37話【記憶】勇者の戦いの日々
彼――アズガルドは、多種族が共存する小さなコミュニティで育った。
その高潔な剣技で様々な偉業を成し遂げ、勇者と称えられるようになった彼は、その功績を祝うために招かれた、聖光教会で催されたパーティの地下会場で、惨劇を目の当たりにする。
余興として殺される異種族の男たち。性奴隷として慰み者にされる、見目麗しい異種族の女たち。
目の前の惨劇に、アズガルドの魂は沸騰した。聖職者を名乗る者たちの卑劣な狂気。その首をすべて跳ね飛ばしたいという衝動が、剣を握る彼の拳を白く染め上げた。
しかし、彼は踏みとどまった。ここで感情に任せて血を流せば、教会はさらなる大義名分を得て、異種族への迫害を激化させるだろう。彼はその高潔な理性で、燃え盛る殺意を無理やり凍りつかせた。
閃光のような速さで関係者全員の意識を刈り取ると、彼は自身の身を削る秘術を用い、囚われていた人々を監視の網から逃がした。
自由を得たはずの彼らから、人間であるアズガルドへ向けられたのは感謝ではない。地を這うような罵声と、憎悪に満ちた唾棄だった。それでも、彼は一度も眉を動かさなかった。
「――尊厳を奪われ、穢されたばかりの人たちだ。同じ人族種として、その怒りを一身に受けるのは、せめてもの義務だろう」と。
それからの勇者の歩みは、虐げられる異種族のために孤独な剣を振るう茨の道だった。時に剣を振るい、教会の暴挙に真っ向から立ち向かい、時に盾となり、弱き人々を守った。
そんな折、彼はラミアの国で、運命とも呼べる少女――リズと出会った。
一目見たその瞬間に、彼の心は奪われた。だが、彼は決してその想いを口にすることはなかった。まだ幼く純真な王女に対し、愛を囁くことも、その白い肌に触れることも自分には許されないと、律していたのだ。
異種族への迫害をなくそうと奔走し、気高くラミアの国を守り抜く彼の姿に、リズもまた惹かれていった。
ふとした瞬間に目が合えば顔を赤らめ、指先が触れれば弾かれたように慌てて離す。そんな、壊れ物を扱うような仲睦まじい日々。
『教会との決着がついたら、この想いをすべて伝えよう』
彼はその希望を胸の奥底に、守り石のように抱いていた。
だが、運命が用意した結末はあまりに無慈悲だった。彼が待ち望んでいた決着の日は、すべてを灰にする全面戦争という最悪の形で幕を開けたのだ。
そして――その記憶の最後に、俺は触れてしまった。
彼が死の淵で、霧散していく意識を魂の力だけで繋ぎ止めてまで守りたかった、ただ一つの、しかし何よりも重い愛の遺言に。
***
《Aランクモンスター:擬態する勇者を捕食……完了》
《経験値を獲得……Lv 134 → 134》
《【人・鬼系】の習得率が上昇しました》
《スキル【勇者の献身】【輝煌斬】【勇者の覚醒】を掠奪……》
《権能【万象変換】により、上位互換スキル【|隠り世の守護《ミスティック-サンクチュアリ》】【|星彩の断罪《ステラ-エグゼキューション》】【|特異点の顕現《シンギュラリティ-フォーム》】を獲得》
【|隠り世の守護《ミスティック-サンクチュアリ》】
効果:守りたい対象の存在を、あらゆる魔術、科学、スキルから完全に隠す。また物理防御、魔法防御を向上させ、生命力を微量回復させ続ける。
【|星彩の断罪《ステラ-エグゼキューション》】
効果:刃が触れた対象の魔力的な繋がりを強制切断する。防壁、再生能力、召喚主との契約――それらすべての線を断ち切り、修復不可能なダメージを与える。
【|特異点の顕現《シンギュラリティ-フォーム》】
効果:ダンジョンのシステム制限を一時的に突破し、短時間、全ステータスを極大上昇させる。
脳内に響く無機質なシステムログ。だが、今の俺にはそれを受け止める心の余裕はなかった。
俺が見つめていたのは、ただ一点。リズの瞳だ。
(……この目は、よくないやつだ)
俺は知っている。今の彼女の瞳は、絶望のあまり魂が肉体を置き去りにしようとしている、今にも自殺しかねない者の目だ。冒険者という仕事をする中で、何度も見てきた目だ。
法王を殺しても、アズガルドの仇を討っても、彼女の心は救われない。
このままでは、アズガルドが命を懸けて繋いだこの命は、今日という日を終えないうちに、自死という形で終わるだろう。
アズガルドの記憶の中にあったのは、執着ではない。
ただ、思いを伝えられなかった無念。そして、それ以上に思っていたのは彼女の未来への祈り。
彼が死の際まで抱えていた、あまりに純粋で、それゆえに酷く重いその言葉。今の彼女を救うには、単なる慰めの言葉じゃ足りない。彼女が信じられる真実と、凍りついた心を溶かす、暖かな記憶を直接刺激しなければならない。
彼の最後まで心に秘めていた言葉を、リズに伝えることは、時として残酷な呪縛になるかもしれない。だが今の彼女には、アズガルドに自分がどう思われていたのか、その真実こそが、明日を繋ぎ止める唯一の楔になるはずだと、俺の中に残る勇者の残滓が確信していた。
(……偽善なのかもしれない。だが、あいつの想いを胃袋に収めた以上、その責任くらいは果たしてやる)
俺は念のため【深淵の共鳴】を飛ばし、周囲にギルドのドローンや他者がいないことを確認した。
そして、獲得したばかりの力【|虚飾の聖殻《ペルソナ-アブソリュート》】を起動させた。
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短かったので、12:00にもう一本アップします




