表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/55

13話※【英雄たちの賞味期限】

新宿ダンジョン、地上エントランス。

日本最大のギルド新宿総本部の巨大な門から、一組のパーティーが颯爽と姿を現した。


「みんな、見てください! 今日も鉄魂(アイアン・ソウル)は最高に輝いてますよ! チャンネル登録とスパチャ、よろしくね!」


浮ついた声を上げ、最高級の自撮りドローンを躍らせているのはミサキだった。彼女のスマホ画面には、カイトの英雄的な犠牲を美談として受け入れ、それ以上に生き残ったスター冒険者を崇拝する数万人の視聴者たちが、熱狂的なコメントと投げ銭を叩き込んでいた。


だが、ドローンが拾っているのは彼女の営業用の声だけだ。彼らの耳には最新式のクローズド・インカムが装着されており、外部には漏れない仲間内だけの会話が、冷酷に飛び交っていた。


『……チッ、どいつもこいつもカイトの死に様を詳しく教えろってうるさいわね』


インカム越しに聞こえるミサキの毒づいた声。地上で見せている聖職者(ヒーラー)の微笑みとは似ても似つかない、どす黒い本音だった。


「ガハハ! 今日はカイトが消えて初めての探索だ。空気がうめぇな!」


タイガがカメラに向かって豪快に笑った。だが、インカムでは不安を打ち消すように早口で語り続けた。


『……おいゴウシ、あいつ本当に死んだよな? 45層のあの状況なら、Aランクでも助からねぇ。ましてや、あの無能なヘビ鱗野郎が生き残れるはずがねぇ。……そうだよな?』


「ふん、当然だ。……新しい荷物持ち、準備はいいか?」


リーダーのゴウシが、背後に控える一人の青年を振り返った。

新しく雇われた荷物持ちのサトーだった。彼はギルドで太鼓判を押されたBランクのポーターだ。実績もあり、体力も申し分ないはずの彼だったが、出発前の時点でその顔は引きつっていた。


理由は単純だ。荷物の量が、異常だったのだ。


通常、高ランクパーティーほど装備を厳選し、身軽さを優先する。だが鉄魂は違う。

映えを気にするミサキは大量の化粧道具や着替えの予備を、見栄を張りたいゴウシたちは必要以上の高級ポーションや予備の重装備を、すべてサトーに押し付けたのだ。


「……あの、ゴウシさん。これ、マジックバッグ四つでも容量が……。それに重量軽減の魔法付与が追いついていません」


「あ? 何言ってるんだ? カイトは文句一つ言わずに、これの倍以上の荷物を持って平気な顔をして歩いてたぞ?」


サトーは戦慄した。この異常な物量を、かつての無能と呼ばれた男は一人で管理していたというのか。


「わ、分かりました! 精一杯頑張ります」


「ふん、これでも大分厳選したからな。当然だろう。……行くぞ、今俺たちの本当の実力を配信で見せてやる」


ゴウシは鼻で笑った。だが、その瞳の奥には拭いきれない焦燥が滲んでいた。

カイトを奈落に突き落としてから数日、夜になるたびにあいつの無機質な瞳が脳裏をよぎる。生きているはずがない。そう自分に言い聞かせているために、彼は虚勢を張り続けていた。


今回の目的は、前回カイトを置き去りにした35層まで降り、あいつの最期を確認することだった。

だが、新人のサトーはまだ30層の転移ゲートに情報を登録していない。

本来なら一気に30層まで飛びたいところだが、ゴウシは苛立ちを抑えて計画を告げた。


「チッ、新人がゲートを未登録じゃ仕方ねえ。まずは1階のメインゲートから20層へ一気に飛ぶぞ。サトーの肩慣らしも兼ねてな。そこから35層を目指す」


彼らはギルドの大型転移陣に乗り込み、一瞬にして20層のセーフティエリアへと転送された。


ドローン配信は、本来ならカイトの件を隠蔽するために避けたかったが、視聴者からの要望とギルドからの厳命により、断ることはできなかった。


――35層で不都合な場面に出くわしたら、魔物の攻撃でドローンが故障したことにすればいい


ゴウシはそんな浅薄な計画を仲間に共有していた。

自分たちは強くなった。あのお荷物が消えたことで、本来のAランクの力が発揮できるはずだ。そんな根拠のない全能感に酔いしれながら、彼らはダンジョンの奥深くへと足を踏み入れいた。


