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51話【契約】真理の対価

『取引、ですって……?』


レヴィは意外そうに、六つの碧眼を細めた。

絶対的な捕食者に対し、喰われる側の獲物が条件を提示し始めたのだ。それは彼女にとって、道端の石ころが歌い出すのを聞くような、奇妙で、そして酷く胡乱(うろん)な響きを伴って聞こえている事だろう。


「ああ、悪い話じゃないはずだ。あんたにとっても、俺にとってもな」


俺の声には、自分でも驚くほどの落ち着きが宿っていた。


『……続けなさい』


「ありがとう。取引にあたって、前提条件として確認しておきたいんだが、あんたは俺の擬態スキルを欲しがっているが……あんたには何らかの事情で、俺からスキルを奪えない。あっているか?」


彼女は苦しげに、それでいて悦びに震えるような、歪な吐息を漏らした。


『……ふふ、そうね。私の権能をもってすれば、他人のスキルを根こそぎ奪って、永遠に私の所有物《コレクション》に加えることなんて造作もない事だわ。……でも今回はダメなの。どうしても、上手くいかないんだもの』


彼女の長い首が、さらに俺に擦り寄る。湿った、甘い死の香りが鼻を突いた。


『貴方の内側に居る……暴食(ゼブブ)が、私の指先を拒んでるのよ。嫉妬の牙を立てようとしても、あの子が私を睨みつけて、貴方の輝き(スキル)を私に渡すまいと守っているんですもの』


「殺して奪う、ということも出来ないんだな?」


『……私、死者からはスキルを奪えないのよ。そうでなければ……こんなに限界まで我慢なんてしてあげないわ。……ッ! ああ、欲しい! 貴方のその(スキル)が、欲しくてたまらない! 貴方の意志で、私に捧げてくれないかしら……ッ!?』


狂気。

ユニオン最高顧問という管理者の仮面の裏側に隠されていたのは、剥き出しの王の欲望。

だが、その言葉で確信した。結局のところ、俺はまた暴食(ベルゼブブ)という相棒に救われたわけだ。この奇妙な同居人のプライドの高さも、今回ばかりは素直に感謝するしかなかった。


(だが。これで、条件は整った)


俺は自信に満ちた目で、レヴィの強大な瞳を見つめ返す。

死の(ふち)で掴み取った確信。奪えないのなら、彼女は俺の言葉を聴くしかない。


「……いいよ。あんたに、俺のスキルをやる」


俺がそう告げた瞬間、箱庭を支配していた鉛のような重圧が、歓喜の波動へと一変した。

世界が震え、巨大な碧の瞳が、恋する少女のようにキラキラと輝き始める。


『……ッ、本当!? ああ、カイトくん、大好きよ! さあ、今すぐに――』


「いや、それは難しい」


歓喜に沸く彼女の言葉を、俺は冷徹な一言で遮った。


「生肉だが、俺が譲る気でも、内側に居る相棒《ゼブブ》が大人しく頷くとは思えない。あんたの干渉を撥ね除けるあいつが、素直にその牙を引く保証がどこにもないんだ」


レヴィの瞳が、一転して不穏な影を帯びる。俺は構わずに続けた。


「だが、勘違いしないでほしい。相棒《ゼブブ》を説得しての譲渡は難しいが……俺自身の意思で|《《》》貸す|《《》》ことなら出来る。俺はそういうスキルを持っているからな。譲渡ではなく貸与。それでも大丈夫なら、俺の寿命が尽きるその時まで、ずっと貸しっぱなしにしてやる。なんなら俺が死ぬ時に、どうにかしてあんたにスキルが受け渡されるように、手段を模索すると誓ってもいい。……これが、俺にできる精一杯の提案だが、どうだ?」


