↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/54

■第十三話 隣国から注文が来たけれど、まずは国内を何とかしてください

「隣国から……注文?」

沙樹は、アルベルトが持ってきた書類を見つめていた。

「はい」

「本当に?」

「本当です」

「石鹸ですよ?」

「石鹸です」

沙樹はもう一度、書類を見る。

隣国の商人からの問い合わせ。

普及石鹸。

初回注文、五千個。

売れ行き次第では、毎月二万個。

「……」

沙樹は黙った。

そして。

書類を机に置いた。

「無理」

「即答ですね」

「だって無理でしょう」

トーマが隣から尋ねる。

「今の生産量では?」

「国内の注文だけでも大変なのに、隣国まで回せません」

「そうですよね」

沙樹は腕を組んだ。

「そもそも、五万個の注文が来てるんですよ」

「はい」

「今の工房で五万個作れる?」

トーマが首を横に振る。

「無理です」

「材料は?」

「足りません」

「人手は?」

「足りません」

「倉庫は?」

「足りません」

「運ぶ馬車は?」

「足りません」

沙樹は机に突っ伏した。

「全部足りない……」

アルベルトが苦笑する。

「ですが、これは悪い問題ではありません」

「分かっています」

沙樹は顔だけ上げた。

「売れないよりは、ずっといいです」

「では?」

「だからこそ、順番を決めます」

沙樹は紙を取り出した。

一番上に書く。

国内供給を優先する。

その下に。

品質を落とさない。

そして。

無理な増産をしない。

「この三つです」

アルベルトが頷いた。

「なるほど」

「今、うちの石鹸を買ってくれている人がいる」

「はい」

「その人たちに、突然『売り切れです』って言うのは嫌です」

沙樹は続ける。

「だから、国内の需要を満たせる体制を作ってから、隣国への輸出を考えます」

「分かりました」

アルベルトは納得したように頷いた。

「では、隣国には待ってもらいます」

「お願いします」

しかし。

その日の午後。

工房では別の問題が発生した。

「沙樹さん!」

従業員の一人が走ってきた。

「どうしました?」

「石鹸の硬さが違います!」

「え?」

沙樹が作業場へ向かう。

机の上には完成した石鹸。

一つを手に取る。

「……確かに」

いつもの石鹸より少し柔らかい。

別のものを触る。

今度は硬い。

「材料が違った?」

「同じ材料を使ったはずなんですが」

沙樹は製造記録を見る。

材料の重量。

水の量。

混合時間。

温度。

乾燥時間。

数字はほぼ同じ。

「じゃあ、何が違う?」

しばらく考える。

そして。

沙樹は気づいた。

「原料の水分量……」

「え?」

「乾燥した材料の水分量が違うんだ」

従業員が驚く。

「そこまで違うんですか?」

「少しの違いでも、大量生産では影響が出る」

沙樹は考え込んだ。

原料を乾燥させる。

だが。

「乾燥させた」

だけでは足りない。

どこまで乾燥させたか。

それを数字で管理する必要がある。

「測定しよう」

「何をです?」

「水分量」

沙樹は簡単な測定方法を考えた。

一定量を量る。

乾燥させる。

もう一度量る。

重量差を見る。

完全に正確ではない。

それでも。

毎回同じ方法なら、基準にはできる。

「この範囲なら合格」

沙樹は基準値を決めた。

「これより水分が多ければ、もう少し乾燥」

「少なすぎたら?」

「別の材料と混ぜるか、用途を変える」

「なるほど」

工房にまた一つ。

新しいルールができた。

品質管理。

材料管理。

製造管理。

在庫管理。

少しずつ。

工房は「職人が作る場所」から。

「決められた品質の商品を安定して作る場所」へ変わっていった。

数日後。

工房の壁には新しい表が貼られた。

原料受け入れ基準

製造基準

完成品検査基準

包装基準

トーマがその表を見ながら言う。

「すごいですね」

「何が?」

「ここまで細かく決めるとは思いませんでした」

「大量に作るなら必要だよ」

「職人の勘では?」

「勘だけに頼ったら、人が増えたときに品質が変わるでしょ」

トーマは納得した。

「確かに」

「私が全部作るならいいけど」

