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33話【隠しエリア】亡国の寝所

### ■第33層:紅蓮の炎が渦巻く終焉の城。


第33層――かつて栄華を極めたはずのラミア種の王城内は、今や見る影もなく瓦礫の山と化していた。深紅の絨毯は炎に()め取られ、崩落した天井からは火の粉が雪のように降り注ぐ。


俺は、冒険者が本来向かうべき第34層へのルートを無視し、城の深部へと足を進めていた。

深淵の共鳴(アビス・ソナー)】――探知の極致にある俺の権能が、意図的に構造から抹消されたかのような|《《》》空白|《《》》を捉えたからだ。


(……見つけたぞ)


そこは、城の中でも特に激しく燃え盛る火炉のような場所だった。

大気が熱で歪み、石造りの壁さえも赤く白熱している。通常の冒険者であれば、まず足を踏み入れない場所だ。仮に挑むとすれば、かなり上位の耐熱装備や、魔導士による二重三重の耐熱結界が不可欠な死域だ。


だが、俺は歩みを止めない。


「……ガア(【氷界の福音(アブソリュート・ゼロ)】)」


俺が呟くと同時に、周囲の熱エネルギーが強制的かつ一方的に奪い取られていく。

荒れ狂う紅蓮の炎は、俺の数メートル手前で蒼白い凍気に屈し、音もなく消失した。炎の中に居ながら、俺の周囲だけが絶対零度の静寂に包まれている。


俺は六本の不可視の腕を突き出し、熱を奪われ、砕けやすくなった巨大な瓦礫を紙屑のように()ぎ払う。壁に隠された煤けたスイッチを強引に起動させると、重々しい音と共に隠し通路が口を開いた。

熱を遮断した通路の先、奥にある巨大な両開き扉を叩き開けると、そこはこれまでの戦火が嘘のように静まり返った、一室の貴人の寝所だった。


そして、俺がその扉を開けた瞬間、停滞していた時間が残酷(ざんこく)な音を立てて動き出したようだ。


そこは、吐き気がするほど醜悪な場面だった。

劇場型ギミックドラマチック・イベント――第三者の介入をトリガーに物語が進行する、ダンジョンの悪趣味なギミックだ。


「……ハァ、ハァ……。やっと邪魔者が消えたな」


部屋の中央。神々しいはずの金色の法衣を纏った|擬態する法王(ミミック・ポープ)が、下卑た笑みを浮かべ、その手に握った魔導杖を振り下ろしていた。

その視線の先には、一人の騎士が倒れている。

擬態する勇者ミミック・ブレイブパーソン

白銀の鎧は砕かれ、その胸部には絶望的なまでの風穴が開いていた。傷口からは魂の残滓が光の粒子となって溢れ出し、もはや死を待つだけの抜け殻と化している。


「アズガルド……っ! ……嫌、嫌よ! 目を開けて!!」


その騎士に(すが)り付き、悲痛な叫びを上げているのはラミアの少女。

彼女を一目見た瞬間、俺の思考は一瞬だけ停止した。


蛇の幼王女(ラミア・プリンセス)

それは傾国(けいこく)の美少女という言葉すら生温い、奇跡のような造形だった。

アメジストのように透き通った、薄紫の腰まで長く伸びた髪が火の粉に揺れ、宝石のように輝く大きな瞳からは涙がこぼれ落ちている。

肌は透き通るように白く、腰から下は美しい鱗に覆われた蛇の身体だが、その鱗一枚一枚がサファイアのように神秘的な光を放っていた。

体高は130センチほど。幼さの残る、平らな胸部を高価そうな布で覆い、絶望に震えるその姿は、あまりにも儚く、そして気高い。


「卑しい蛇の娘よ、ワシが|《《》》救済|《《》》してやる」


法王が杖を突き出し、歪んだ劣情を隠そうともせずに一歩踏み出す。

その顔には聖職者の慈愛など微塵もなく、剥き出しの独占欲だけが張り付いていた。

なによりも醜悪なのは、その金色の法衣の下、股間が聖職者にあるまじき形に膨らんでいることだ。


「ワシの指先で、ワシの言葉で、ワシの全てを使って……その身も心も、神の快楽で調教し尽くしてやる……! 残念だったな、アズガルド。お前の姫は、もうワシのものだ」


「卑怯者! 私を庇いさえしなければ……アズガルドは、お前なんかに負けなかった!」


王女の怒号に、法王は嘲笑で応える。


「勝てばいいのだよ。欲しいものを手に入れるためならば、ワシはどんなことでもやる。ワシの意志は神の意志なのだからな!」


反吐が出る。

劇場型ギミックの干渉により、俺の耳には奴らの言葉が|《《》》意味|《《》》として直接流れ込んでくる。

このクソッタレなシナリオにおける俺の役割は二つ。

法王に加担して、この哀れな王女を蹂躙(じゅうりん)するか、あるいは――。


俺は音もなく、対峙する二人の間へと割って入った。

突然現れた異形の黒騎士に、法王がぎょっと目を()く。俺はそれを無視し、勇者に縋り付いて泣きじゃくる王女に、亜空間から取り出した最高級エリクサーと霊力草(れいりきそう)を無造作に放り投げる。


