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1話【配信終了】奈落に売られたお荷物

『新宿大ダンジョン第35層:極北の静寂』


浮遊する四つの高性能撮影ドローンが、幻想的に輝く氷の洞窟を映し出していた。

配信画面の右側では、10万人を超える視聴者が放つコメントが滝のように流れ落ちている。


『キタキタ! 鉄魂アイアン・ソウルの35層・未踏破エリア攻略配信!』

『20年前の大惨事以来、誰も届かなかった領域だぞ……胸熱すぎる!』

『ゴウシさんマジ勇者。聖剣【天照(アマテラス)】光りすぎw』

『ミサキちゃんの【慈愛の聖光】エフェクト豪華すぎて草。やっぱSランク候補は違うわ』

『……てか、画面の端っこに映ってるアイツ、何?』

『あー、いつものお荷物カイトねw 今日も後ろでモジモジしてて草』


カメラの主役は、光り輝く白銀の鎧を纏い、明るく染めた髪を短めに刈り揃えた、リーダー・ゴウシ。

その隣には、聖女のような清廉な美しさを持ち、長い黒髪を揺らすヒーラーのミサキ。

その後ろには、身長2メートル近い巨躯をフルプレートに包み、岩壁のような大盾を構える、重盾使いのタイガ。

最後は、ショートカットの金髪を風に遊ばせ、軽装の魔導衣を纏った風魔法使いのユイ。

彼ら、エリート幼馴染四人の華やかな姿だ。


俺――カイトは、画面の隅で巨大なマジックバッグを背負い、彼らの戦いを黙って見つめていた。


「おいカイト! ボヤボヤすんな! ミサキのマナ・ポーションが切れただろ、早く持ってこい!」


ゴウシの怒号が響く。彼は聖剣【天照】で氷のゴーレムを豪快に両断しながらこちらを睨みつけた。


「わ、分かってる! 今いく!」


俺は背負った重荷を揺らしながら、戦場を縫うように走る。

視聴者には、俺がただポーションを運ぶパシリに見えているだろう。だが、実際は違う。俺はユニークスキル【適応吸収】で得た『地走る蜘蛛の感覚受容器』を足裏に発現させ、摩擦係数を操作して滑りやすい氷上を平地のように駆けていた。

 

さらに、左手では『迷彩蜥蜴のフェロモン』を絶妙なタイミングで散布し、モンスターのヘイトを、防御力に優れた大盾使いのタイガへと集中させている。


俺はただぼーっとしているわけではない。14歳の覚醒以来、ハズレ判定された【適応吸収】をなんとか使いこなし、彼らが戦いだけに集中できるよう、ヘイト管理、索敵、バフ維持のすべてを裏方として完遂してきた。

レベル55の平均値を誇るAランクパーティー鉄魂において、レベル40の俺が生き残るために、積み上げてきた技術だ。

だが、それを言っても信じる者はこのパーティーにはいない。


「はい、ミサキ。特級マナ・ポーションだ」


「……触らないで。そこに置いて」


ミサキは俺を汚物を見るような瞳で一瞥し、ポーションをひったくった。

彼女の瞳には、かつて幼馴染として笑い合っていた頃の温もりは一片もない。あるのは、生理的な拒絶だ。


「あんた、その首の……鱗みたいなの、隠せないの? 配信に映ったら不快だってコメント来てるんだけど」


「ごめん。これ、今の加温結界の維持には必要な変異で……」


俺の【適応吸収】は、魔物の器官を体に取り込み、その力を再現するユニークスキルだ。

そして世間ではハズレの代表格とまで言われているスキルでもある。

それはどれほど強力な魔物の器官を体に取り込もうと、発現する力はその魔物が持っていたスキルの超劣化版コピーに過ぎないからだ。元の威力の数分の一も出ればいい方で、まさに雀の涙ほどの恩恵だ。


それなのに、対価(コスト)としての《異形化》だけは一人前に発生する。体の一部が変異して、魔物の特性が出てしまうのだ。


ミサキに嫌われたくない。その一心で、俺は全身がバケモノに作り変わってしまうような強力な魔物の吸収をずっと拒んできた。 たとえ強力な個体を喰らっても、得られるのはカスみたいなスキル。それならば、せめて人としての形を保ち、彼女の隣にいたかった。


