11話【加速】奈落の晩餐会(後編)
新宿ダンジョン第45層。
漆黒のフルプレートアーマーの中で、俺の肉体は歓喜に震え続けていた。
もはや人間としての休息など不要だ。暴食の王の権能の一つ【飢餓の支配】で魔物を喰らえば喰らうほど、俺は自身のスタミナ、魔力、負傷を瞬時に完全回復させ、その他の食事や睡眠は一切不要になり、俺は不眠不休のまま、獲物を求め続けた。
【真理の眼】が捉える色彩豊かな魔力の奔流。壁の向こう側、岩盤の隙間、そして奈落の闇に潜むあらゆる命が、俺にはただの献立表に見えていた。
(……いた。数だけは多いな)
俺は地を蹴った。
鎧の継ぎ目から青白い放電が走り、俺の肉体は音を置き去りにして加速する。
修行の第一段階は、基礎の徹底的な補強だ。
天井を埋め尽くすBランク:ソニック・バットの群れ。
数百、数千という不可視の超音波の刃が、嵐のように俺を切り裂こうとする。だが、エピタフの視界は空気の振動すら鮮やかな熱源図として可視化していた。
(回避など、時間の無駄だ)
俺は【迅雷纏装】を最大出力で解放した。
鎧全体が青白い電磁の網となり、接触するコウモリを一瞬で消し炭に変えていく。墜落する黒焦げの肉を、俺の影から伸びた闇の触手が次々と啜り上げていった。
次に現れたのは、床一面を覆い尽くすBランク:マナ・ヒルの群体。
冒険者の魔力を吸い取り、魔法そのものを無効化する厄介な魔物だ。奴らは俺の強力な魔力波形に惹かれ、貪欲に群がってくる。
(吸えるものなら、吸ってみろ。……その代わり、俺もお前たちの存在を吸い上げてやる)
俺はあえて、ヒルの群れに自分を飲み込ませた。
直後、【暴食の王】を内側から発動。
俺の魔力を喰らおうとしたヒルたちは、逆にその核ごと俺の胃袋へと強制吸引された。
脳内に響くシステム音が、俺の魔法耐性が際限なく向上していくことを告げた。
足元を這うスライムたちは、もはやおやつ感覚ですらない。歩くついでに踏み潰し、その残滓を吸収する。経験値は微々たるものだが、積み重ねることで「+値」という名の狂気へと変わっていく。
(次はメインディッシュだ)
基礎が整った次に行うのは、絶対的な特性の獲得だ。
回廊の中央に鎮座するAランク:魔鋼食い。
全身が希少金属の鱗で覆われ、物理攻撃を一切通さないイグアナのような深層の門番。だが、俺が手を伸ばすと、その鱗はまるで熱したナイフを通されたバターのようにドロドロに溶け始めた。
【魔導溶解腐食液+7】
金属を喰らう魔物の装甲すら、俺の分解液にとってはなんの抵抗もない。俺は抗うイグアナの首を掴み、その内側から胃袋までを強酸で焼き溶かして収穫した。
次に襲いかかってきたのは、極彩色の羽を持つAランク:ケツアコアトル。
羽毛ある蛇、凶悪な石化ブレスの使い手だ。
蛇が放った灰色の息吹が、俺の黒い鎧を白く染めていく。
「……グガ?(……それがどうした?)」
不定形の流体であり、すでに人間を辞めている俺に石化という生物的ルールは通用しない。
石化した表面を内側から強引に剥がし、俺は【金剛破壊剛力】でその翼を根元から引き千切った。
絶叫を上げる蛇を、生きたまま闇の底へ放り込む。
再戦となる|ディープ・ウォッチャー《深淵の監視者》やグラトニー・コングも、今やただの栄養源だ。
かつて死闘を演じた相手を、エピタフの未来予測で一瞬のうちに急所を貫き、機械的に処理していく。
10日間。俺は一秒の休みもなく喰らい続けた。
俺のステータスは、もはやギルドの測定不能領域へと足を踏み入れていた。
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【捕食収穫リザルト】
現在レベル:Lv 98
基本能力: Sランク相当(出力の安定性はSSランクに肉薄)
主要スキル:
【超再生組織+9】アシッド・スラッグとスライム計600匹以上の捕食。もはや原型を留めぬ再生力。 【魔導溶解腐食液+8】アシッド・スラッグ300匹以上の捕食。神の金属すら溶かす、極致の分解能力。 【衝撃分散(軟体)+9】アシッド・スラッグとスライム計600匹以上の捕食。どんな衝撃を受けてもびくともしない。
索敵スキル:
【真理の眼+3】ディープ・ウォッチャー22体を捕食。世界がスローモーションに見える。 【深淵の共鳴+6】ソニック・バット150以上捕食。音波と振動による空間把握。