「え、……これを、私に? 恩に着ます!」


王女は驚愕に目を見開いたが、すぐに俺の意図を汲み取った。彼女は自分の怪我も顧みず、震える手でそれらを勇者の傷口へと注ぎ込む。

だが、手遅れだった。傷自体はふさがったが、勇者の身体から溢れ出す光の粒子は止まらない。致命傷(ロスト・判定)――ダンジョンシステムが下した死の判定は、もはやアイテムごときでは覆せない。

彼女は絶望に顔を歪ませ、俺に向かって叫んだ。


「あなたは何者なの……!? ううん。誰でもいい、お願い! 私の愛する人を殺したあいつを殺して! そうすれば、この『紫晶姫(アメジストプリンセス)』と謳われた私の残りの命、すべてをあなたに捧げます!」


「……ガァ(そんなもの、いらん)」


言葉は話せない。だが、劇場型ギミックを通じて、俺の意思は彼女に直接伝わった。


「では、なぜ? なぜ私の味方をするのです? あいつは大陸最大派閥、聖光教会の法王グレゴリオ三世。汚い手を使ったとはいえ、あの勇者に勝てるほどの魔力の持ち主です。戦えば、あなたも……」


「ガ、ギ(知るかよ。……ただ、俺が気に食わないだけだ)」


その答えに、王女は目を丸くした。

たとえこれがダンジョンのギミックだと分かってはいても、目の前の金ピカの化け物が放つ、あの下劣な(にお)い。

自分より弱い者を踏みにじり、それを神の御名で正当化するその傲慢さ。

かつて俺を突き落としたゴウシたちの顔が、この法王と重なり、俺の内側で黒い感情が沸騰する。


「……どこの誰だか知らんが、ワシの前に立ちふさがるとは不遜であるな」


グレゴリオ三世が、獲物を邪魔された苛立ちを隠さずに杖を掲げた。


「ワシは神の代行者ぞ! この卑しき蛇の娘にあらゆる躾を施し、その魂を浄化してやることこそが、ワシに与えられた聖業。どきなさい、さもなくば貴様も邪教徒として、神の業火に焼かれることになるぞ」


俺は、法王の方――膨らみきった股間を指差し、仮面の奥で冷酷に口角を上げた。


「ゴア(股間を膨らませて、何を偉そうなことをのたまってるんだ? このロリコンくそ坊主が)」


「……何だと……?」


グレゴリオ三世の顔が、怒りでどす黒く変色する。


「いいだろう、異端者め! ワシの神聖な儀式を愚弄(ぐろう)するなど万死に値する! その傲慢な首を、神の雷で叩き落としてくれるわ!」


法王の杖から、どす黒い光が溢れ出す。


(……救済? 笑わせるな)


俺の影から出てきた、六本の魔剣を、不可視の腕が掴み解き放たれる。

その時、ふと俺は、足元に転がっている一振りの剣に目を留めた。

それは、光の粒子となって消えゆく勇者アズガルドが、最期まで握りしめていた白銀の聖剣だ。折れてはいない。だが、主を失いかけているその剣身は、主の無念を映すように悲しく、しかし強く輝いていた。


(……なぜか、こいつが使えって言ってる気がするな)


俺は腰を落とし、縋り付いて泣く王女に、仮面の奥から視線を送った。


「……ガ、ギ(ちょっと、こいつを借りるぞ)」


彼女は涙を流しながらも、俺の瞳に宿る、アズガルドと同じ『誰かを守るための意志』を感じ取ったのか、小さく、だが力強く頷いた。


「……お願いします。どうか、あの男に鉄槌を……っ!」


俺は頷き、聖剣の柄を握った瞬間、俺の漆黒の魔力と、剣が放つ神聖な光が激しく反発し、火花を散らす。

だが、強引に【万象変換トランスミューテーション】の権能でその反発をねじ伏せ、自身の支配下に置いた。


「グオォォォォ!(さて、じゃあ、お前の言う神とやらが、俺より強いかどうか……試してみようか!)」


迅雷纏装(ボルト・アクセル)】の青い火花が、静まり返った寝所に爆発的な殺意を撒き散らした。


「うるさい! 死ねええええええ!!」


法王が叫び、黄金の杖が貯めていた魔力を開放し、眩い光を放つ。


物語(ギミック)(ことわり)を食い破る。

神の代行者に対しての真の地獄が、ここから始まる。

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