だが、この35層の極寒は、エリートである彼らの命すら容易く奪う。

俺は、首筋に醜い青白い鱗が生える異形化をあえて受け入れた。これほど気味悪がられる見た目になってまで得たスキルは、周囲の温度をわずかに上げるだけの、氷龍の稚児が持つ力の残滓のような微弱なものだ。

それでも、ミサキたちの体温を維持するためには、このゴミスキルが必要だった。 嫌われるのを承知で、彼らを死なせないために、俺は人間の部分を削り続けてきたのだが……。


『うわ、カイトの首きも……』

『あれ絶対、人間に戻れなくなっていくタイプだろ』

『いくらユニークスキル持ってたってな……。ホント鉄魂の唯一の汚点だよ。アイツさえいなきゃ、このパーティー最高なのに』


ドローンが捉えるコメント欄は、今日も俺への誹謗中傷で溢れている。

ゴウシがカメラに向かって、爽やかな笑顔で剣を掲げた。


「みんな、見ててくれ! ここを抜ければ、いよいよ俺たち鉄魂が日本のトップに王手だ。20年前の惨劇で失われた、人類の栄光を取り戻す第一歩。幼馴染のお荷物を一人抱えてても、これだけの戦いができるってことを証明してやるよ!

……お? 荷物持ちのカイトを、俺たちがお荷物として抱えるって、俺、今上手いこと言っちゃったか?」


おちゃらけて、平気で幼馴染を笑い者にするゴウシ。

かつては45層まで到達していた日本の冒険者勢だが、20年前の大惨事でトップ層が全滅して以来、攻略の前線は35層付近で停滞している。ゴウシたちは、その停滞した現代のトップに立とうとしていた。


配信の同接数は一気に15万を超える。調子に乗ったゴウシは、俺の制止も聞かずに奥へと突き進む。


「待って、ゴウシ! そっちの通路、床の色が違う。これ、トラップの……」


「うるせえ! 無能は黙って後ろを付いてこいって言っただろ!」


ゴウシは俺の腕を振り払い、床に刻まれた不自然な紋章を力強く踏み抜いた。


カチリ、と。

冷酷な音が回廊に響く。


「……あ?」


ゴウシの足元から、禍々しい紫の光が噴出した。

それは通常のトラップではない。ダンジョンそのものが侵入者を排除するために用意した、最悪の転移トラップ。


「転移トラップ……!? 嘘だろ、この層にはないはずじゃ――」


次の瞬間。

バキィィィィィィィィィン!!

空間が割れるような爆音。衝撃で空中のドローンが次々と壁に叩きつけられて粉砕される。


「ア、…ガ……ッ!?」


「キャアアアアア!!」


……

強烈な閃光の後、静寂が訪れた。

配信は完全に途絶え、俺たちが立っていた氷の回廊はどこにもなかった。


立ち込めるのは、鼻を突くような鉄錆びと腐肉の臭い。

天井を見上げれば、巨大な生物の肋骨のような梁が不気味に広がり、壁には無数の顔が苦悶の表情で彫り込まれている。

壁は乾いた肉のような色をしており、四方には無数の冒険者の武具が、白骨化した死体の山と共に転がっていた。


「な、なんだよここ……。おい、ドローンはどうした!?」


ゴウシが狼狽える。撮影機材はすべてスクラップと化し、光源は壁に灯されたどす黒い燐光のみ。


そして、闘技場のような広間の中心。

そこには、おぞましい《なにか》が座していた。

全長四メートルを超える、錆びついた黒鋼の甲冑。

だが、その首から上には何もない。ただ、断ち切られた断面から、どす黒い魔力の霧が噴水のようたなびいている。


最も異様なのは、胸部だ。

鎧の胸当てが縦に大きく裂け、そこには人間を丸呑みにできるほどの巨大な口が存在していた。不揃いな黄色い牙が並び、喉の奥からは「ギチ、ギチ……」と硬いものを噛み砕くような不快な音が漏れている。


