■第二十話 窓を綺麗にしたら、街中から注文が来た
「まずはガラスから」
沙樹は机の上に、何枚かのガラス板を並べた。
王都の商店で使われていた古い窓ガラスだ。
表面には埃。
油汚れ。
手の跡。
そして、長年積み重なった薄い汚れ。
「普通の水だと、なかなか綺麗にならないんだよね」
布を濡らして拭く。
確かに汚れは取れる。
しかし。
乾くと白っぽい跡が残る。
「これが嫌なんだよね」
沙樹は眉をひそめた。
「拭いたのに、余計に汚く見える」
トーマが頷く。
「確かに」
「だから、乾いたあとに跡が残らないようにする」
沙樹は灰花草の抽出液を少量取り出した。
そこに別の植物から抽出した成分を加える。
洗浄力を調整。
さらに水分が蒸発するときに残りにくい成分を少し加えた。
「これでどうかな」
布につける。
ガラスを拭く。
一度。
二度。
そして乾いた布で仕上げる。
「……」
沙樹はガラスを持ち上げた。
「かなり透明になった」
トーマも覗き込む。
「向こう側がはっきり見えます」
「よし」
沙樹は笑った。
「試作品完成」
商品名は。
『ガラス洗浄液』
相変わらず、そのままだった。
「もっと格好いい名前にしませんか?」
トーマが言う。
「分かりやすいほうがいい」
「そうですか」
「ガラスを洗うんだから、ガラス洗浄液」
「……確かに」
王都店へ送る。
リナが試してみる。
まず店の窓。
「……すごい」
店の外から見ると、窓があることを忘れそうなほど透明になった。
「今まで、こんなに綺麗にできなかったです」
「汚れがひどかった?」
「はい」
リナは別の窓も拭いた。
店内が明るくなる。
「あ」
リナが気づいた。
「店が明るくなりました」
「窓が綺麗になったから?」
「それだけじゃありません」
リナは店内を見回した。
「今まで窓が曇っていて、昼間でも少し暗かったんです」
沙樹はなるほどと思った。
「窓が綺麗なら、照明を減らせる?」
「そうですね」
これは予想外だった。
掃除用品なのに。
店内の明るさまで変わる。
翌日。
王都店に一人の商人が来た。
「昨日、窓を拭いていただろう?」
「はい」
「何を使った?」
リナが商品を見せる。
「これです」
商人は瓶を手に取った。
「売っているのか?」
「はい」
「いくらだ?」
「8銅です」
商人は即答した。
「十本くれ」
「十本ですか?」
「店の窓が多いんだ」
それが始まりだった。
翌日。
別の商人。
「二十本」
その翌日。
宿屋。
「五十本」
さらに。
「百本欲しい」
リナは注文票を書きながら目を丸くした。
「どうしてこんなに……」
答えは簡単だった。
王都にはガラス窓が多かった。
商店。
宿屋。
食堂。
貴族の屋敷。
工房。
そして大きな商館。
窓が増えれば。
掃除する場所も増える。
そして。
ガラスは普通の木の窓よりも、汚れが目立つ。
「綺麗にしたいけど、面倒」
そんな人が大量にいた。
沙樹は注文数を見て呟いた。
「また消耗品だ」
トーマが笑う。
「それ、最近よく言いますね」
「だって、なくなるからまた買うんだもん」
しかし。
数日後。
もっと大きな注文が来た。
「……五百本?」
沙樹が注文書を見る。
「宿屋です」
リナからの報告だった。
「大型宿だから、窓がものすごく多いそうです」
「五百本を一度に?」
「はい」
沙樹は考えた。
「なら、業務用を作ろう」
今までの家庭用は小瓶。
しかし宿屋や商店なら、大瓶のほうがいい。
そこで。
五リットル入り。
十リットル入り。
さらに詰め替え用。
業務用の大型容器を作る。
「これなら容器代も減る」
沙樹は計算した。
小瓶を大量に使うより、大型容器のほうが包装費が安い。
「価格も下げられる」
結果。
業務用ガラス洗浄液は、予想以上に売れた。
そして。
別の商品にも波及した。
「窓が綺麗になったら、今度は床の汚れが目立つようになった」
宿屋の主人から、そんな話が来た。
沙樹は笑ってしまった。
「掃除すると、次の汚れが気になるんだよね」
床。
壁。
机。
金属製品。
浴室。
厨房。
「掃除用品って、意外と奥が深い」
そう呟いたところで。
アルベルトから手紙が届いた。
『内田生活工房の商品について、商人組合から問い合わせがあります』
沙樹は嫌な予感がした。
『商品を用途別に揃えてほしいとの要望です』
その下には。
『ガラス』
『床』
『家具』
『食器』
『衣類』
『浴室』
『金属』
『厨房』
と書かれていた。
沙樹はしばらく無言だった。
「……全部?」
トーマが横から見る。
「全部ですね」
「……」
沙樹は椅子に座った。
「これ、全部一つの工房で作るの無理じゃない?」
「今の工房なら、かなり大変でしょうね」
「だよね」
沙樹は工房全体を見回した。
石鹸を作る場所。
シャンプーを作る場所。
洗濯洗剤。
食器洗剤。
掃除用品。
包装。
原料処理。
倉庫。
すでにかなり狭い。
「そろそろ分ける時期か」
沙樹は紙を広げた。
そして初めて、工房の未来を具体的に書き始めた。
『生活用品工房』
『洗浄用品工房』
『原料加工所』
『包装工場』
『倉庫』
『王都販売店』
そして。
隣国には。
『原料倉庫』
今まで一つだった商売が。
少しずつ。
一つの産業のようになっていた。
沙樹は書いた紙を見つめる。
「……工場を分ける」
トーマが尋ねる。
「大きくするんですか?」
「うん」
沙樹は少し考えてから答えた。
「でも、むやみに大きくはしない」
「なぜです?」
「一つの工場が止まったら、全部止まるから」
沙樹は続けた。
「商品ごとに製造場所を分ければ、一つで問題が起きても他は動かせる」
トーマが感心したように頷く。
「なるほど」
「それに、原料加工と製品製造も分けたほうがいい」
沙樹はさらに書き込む。
「原料は原料工場」
「製品は製品工場」
「包装は包装」
「倉庫は倉庫」
「販売は店舗」
一つ一つを分ける。
専門化する。
そして。
「これなら、もっと大量に作れる」
沙樹はそこでペンを止めた。
ふと気づく。
最初は。
石鹸を一つ作るだけだった。
それが。
お風呂。
シャンプー。
洗濯。
食器。
掃除。
隣国からの原料輸入。
王都への販売。
隣国への輸出。
そして今。
工場の分離。
「……」
沙樹は窓の外を見る。
荷車がまた一台、工房の前に止まった。
原料を運んできたのだ。
その後ろから、別の荷車が来る。
今度は完成品を運び出す。
さらに、その後ろには注文を持ってきた商人。
「忙しい……」
沙樹は呟いた。
でも少しだけ笑った。
「まあ、悪くないか」
そして翌日
沙樹は、新しい計画書を作り始めた。
『内田生活工房・第二工場計画』
今度は石鹸を作るための工場ではない。
「洗う」という生活そのものを支える工場だった。




