斯くして、世界は
古来より、僅かながら「異世界」から迷い込む者があったのは、周知の事実であった。
その異世界から訪れたものは、皆必ず驚くべき異能を持ち、その力で以て偉業を成し遂げてきた。そのため、世界を渡る際に、何かしらの異能を授かるとの仮説が立てられ、長年の事例の蓄積でそれが確信へと変わった頃、国の魔術機関総出で異世界から人材を呼び寄せる方法の研究が始まった。
その研究がようやく形になろうというときに。
魔王と呼ばれる存在が、世界を支配せしめんと活動を始めた。
「―――というわけで、異世界より『勇者』を召喚し、魔王を倒してもらおうというのがこの計画です」
魔術研究院の最高責任者が、会議に集まった面々の前に魔法で「勇者召喚計画」を投影した。そこには大まかな計画内容や、召喚の利点、コストなどの欠点、責任者などの名前が示してある。……発案者の欄には、国王の名が記されていた。
「素晴らしいではないか! 早速進めよう!」
大臣のひとりが、立ち上がって拳を振り上げた。人族で、担当は内政省だ。王に媚びを売る男である。
「……ですが、確実に魔王を倒せる異能を持った者が召喚できるとは、限らないのですよ?」
落ち着いた声が上がる。魔法大臣の女性で、精霊族である。魔術研究院の発表した計画を、誰よりも理解している。
「当たるまで召喚すればよろしかろう!」
「一回の召喚にかかるコストが洒落になりません」
彼女の反論に、今度は別の声が反応した。財務大臣の、犬獣人族の老人だ。
「左様。既に穀倉地帯が魔族の侵攻によって面積を減らしている。税収も減っていく中、何度も不確実な召喚に費やす余裕はない」
彼は現場を自らの足で歩いてきた。その惨状をここに居る誰よりも知っている。これ以上、民を苦しめることは避けたいと思っている。
「だが、一発で当たる可能性に賭けてもよかろう? どうせこのままでは……危うい」
新たに加わったのは、衛生省の最高責任者だ。猫獣人族の彼女は一見冷徹だが、魔王の侵攻が始まって以来、増え続ける死者と怪我人に心と頭を痛めていた。
財務大臣も目を伏せてじっと考え込む。どちらが民のためになるのか、誰にも分らない状態だ。
「……少しよろしいか?」
人族の法務大臣が手を挙げる。彼は周りが頷くのを確認して、立ち上がる。
「……これまで迷い込んできた異世界の民の例をみるに、召喚で呼び出せるのは、魂が完全に己の世界に定着する前の者に限られる。違いますか?」
「……仰る通りです」
魔術研究院の責任者は苦しい顔で答える。法務大臣は頷いて続ける。
「まだ魂が完全に世界に定着していない者。つまり……こどもです」
魔法大臣もゆっくりと頷いた。彼女もその点を密かに問題視していた。法務大臣は周りの出席者たちを見回す。
「こどもに戦わせるというのは、道義上いかがなものでしょうか」
一瞬、静寂。
「だ、だが、これは国が滅ぶかどうかの危機なのですぞ!? 悠長なことは言っていられまい!」
内政大臣が大声を出す。
「異界とこの世界では、暦の定め方も、年齢の定め方も、成人の要件も違う。向こうでこどもであるとしても、こちらでこどもであるとは限らない」
衛生大臣も援護する。
「そもそも異世界の人間を、この世界のために犠牲にしてもいいと?」
法務大臣の疑問に、衛生大臣は反論する。
「ひとりの犠牲で圧倒的多数が助かるのなら、全体として許容すべきだ。それに案外、乗り気でやってくれるかもしれん。今まで異世界からやってきた人間たちの中には、そういう者も多かったと聞く。なら、犠牲になるとは限らない」
「考え方は個人の資質によるでしょう。役目を押し付けることには変わりない」
「こちらの世界のこどもたちが大勢死んでいくのを、黙って見ていろと?」
「大人たちでなんとかすべきという話です」
ふたりの論争は続きそうだったが、響き渡る一拍で静まった。