「……う、嘘だろ。なんだよあの化け物……」


誰も、目の前の魔物の正体がわからず、ただその威圧感に気圧されていた。

だが、カイトだけは、その正体を知っていた。

かつてPTのみんなの為に調べたモンスターの特徴や弱点。

その中で、20年前にSランクパーティーを壊滅させた禁忌の魔物として、公式記録から抹消された死神の姿を。


「……みんな、聞いてくれ。そいつは……20年前のあの大惨事を引き起こした、45層のネームドモンスターだ」


「45層……!? 10層も飛ばされたっていうのかよ!」


「……指定災厄種、ランク測定不能。死を司る処刑人。固有名はギロチン・レクス。レベルは……99以上(オーバー)だ」


カイトの言葉に、場が凍りついた。


「俺たちでは勝負にならない。挑むのは、ただの自殺行為だよ」


「きゅ、99以上……!? バカな、そんなの……」


ゴウシの顔から血の気が引いた。

絶望的な事実。

聖剣の輝きすら、この深淵の暗闇には届かない。


ドサリ、と。

重厚な足音が響く。処刑人が、巨大な大斧を引きずりながら、ゆっくりとこちらへ歩き出した。


「ギ、……ギギギ……アガ……」


胸部の裂けた巨大な口から漏れるのは、魂を削るような咆哮。


「ヒッ、……あああ……!!」


その圧倒的な捕食者のオーラに、ゴウシの膝がガクガクと震え始める。聖剣を持つ手が震え、ミサキは恐怖のあまり杖を落とした。大盾使いのタイガが腰を抜かし、風魔法いのユイは震えて魔力を練ることすらできない。

ネームドの咆哮が空気を震わせるだけで、彼らの戦意は完全に粉砕された。


帰還石(リターン・ストーン)だ! 早く使え!!」


ゴウシが震える手で懐から青い石を取り出す。

だが、帰還石は万能ではない。使用してから転移が発動するまでには、約10秒間、意識を集中して無防備な状態で待機しなければならない。

ネームドのような強敵の前での10秒間。それは、永遠にも等しい絶命の時間だ。


「ギ、……ギギギ……アガァッ!!」


処刑人が地面を爆発させるような踏み込みで肉薄する。手にした錆びた大斧が、空気を断ち切って振り下ろされた。


「あ……」


大盾使いのタイガがなんとか盾を構えるが、衝撃波だけで石畳が砕け散る。

一撃。たった一撃で、Aランクパーティーの誇る大盾が紙屑のように拉げ、タイガの右腕が不自然な方向に折れ曲がった。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


絶叫と共に、タイガの巨体が数十メートル先の壁まで吹き飛ばされる。壁にめり込み、血反吐を吐いて崩れ落ちるタイガ。 ――だが、処刑人は追撃しなかった。


巨大な大斧を地面に突き立て、まるで『動くのが面倒だ』と言わんばかりに、胸部の口から不気味な重低音を響かせて静止したのだ。 その異様な間が、闘技場にさらなる恐怖を充満させる。


「タイガ! ……クソ、10秒だ。10秒あれば、俺たちは助かるんだ!」


ゴウシが悲鳴をあげるタイガの方へ駆け寄りながら、狂ったように叫ぶ。

逃げ場はない。闘技場の入口は巨大な肉色の壁によって閉ざされている。

処刑人の動きが止まっているこの隙に、帰還石を起動させなければならない。


ゴウシの瞳に、冷酷な光が宿った。彼はカイトの元へ近寄ると、幼馴染としての情など一片もない力で、カイトのマジックバッグを強引に引き剥がした。


「え、ゴウシ……? 何を……」


「お前さ、いつも言ってたよな。俺たちの力になりたいって」


ゴウシは、カイトのスマホや予備ポーション、すべての物資が入ったバッグを奪い取り、それを自分の肩にかけた。


「お前みたいな無能が、唯一役に立てる方法があるんだよ。……お前が肉壁になれ。そうすれば、俺たちは帰還石のチャージが終わる」


「な、……何を言ってるんだ! ミサキ! 君も止めてくれ! みんなでなんとか生き延びる方法を探すんだ!」


カイトが必死に助けを求めた先で、ミサキは――。

冷酷に、蔑むような瞳でカイトを見下ろしていた。


「……ねえ、カイト。正直に言うね? ずっと前から、あんたのその目が……爬虫類みたいで、本当に気持ち悪かったの」


「ミサキ……?」


「あんたみたいな不気味なのが隣にいるだけで、私たちの未来が汚れるの。……ねえ、私のこと好きだったんでしょ? その気持ち悪い目でよく私を見てたものね。だったら、愛する私のために、時間稼ぎして死んできてよ」


