かに」
沙樹は工房の奥を見る。
そこでは今日も。
誰かが石鹸を練っている。
誰かがシャンプーを調整している。
誰かが化粧水を検査している。
誰かが入浴剤を袋詰めしている。
誰かが品質検査をしている。
そして。
誰かが新商品の企画書を書いている。
「人が毎日使うものを」
沙樹は静かに言った。
「少しだけ便利にする」
「少しだけ楽しくする」
「少しだけ気持ちよくする」
それが。
内田生活工房の仕事になっていた。
石鹸を作った。
洗剤を作った。
水をきれいにした。
衛生を広めた。
そして今度は。
一日の終わりに入る風呂まで。
少し楽しくしようとしている。
内田生活工房は。
いつの間にか。
人々の暮らしの、かなり深いところまで入り込んでいた。
そして。
その夜。
沙樹は新商品の企画書を一枚手に取った。
職員が覗き込む。
「次は何ですか?」
沙樹は紙を見せた。
そこには。
大きく書かれていた。
『次の商品――抹茶入り石鹸』
職員が固まる。
「……まだ作るんですか?」
「もちろん」
「お茶、もう三種類ありますよ?」
「抹茶は別」
「別なんですね……」
沙樹は楽しそうに企画書へ目を落とした。
「抹茶なら、もっと濃くできるかもしれない」
「……」
「香りも変えられる」
「……」
「配合も試したい」
職員は天井を見上げた。
また始まる。
新しい石鹸。
新しい香り。
新しい試験。
新しい商品。
そして。
新しい仕事。
沙樹は筆を取った。
企画書の端に、さらに一行を書き加える。
『抹茶石鹸・第一試作』
その横には。
小さな文字で。
『次は、桜餅風?』
と書かれていた。
「……沙樹さん」
「なに?」
「それは石鹸ですか?」
沙樹は少し考えた。
そして。
満面の笑みで答えた。
「石鹸だよ」
こうして内田生活工房はいろいろな商品を生み出していくのであった。