その中で唯一、ユイだけが魔導杖を握りしめ、青ざめた顔で足元を見つめていた。


(……カイト。この杖、こんなに重かったかな。魔力の流れが、全然スムーズにいかない……)


彼女は、カイトが自分の指を傷だらけにしながら杖を磨き上げ、魔力回路を最適化してくれていたことを思い出していた。カイトがいた頃は、ただ願うだけで魔法が発動した。今は、泥水を啜るような不快な魔力抵抗と戦わなければならない。


「……もし、カイトが生きていたら。……ううん、生きていてほしい。会って、ちゃんと謝らなきゃ……」


ユイの消え入りそうな呟きは、ゴウシの怒声にかき消された。


***


■新宿ダンジョン20層。


通常、Aランクパーティーである彼らにとって、ここは散歩コースに等しいはずの場所だ。

だが、探索開始からわずか2時間。彼らの優雅な配信には、隠しきれない苛立ちと不協和音が混じり始めていた。


「……おい、サトー! ポーションだ、早くしろ!」


ゴウシが苛ついたように叫ぶ。ゴブリンの群れを蹴散らした際にかすった程度の傷。だが、常に完璧な自分でありたい彼にとって、その程度の不快感も許せなかった。

いつもなら、カイトが言われる前に最適なタイミングで差し出していた回復薬だ。


「す、すみません! ええと、どのバッグに……あっ、これじゃない、こっちだ……!」


サトーが四つのマジックバッグをパニックになりながら漁る。

容量50L程度の低級バッグは、中身が整理しにくく、取り出すのにも時間がかかる。


「遅えんだよ! ……あ? なんだこのポーション、魔力の密度が落ちてねえか?」


「えっ、そ、そんな……」


サトーは震える手でバッグを抱え直した。その時、彼はこのパーティーの異常性に気づき、愕然とした。

本来、ギルドの探索ガイドラインでは、戦闘後のアイテム回収や魔石の拾得は、いつ突発的な戦闘が発生するか分からないため、パーティー全員で協力して行うことが強く推奨されている。


サトーがこれまで渡り歩いてきたBランクやCランクのパーティーでは、それが当たり前だった。

前衛も後衛も、戦闘が終われば周囲を警戒しながら共に腰を屈め、魔石を拾い、素材を回収した。それが命を守るための連携だったからだ。


しかし、この鉄魂(アイアン・ソウル)はどうだ。


ゴウシとタイガはドローンに向かって、視聴者に自分の武勇伝をだべっているだけだ。ミサキは自撮りドローンの角度を確認し、崩れてもない化粧を直している。ユイも装備に不備があるのか、ずーっと自分の杖を見つめているだけだ。

彼らにとって、泥にまみれて魔石を拾う作業は自分たちの手を汚すに値しない雑用であり、荷物持ちにすべて押し付けて当然の仕事だという態度だった。


(……おかしい。一人で出来る仕事の量じゃないぞ、これ)


散らばった無数の魔石。剥ぎ取らなければならない素材。それらをすべて一人で処理させながら、同時に「ポーションをよこせ」「装備が汚れたから綺麗にしろ」「ドローンの充電を確認しろ」と矢継ぎ早に要求が飛んでくる。

周囲の警戒も誰もやっていないため、サトーが荷物を漁っている間、背後から突然魔物に襲われないか、気が気でない。


(これが、Aランク……? 違う。こいつら、自分たちがどれだけカイトという|《《》》異常《《》》な荷物持ちに仕事を肩代わりさせていたのか、これっぽっちも理解していないんだ!)