手を叩いたのは、一段高い席に座っている、国王その人であった。
「各々の意見もわかる」
王はゆっくりと立ち上がった。鳥人族の証である翼がばさりと広がる。
「しかし、私はこの国の王として、国に一番損害の少ない、一番可能性のある召喚に賭けたい」
それはもう、決定事項の宣言のように思えた。参加者たちは一様に黙る。
だが、逆にそれまで一言も発しなかった男が、動いた。
「……発言、失礼つかまつる」
彼は、この国の軍事を司る将軍である。どっしりと、だが引き締まった体躯の、猪獣人族。片目は昔の戦で失われていたが、残る瞳の眼光は鋭い。
誰よりもこの国を守って戦ってきた男のために、王を含め、皆沈黙を守る。
「私の四代前の先祖は、この国の独立のために戦ったいち兵士だった」
数百年前。寿命の長い精霊族にとっては、まだ記憶にあったり、親や祖父母の代。人族よりも寿命の長い獣人族たちにとっては、実感はないがまだ生々しく語り継がれる過去。
その時代、この世界は魔族に支配されていた。
魔族以外は、すべて魔族の奴隷とされていたのだ。
「彼ら、彼女らは、圧倒的な武力を持つ魔族に対し、不屈の精神と、数を頼りに立ち向かった。独立のために。己らの尊厳のために。そして」
将軍は参加者たちの顔を見回す。
「こどもたちのために」
魔法大臣は目を伏せ、息を吐いた。彼女の父は、幼かった彼女の頭を撫で、「お前が平和に暮らせる未来を創る」と言い残して出征した。帰ってきたときは、小さな骨の欠片になっていた。
「祖先たちは誇り高く、勇敢で、強かった。彼らは戦った。こどもたちのために」
法務大臣は力強い眼差しで、しっかりと将軍を見つめている。彼には、まだ幼い、愛する娘がいる。
「彼らの気高い志と尊い血が、この国を作った。私は、彼らの子孫であることを誇りに思っている」
財務大臣は静かに頷き、その言葉を噛みしめる。彼の高祖父母は幼かった曽祖父を残し、共に出征し、高祖母は戦死した。
「それ故に!」
不意に大きくなった将軍の声に、皆の背筋が伸びる。
「いかんのだ! 異世界からこどもを誘拐し! 命を懸けて戦わせるなど! そんな鬼畜生の如き真似をしては……いかんのだ。祖先たちの決意を、気高き遺志を、その誇りを! 踏みにじってはいかんのだ!」
将軍は一旦言葉を止め、また静かに続けた。
「それは、この国を裏切る行為である。それは、祖先を裏切る行為である。それは……誰かのこどもを、親から奪う行為である」
衛生大臣は俯いて唇を噛む。彼女の夫は精霊族で、その兄弟を当時の混乱で亡くしている。義両親が亡くした子を今なお大切に想っているのを、横で見てきた。
「故に。私は、召喚に反対する」
沈黙。
それを破ったのは、勢いを失くした内政大臣の声だった。彼は王に対して卑屈だが、国内の民のことを大事に思っている。
「しかし……それでは、私たちの国が……滅んでしまう」
「滅んでしまえばいい!」
将軍の声に、皆が目を見開いた。
「誇りを失くし、非道に手を染める。そんな国、滅んでしまえばいい!」
誰よりも最前線で国を護ってきた男が、吠えた。
「召喚など、異世界のこどもを奴隷にするのと何ら変わりない! それは過去、我らが祖先を支配した魔族とどこが違うのか!」
内政大臣は俯いた。
「誇りを失わず! 我らの力で我らのために、我らにできることを! 真に『国を守る』とは、そういうことではないのか!」
―――誰も、何も言わなかった。
時間にしては十秒には満たなかっただろう。だが、その静寂は永遠のように深く静かに横たわっていた。
「……私は」
口を開いたのは、王だ。
「王としての務めを、正しく果たさねばなるまいな」
そして決定は告げられた。
☆☆☆☆☆
斯くして、世界は滅びれり。美しく、滅びれり。
(END)
物語は始まらない(どころか終わる)けど、こういう世界、こういう人たちがいてもいいんじゃないかなって思いました。




