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42話※【逃亡者たち】

しばらくタイガとミサキの醜い言い合いが続いた室内だったが、職員たちが力ずくで押さえつけ、ようやく重苦しい静寂が戻ってきた。


「……よし、連れて行け」


蔵善の一言で、この大捕り物は幕を引くはずだった。

ミサキにも魔力封じの手錠をかけられ、レベル70の暴力も、レアスキルの輝きも失ったただの若者。職員たちに引きずられるようにして玄関を出ようとしたその時――ずっと何かを考えるように黙り込んでいたゴウシが、(いびつ)な笑みを浮かべた。


「……ハッ、ハハハッ! ああ、そうだ……思い出したぜ。あのゴミクズが、一丁前に『用心』なんて()かしてやがったな!!」


「何を言っている?」


蔵善が眉を(ひそ)めた瞬間、ゴウシは死に物狂いで職員の拘束を振り払い、玄関の壁際へと飛び込んだ。そこには消火栓を模した、赤いカバーに覆われたボタンがある。


「あいつが……カイトの野郎が、万が一のために用意してた脱出スイッチだッ!」


そこには、かつてポーターだったカイトが、万が一、不意のモンスター氾濫(スタンピード)や大火災などの不測の事態から、仲間を確実に逃がすために、ゴウシやミサキに文句を言われながらもお金を工面し設置していた――使い捨ての緊急脱出用魔法陣が隠されていた。


ゴウシは迷うことなく、カバーのガラスを拳で叩き割り、中のボタンを力一杯押し込んだ。


「これだ……! これさえあればッ!!」


「貴様――ッ!?」


蔵善が手を伸ばすより早く、魔法陣が(まばゆ)い純白の輝きを放った。

カイトが選んだその魔道具は、登録された人物をあらゆる拘束から解放した上で転移させるという、救済機能が付いていた。

皮肉にも、カイトの仲間を想う優しさが、今この瞬間に、自分を裏切った者たちの手錠を粉砕したのだ。


パキィィィィンッ!!!


「やった! 魔力が戻って……!?」


ミサキが歓喜の声を上げる。三人の全身に再びレベル70の圧倒的な魔力が満ち溢れ、破損した手錠は簡単に引きちぎられた。


「さらばだ、老いぼれども! 俺たちは選ばれた英雄なんだよ! 地上のゴミどもに裁かれる器じゃねえッ!!」


眩い光がリビングを包み込み、次の瞬間、三人の姿はそこから消え失せていた。


■ 新宿ダンジョン・ゲート広場


「……なっ、なんだ!?」


「うわっ、どけッ!!」


転移先は、新宿ダンジョン入り口――ゲート広場の真っ只中だった。

ここはカイトが最速でギルドに指示を仰げるようにと設定していた場所だった。


ギルドには、ニュースを見た野次馬や報道陣が何百人と詰めかけていたが、虚空から突然現れた鉄魂(アイアン・ソウル)の姿に、広場は一瞬で(はち)の巣をつついたような騒ぎになった。


「ゴウシだ! 鉄魂の連中が現れたぞ!!」

「恥を知れ! カイトさんを返せ!」

「おい、手錠はどうした!? かけられてたよな? 逃げてきたのか!?」


突きつけられる無数のスマホ、罵声、冷ややかな視線とフラッシュの嵐。

ギルド内すべてが敵に回ったことを悟った瞬間、ゴウシの理性が完全に焼き切れた。


「うるせえええええええええッ!!! どけ、どきやがれッ!!」


ゴウシが【身体強化】を乗せた咆哮を放つ。その衝撃波だけで、近くに詰め寄ろうとしていた記者たちがなぎ倒された。

だが、着の身着のままで逃げ出してきた彼らの手には、使い慣れた愛剣も杖もなかった。


そこで、先ほどまで「もう終わりだ」と絶望していたタイガが、不意に、壊れたように笑い出した。


「……ヒッ、ヒヒヒッ! ああ、そうか……。もう、どこにも俺たちの居場所なんてねえんだな。日本中が敵かよ……。ハハハッ、だったらもう、どうにでもなれよッ!!」


タイガの瞳から理性が消え、ドス黒い狂気が宿る。彼は近くで呆然としていたDランク冒険者の胸ぐらを強引に掴み、その腰から安物のロングソードを強引に奪い取った。


「な、何すんだよッ!」


「うるせえッ! 英雄様が使ってやるっつってんだよ! 光栄に思えよカスがぁ!!」


タイガは奪った剣をデタラメに振り回し、鼻で笑った。


「……、(なまくら)だがねえよりマシか。おいゴウシ! これからどうするんだよッ!? あの場はどうにか逃げ出せたが、もうどこに居たって、俺たちの居場所はすぐに晒されちまう」


「そんな事わかってんだよ!……ダンジョンだ! 人気のない階層まで逃げ込んで、そして誰も見つけていない、神話級のレアアイテムを掴み取ってやる!」


ゴウシの目は、もはや狂気で濁りきっていた。


「いいか、アメリカは冒険者への優遇措置が日本とは比べ物にならねえ。俺たちのレベルとスキル、それに神話級のレアアイテムを手土産に持っていけば、向こうは必ず俺たちを国賓級で厚遇してくれる! こんな俺たちの価値も理解できない国なんか、こっちから願い下げだ!!」


「そうよ……! 私はこんなところで終わる女じゃない。私の美貌とステータスなら、アメリカでセレブをつかまえて、優雅に生活できるわ! 悪いのは全部、あの地味で暗い汚物(カイト)のせいよ! あいつ、死にぞこないのくせに、いつまでも足を引っ張ってきて……ッ!!」


ミサキも、逃げ出すために必死にカメラを睨みつける。

もはや彼らは冒険者ですらなかった。ただの、プライドを拗らせた凶悪な亡命希望者。


「行くぞッ! 地上のゴミ共に()びる必要なんてねえ。邪魔する奴は全員ブチ殺してやる!!」


タイガが奪った安物のロングソードを抜き放ち、ゲートを守る警備兵を弾き飛ばす。不幸なことに、実力のある上位冒険者たちは、最近頻発する階層移動のイレギュラー対応で深層へ出払っており、今の彼らを止められる人間は、この場には一人もいなかった。


「見てろよ、俺は絶対に認めねえ! 俺たちを正当に評価できないゴミ共に、俺たちの人生が壊されてたまるかよ!!」


ゴウシは背後の群衆に向かって中指を立てると、血走った目でダンジョンの闇へと飛び込んだ。

Bランクへの降格。社会的抹殺。迫りくる法の裁き。

すべてから逃げるように、彼らは自ら地獄の口へと吸い込まれていった。


だが、彼らはまだ知らない。

カイトが用意してくれた救済が、自分たちの浅はかで醜い行動によって、更なる地獄を引き寄せる行為になってしまっていたという事を。


そして、今自分たちが飛び込んだダンジョンのさらに深淵から。

自分たちが生贄にしたはずのカイトが、魔王へと至る(かわ)きを抱え、最悪の復讐者として絶望的な速度で上がってきていることを。


「……ククッ、ハハハハハッ!! 待ってろよ世界ッ! 俺たちが真の支配者だッ!!」


ダンジョンの闇に響く、ゴウシの空虚な笑い声。

それが、彼らが戻るべき場所を永遠に失った瞬間であることに、三人はまだ気づいていなかった。

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