移動スキル:
【捕食者の潜伏+3】ファントム・ストーカー18体捕食。魔力波形と気配の完全消去。 【迅雷纏装+4】雷猪47体捕食。高速移動と身体反応の極限化。 【三次元適応歩法+5】アビス・スパイダー計70体以上体捕食。壁、天井、空中の足場を自在に駆ける。 【空中機動+2】ケツアコアトル11体捕食の因子による空中姿勢制御。
強化スキル:
【金剛破壊剛力+3】グラトニー・コング28体捕食。質量攻撃の極致。絶対的な力。 【金剛鉱殻+5】ミスリル・ビートルと魔鋼食い計70体以上体捕食。鱗とミスリルを統合した、動く要塞の皮膚。絶対的な防御。 【魔力暴食+7】マナ・ヒル300匹捕食。触れるだけで魔力を吸収する。魔法として発動した魔力ですら分解吸収可能。自身のMPに変換。絶対的な魔法防御。
その他スキル:
【奈落の魔糸+5】アビス・スパイダー70体以上捕食。1本でジャンボジェット機を釣り上げられる強度を持つ。 【万象咀嚼+4】魔鋼食い32体捕食。鉱物なども分解・消化可能な能力。 【万象濾過+7】スライム300体以上捕食。有機物だけでなく、毒・麻痺・石化・即死・呪いを含めた魔法的な汚染物質を分解・吸収する。敵が放ったバフ消しや精神汚染すらも、カイトにとっては美味な栄養源へと格下げされる。
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そして様々な魔物を取り込んだ結果、鎧の可動部から覗くその中身は、悪夢を形にしたような色彩を呈している。
ミスリルと魔鋼を溶かし込んだ鈍い銀色の流動金属。それが肉体の土台となり、その中をグラトニー・コング由来の赤黒く肥大した筋繊維が、まるで高圧ケーブルのようにうねり、のたうち回っている。
さらに、その銀と赤黒の混沌の隙間には、数百の瞳が埋め込まれていた。 エピタフを司る大小無数のルビー色の瞳孔が、独立して高速で瞬きを繰り返し、鎧の隙間から外の世界を執拗に監視している。
漆黒の装甲の継ぎ目からは、常に蒸気がシュウウウ、と耳障りな音を立てて噴き出している。 雷猪の電磁エネルギーと、マナ・ヒルの魔力暴食が肉体の中で臨界点に達し、銀色の粘液を常に沸騰させているのだ。
肉体の隅々には、アビス・スパイダーの超硬銀糸が神経網として張り巡らされ、血液代わりの魔導溶解液を全身へと循環させていた。
鎧はもはや装備ではない。
内側の異形が装甲の裏側を侵食し、自身の肉体と完全に同調させている。 呼吸をすれば鎧全体が生き物のように収束し、腕を動かせば人工筋肉の駆動音と、液体金属が擦れる金属音が不気味に共鳴する。
(……ああ。これだ。この感覚だ)
バイザーの奥、血の通った顔があった場所には、今や爛々と輝く数多の瞳が、万物の理を視透かすためにひしめき合っている。
俺が出す声は、もはや一人の人間のそれではない。
捕食した魔物たちの咆哮、金属の軋み、そして沸騰する粘液の音が何重にも重なり合った、深淵からのノイズだ。
「……ギ、ガ……ガガ……」
もはや、この第45層に俺を阻むものはほとんど存在しない。
出会う魔物はすべて、俺の視線が触れた瞬間に食材へと格下げされる。
だが、フロアの最奥。
45層の門番『ギロチン』が鎮座するその手前、濃密な魔力の霧が渦巻く一角で、俺は|《《》》それ|《《》》を見つけた。
45層の暗闇の中、唯一、冷徹な殺気を放ちながら闊歩する孤高の捕食者。
Sランク:ソードパンサー。
しなやかな漆黒の体躯。
その背から生える毛髪や、剥き出しになった関節の骨が、一瞬で超振動を帯びた漆黒の刃へと変貌する。 万物を斬り裂き、概念すら切断すると言われる、刃の獣。
俺はバイザーの奥で、数多の瞳を細めた。
今の俺は、防御も、速度も、索敵も、圧倒的な土台も手に入れた。
だが、復讐を完遂するために足りない最後のピース。
それは、|《《》》裏切り者|《《》》たちの栄光も誇りも命も、一瞬で根こそぎ断ち切るための絶対的な攻撃手段。
(お前を喰って、俺の剣にする)
ソードパンサーが、青白い瞳で俺を射抜く。
その殺気だけで、周囲の岩壁が細かくひび割れ、砕け散った。
(さあ、これが本当のメインディッシュだ。……一かけらも残らず、喰らい尽くしてやる)
俺は【迅雷纏装】を最大出力で起動。
青白い雷光を撒き散らしながら、俺は最強を完成させるための最後の一歩を踏み出した。