沙樹は笑った。

「三万個、五万個を私一人では無理だからね」

そして。

一週間後。

最初の大量生産が始まった。

原料を倉庫から運ぶ。

計量する。

加工する。

混ぜる。

成形する。

乾燥させる。

検査する。

包装する。

箱に詰める。

以前なら。

沙樹が一人でやっていた作業だ。

今は違う。

作業ごとに担当者がいる。

「原料、準備できました!」

「こちら、成形に回します!」

「乾燥室、第一棚が空きました!」

「完成品、検査お願いします!」

工房の中を人が動き回る。

沙樹はその様子を見ながら思った。

「……工場だ」

もう完全に工場だった。

しかも。

作っているのは武器でも魔道具でもない。

石鹸。

それも。

一個一銅貨の普及石鹸。

「変な感じ……」

沙樹が笑う。

すると。

リナから連絡が届いた。

王都店からだ。

「また手紙?」

トーマが聞く。

「うん」

沙樹は封を開けた。

そこには。

王都店の販売状況が書かれていた。

普及石鹸。

一日平均千個。

週末は一日千五百個。

さらに。

「……また増えてる」

「どれくらいです?」

「一日千五百個売れる日がある」

「すごいですね」

「すごいけど……」

沙樹は頭を抱えた。

「作るほうが追いつかない」

しかし。

そこへ別の報告が入る。

「沙樹さん!」

「はい?」

「農家から原料が届きました!」

「どれくらい?」

「予定の二倍です!」

「二倍?」

「はい!」

「なんで?」

農家からの手紙を確認する。

そこには。

『石鹸の注文が増えたと聞いたので、今年は作付けを増やしました』

と書いてあった。

沙樹は思わず笑った。

「……みんな動きが早いな」

原料が増える。

生産量が増える。

販売量が増える。

販売量が増えるから、さらに原料を作る人が増える。

一つの商品を中心に。

小さな循環ができ始めていた。

しかし。

その日の夜。

沙樹は一人で帳簿を見ていた。

売上は増えている。

注文も増えている。

材料も増えている。

従業員も増えている。

だが。

支出も増えている。

「……」

沙樹は数字をじっと見る。

「売上が増えれば、利益も増える……とは限らないんだよね」

工房が大きくなった。

倉庫も作った。

乾燥庫も作った。

設備も買った。

人も雇った。

馬車も必要になった。

包装資材も大量に必要だ。

「規模が大きくなるほど、お金が動く」

沙樹は帳簿を閉じた。

「これはちゃんと管理しないと危ないな」

その瞬間。

工房の外から声が聞こえた。

「沙樹さん!」

「はい?」

「王都から商人が来ています!」

「今?」

「はい!」

沙樹は玄関へ向かった。

そこにいたのは。

見覚えのない男だった。

立派な服。

高価そうな馬車。

そして。

後ろには護衛までいる。

男は沙樹を見ると、深々と頭を下げた。

「初めまして」

「はい」

「私は隣国の商会に所属しております」

「……」

「先日の注文について、直接お話ししたく参りました」

沙樹は嫌な予感がした。

「注文なら、アルベルトさんを通してください」

「もちろん、そのつもりでした」

男は笑った。

そして。

「ですが」

一枚の書類を差し出した。

「我々は五千個ではなく」

沙樹は書類を見る。

そこには。

初回注文 二万個

と書かれていた。

「…………」

沙樹はゆっくり顔を上げた。

「二万?」

「はい」

「五千じゃなくて?」

「はい」

「どうして?」

男は笑った。

「隣国でも、石鹸を欲しがっている商人が多いのです」

沙樹は頭を抱えた。

「……国内だけで五万個あるのに」

男はさらに続けた。

「そして、もう一つ」

「まだあるんですか?」

「はい」

男は穏やかな笑顔で言った。

「王族関係者からも、商品を見たいという要望が出ております」

「…………」

沙樹は固まった。

石鹸。

たった一個、一銅貨の石鹸。

それが。

ついに王族の耳にまで届こうとしていた。

沙樹は遠い目をした。

「私……」

小さく呟く。

「ただ、お風呂に入りたかっただけなんだけどな……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。