サトーの背中に、嫌な汗が流れた。カイトという男がこの劣悪な環境でどれほどの神業をこなしていたのか。それを察した瞬間、サトーはこのパーティーの未来に、底知れない恐怖を感じずにはいられなかった。


「チッ、荷物持ちはやっぱり全員使えねえな……。おいタイガ! さっさと次の群れをまとめろ!」


「おうよ! ……って、おい。なんか鎧が重くねえか?」


タイガが困惑したように肩を回した。

カイトがいた頃、彼はタイガの鎧の重心をミリ単位で微調整し、タイガの負担を最小限に抑えていた。だが今は、ただの実績ある新入りが後ろを歩いているだけだ。

タイガの体力は、カイトがいた頃の倍以上の速度で削り取られていた。


『もう、二人ともカイトカイトってうるさいわね!』


ミサキが自撮りドローンの角度を気にしながら吐き捨てた。


『あんな陰気で、いつも這いずるように後ろを歩いてたお荷物、いなくなって清々したわ。見てよ、今の私たちの華麗な姿! 視聴者だって、あんなヘビみたいな男より、私たちが活躍する方が喜ぶに決まってるじゃない』


彼女にとって、カイトは自分の美しさを引き立てるための背景ですらなかった。


***


不協和音は、20層のエリアボス『オーク・ジェネラル』戦で爆発した。


「ちょっとタイガ! 何やってるのよ! こっちに敵が来てるじゃない!!」


ミサキの悲鳴が、湿った洞窟内に響き渡る。

彼女の目の前には、剣を構えた三体の「オーク・ソルジャー」が迫っていた。ミサキは聖職(ヒーラー)であり、アンデッド相手ならともかく、生身の魔物に対する攻撃手段をほとんど持たない。


「おかしいな……!? ちゃんとスキルを使って盾を構えて待ってるのに、なんで俺を素通りするんだ!?」


タイガが苛立ちまぎれに大盾を地面に叩きつける。彼は自身の持つ上級の挑発スキルを、クールタイムが終わるたびに乱発していた。

だが、オークたちは一瞬彼を振り返るだけで、すぐに見向きもしなくなった。 いつもなら、彼が盾を構えて仁王立ちしていれば、魔物は吸い寄せられるように彼へと突っ込んでいった。それが当たり前だと思っていた。


「……やっぱりカイトが言ってた、モンスターのフェロモンで、ヘイト管理してるって言ってたの本当だったんだ」


ユイの震える声は、戦闘の喧騒にかき消される。彼女はうすうす勘づいていた。

カイトは単なる荷物持ちではなかった。

地形、風向き、魔物の習性――そのすべてを完璧に把握し、自分たちがただ立ってスキルを撃つだけで勝てるように、戦場のすべてをお膳立てしていた影の指揮官だったのだと。


画面の向こうでは、配信を見ていた熟練の探索者や一般の視聴者たちが一斉に冷ややかなツッコミを入れ始めていた。


『おいおい、タイガの挑発範囲ガバガバすぎだろ。誰を煽ってるんだ?』

『カイトがいた時は、魔物が勝手に吸い寄せられてたから、タイガって挑発使うの、むしろ上手いなって思ってたのに……』

『再使用のラグ計算してないから、後衛まで敵が抜けてるじゃん。本当にこれでAランクか?』

『はっきり言ってDランクの俺より、へたくそwwwww』


「うるせええええ!! 画面の向こうでゴチャゴチャぬかしてんじゃねえぞ、カスどもがっ!!」


挑発スキルの不発と、視聴者からの図星な指摘。タイガは顔を真っ赤にしてドローンに向かって怒鳴り散らした。その怒りでさらに冷静さを欠いた彼の盾は、もはや何の役にも立っていなかった。


画面の端に映るゴウシも、タイガ同様ひどい立ち回りだった。


「ミサキ、回復だ! 早くしろ!」


ゴウシが剣を振り回すが、その動きは素人目にも分かるほど雑だった。 索敵をカイトに任せきりだったせいで、影から飛び出す奇襲に反応できず、すでに肩から血を流している。