ミサキの口元に浮かんだのは、長年のお荷物を処分できることへの、清々しいまでの笑顔だった。


「――最後くらい、役に立ってよ。お荷物さん」


ユイが震える声で叫び、一歩踏み出す。


「……待って! そんなのあんまりだよ……っ!」


だが、ゴウシが彼女の腕を強く引いた。


「ユイ! じゃあお前が代わりに死ぬか!? 10秒だ! このお荷物が盾になれば俺たちは助かるんだよ!」


「でも、カイトは……! あ……」


ユイの視線がカイトと、そして迫り来る処刑人とを交互に彷徨う。

小さい時から、いつも隣にいて守ってくれたカイト。

だが、目の前の死の恐怖と、自分の命を守りたいという本能が、その情愛を塗り潰した。彼女の指は震え、結局、カイトに向かって伸ばされることはなかった。


「ユイ……」


そして、壁際で蹲っていたタイガが、折れた腕を抱えながら血走った目で叫んだ。


「――そうだ! ゴウシ! そいつと俺たちじゃ命の価値が違う。早くしてくれ!俺が死ぬだろ!!」


絶望するカイトの胸に、ゴウシのブーツが叩き込まれた。


「死んで来い、ゴミ野郎!!」


カイトの体は、死神の足元へと虚しく転がった。

背後で、四つの青い光が膨れ上がっていく。


10秒のカウントダウン。

俺がボスの攻撃を一身に受けている間に、彼らは温かい地上へと帰っていく。

俺を裏切り、嘲笑い、すべてを奪って。


バキィィィィィィィン!!

ボスの大斧が、カイトの脇腹を深く抉った。


「……ああ……あ、が…………っ」


激痛なんてもんじゃない。

熱い。いや、冷たいのか。脇腹を抉られた衝撃で、内臓が直接外気に触れているのがわかる。


視界の端で、四つの青い光が弾けた。

ゴウシ、ミサキ、タイガ、ユイ。

かつて家族だと思っていた幼馴染たちが、俺の死を代償に安全な地上へと逃げ延びた。

去っていく光の中で、ゴウシとミサキが最後に交わした言葉が、俺の耳に届いた。


『――よっしゃ! お荷物野郎が居てくれて助かったぜ!』

『あー、せいせいしたねゴウシくん。これで明日から、本当の意味で最強が目指せるね』


光が消え、闘技場は、死の静寂に包まれた。


……

……

……

……そうか。


俺は、すでに《幼馴染》なんて思われていなかったんだ。

俺の努力も、献身も、彼らにとっては都合のいい生贄の積み立てでしかなかったんだ。


「……ギ、……ギギギ……ッ!!」


目の前の死神が、トドメを刺す為にゆっくりと斧を振り上げる。


口から溢れるのは、どろりとした鮮血。

意識が遠のく。このまま冷たい石畳の上で、俺はお荷物としてその生涯を閉じるのだろう。


だが、地面に倒れ込んだ俺の指先は、偶然にも一匹の魔物を捉えていた。


アシッド・スラッグ

ただ酸の粘液を垂れ流して這いずるだけの、Eランク探索者ですら相手にしない最弱のゴミ。ダンジョンのいたるところに居る死肉の掃除屋。

そして――ミサキがこの世で最も、生理的に無理だと嫌悪していた魔物。


「……気持ち、悪い……か」


俺は最期の力を振り絞り、その湿った塊を口に押し込んだ。


人間である事をもうやめる。

あいつらが俺の死の上に築く、輝かしい未来…… そのすべてを、死すら生ぬるい絶望で塗り潰してやる。


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カクヨムで先行投稿します。

よかったら読んでみてください。


https://kakuyomu.jp/works/822139844295104394


今月は毎日更新予定です

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