沈黙が流れる。

Lv 600の神話の怪物が、その莫大な演算能力を用いて、俺の言葉の真偽を測っている。

俺は鬼神紋を熱く脈動させ、一歩も引かずに立ち続けた。

やがて、彼女の口から漏れたのは、箱庭そのものを震わせるような、愉快そうな笑い声だった。


『……ふふ、貸し出し、ね。面白いことを言う子。私の永遠に近い時間からすれば、人間の寿命なんて一瞬の瞬きに過ぎないけれど……。でもカイトくん、貴方も、もう(ことわり)の外に足を踏み出してしまっている。であれば、私たちと同じ悠久を生きることになるのでしょうね? ……ええ、いいわ。その提案、飲んであげる。貴方が生きている間、その輝き(スキル)をずっと私に貸し出してくれるというのなら、今はそれで妥協してあげましょう』


地響きのような威圧感が霧散し、彼女の瞳から狂乱の火が消えていく。

しかし本当の取引は、ここからだ。俺は、自分の中に残った最後の手札を場に晒した。


「だが、これは取引だ。スキルをただで差し出すつもりはない。俺の提示する条件を飲んでもらう」


『スキルを差し出す対価として、私はカイトくん自身の命を保証してあげているわ。それ以上の対価を求めるというのかしら?』


「スキルの貸し出しは、俺が死ねば意味をなくす。このスキルは暴食(ベルゼブブ)の力を使って、数々のスキルを合成して俺が作った、世界に一つだけの結晶だ。俺が死ねば、あんたが二度と同じスキルに巡り合える保証はない。だから、俺の命の保証は取引の前提条件だ。……俺の要求は、別にある」


『ふふっ。私に向かってその不遜な物言い。本来ならブレスの一発でもお見舞いするところよ。でも、貴方を殺したら、スキルが借りられないんじゃ仕方ないわね。貴方の努力の結果つかみ取った正当な報酬という事で、納得しましょう。……それで、何が望み? 貴方の欲しいもの、何でも言ってみなさいな』


俺は勝利を確信し、レヴィから見えない位置で、拳を強く握りしめた。


「俺には、復讐を果たすという目的がある。そのために、一刻も早くダンジョンの外へ出なければならない」


俺は一拍置き、彼女の反応を伺う。


「だが、俺は今や魔物として認知されている。ダンジョンの出口には、侵入者を識別するゲートがあるはずだ。俺がそこに近づけば、外に出る前にセキュリティが起動してしまう。そのセキュリティを欺くために俺は完璧な擬態スキルを作ったんだが……。俺がこの擬態スキルを使ってダンジョンから出る前に、あんたと出会ってしまったってわけだ。……レヴィ、あんたは数々のダンジョンの技術を確立し、自身も転移ゲートを自在に扱っているよな?」


レヴィアタンは、意外そうに目を細めた。


『……なるほどね。つまり、ダンジョンを脱出するための技術をよこせ、ということかしら?』


「ああそうだ。復讐を果たすまで俺は止まるわけにはいかないんだ。ダンジョンを脱出するための技術が俺が求める対価だ。……これが飲めないなら、交渉は決裂。体内でうるさい位に吠え続けてる暴食(ベルゼブブ)と一緒に、あんたの喉元を食いちぎりに行く」


沈黙。

世界が凍りついたかのような静寂の後、レヴィは堪えきれないといった様子で、くつくつと喉を鳴らした。


『……あはっ、あはははは! 素敵よ、カイトくん! 実力差を理解したうえでこれほど啖呵を切れるとは大したものね! ええ、いいわ。復讐? 帰還? そんなの、私にとっては些細な余興に過ぎないもの』


その言葉と共に、彼女の六つの瞳がねっとりと俺の全身を舐めるような、得体の知れない感覚が襲った。


『……でもカイトくん。それだけじゃ、この最高の輝き(スキル)の対価としては、あまりにも貴方の取り分が少なすぎると思わない? もっと無茶なお願いでもいいのよ? 例えば……そう。私のペットになって、一生、この私と一緒に暮らしたい、とかね。……そんなこの世で最も最上の幸運を、貴方に与えてあげてもいいのよ?』

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