「回復なんて自分で行いなさいよ! 私は今、自分の身を守るだけで精一杯なのよ!!」


ミサキは自撮りドローンの角度を気にしながら、必死にオークの剣を避けていた。

画面の向こうでは、


『あらら、ゴウシもひどいねww 鉄魂ってこんなに弱かったっけ?』

『ミサキちゃん、顔が引きつってるのもカワユスww』

『さっきも思ったけど、カイトがいた頃の方が、もっと動きがキレキレだった気がするんだが……』

『っていうか、装備のメンテナンスもしてないの?』


という冷淡なコメントが流れ始めている。


「おい! サトー! 予備の剣を出せ! 早く!!」


タイガが叫ぶが、新しく加入したばかりの荷物持ち、サトーにはそんな余裕はなかった。

カイトなら、次はこの装備がダメになると予測し、言われる前に手元へ差し出していた。だがサトーは、重すぎるマジックバッグを漁るだけで精一杯だ。


「ええと、剣は……ああっ、このバッグじゃない! 敵が後衛まで素通りな状況で、自分の身も危ないのに、どうやって荷物を漁れって言うんだよ……手が震えて……!」


「グアアアアア!!」


その時だった。

ゴウシが自分の映えを優先して放った大技の余波で、周囲の魔物をさらに呼び寄せてしまったのだ。 増援のオークたちが、守りの薄い後衛へと殺到する。


「……あ」


サトーが小さく声を漏らした。

ゴウシは自分の保身のためにミサキを庇って後退し、タイガは無視され続ける敵に混乱して立ち尽くしている。ユイは一人でオーク・ジェネラルの相手をさせられ、いっぱいいっぱいだ。

誰も、荷物持ちを守るという|《《》》当たり前《《》》の行動を取らなかった。


「助け――」


サトーの言葉は、オークの巨大な棍棒によって遮られた。

鈍い音と共に、サトーの身体が地面に叩きつけられ、その上に無数の魔物が群がる。


「キャァァァァァァァァァァァァァァ!! 死んだ! 荷物持ちが死んだ!!」


ミサキの絶叫が配信に乗り、視聴者数は爆増する。だが、それは称賛ではなく、彼らの無能を嘲笑う野次馬の数だった。


「……くそが! 逃げるぞ! Aランクパーティーが20層で全滅なんて、洒落にならない!」


ゴウシが情けなく叫び、帰還石を叩き割った。

背後では、生贄(サトー)の肉を貪るオークたちの咀嚼音が響いている。だが、今のゴウシに他人を顧みる余裕など微塵もない。サトーが食い散らかされているおかげで、自分たちに追撃が来ないことを幸運とさえ思いながら、青白い転移の光が彼らの醜態を包み込んだ。


彼らがお荷物と呼んで切り捨てたカイトが、どれほど完璧に彼らの戦闘に貢献し、命を守り続けていたか。 それを骨の髄まで理解するには、まだ少しだけ、絶望が足りなかった。


転移が完了する直前、ゴウシの耳に届いたのは、視聴者たちの冷酷な真実の声だった。


『荷物持ちを見捨てて逃げるAランク、初めて見たわ』

『今までカイトがいた時は、誰一人、大した傷負わなかったのにな』

『ねえ? 俺気づいちゃったんだけど! カイトってさ、自分たちが逃げるための生贄にされたんじゃ……』

『それ、俺も思った!』

鉄魂(アイアン・ソウル)? 鉄の魂じゃなくて、鉄の面の皮の間違いだろ』


光が消え、彼らが新宿ギルドの帰還ロビーに姿を現したとき、そこには称賛の拍手も、英雄を労う声もなかった。

あるのは、ただ一つ。 自分たちがゴミだと蔑んでいた男がいなければ、自分たちがゴミ以下であるという、残酷なまでの証明だけだった。


彼らはまだ知らない。 命を繋ぐために投げ出したお荷物の代償が、自分たちの命そのものよりも高くつくことになるのを。 そして、その|《《》》支払い|《《》》を、奈落から這い上がってきた怪物が直接取り立てに来ることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