第7話 ちょうどいい距離
距離が変わったわけではなかった。
ただ、それが「適切なもの」として扱われるようになった。
昼休み、いつもの席。
隣に座ることも、向かい合うこともない。
斜めに配置された机の位置は、偶然のようでいて安定している。
誰かが間に入る余地もない。
かといって、二人きりになるほど近くもない。
「このくらいが楽だよね」
そう言われたのは、周囲に人がいるときだった。
確認というより、共有に近い言い方。
「うん」
否定する理由はない。
肯定するほどの熱もない。
その返事で、話は終わる。
以前なら、
沈黙のあとに何かが付け足されたかもしれない。
でも今は、付け足されない。
それが不自然だとは、誰も思っていない。
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放課後、廊下で声をかけられる。
「先、行くね」
待つ前提がない。
引き止める必要もない。
「気をつけて」
形式的な言葉が、ちょうどいい。
相手は軽く手を振って、角を曲がる。
振り返らない。
それを見送ってから、
自分も歩き出す。
歩調は一定だ。
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最近、周囲の扱いが変わってきている。
からかわれない。
探られない。
「あの二人、いい感じだよね」
そう言われることもない。
代わりに、
「落ち着いてるよね」
という言葉が使われる。
人ではなく、状態についての評価。
それは安全な言葉だ。
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メッセージの頻度も、安定した。
毎日ではない。
途切れもしない。
内容は事務的に近い。
確認、共有、簡単な感想。
返事は早すぎず、遅すぎず。
感情を測る必要がない。
既読がつくことにも、
つかないことにも、
意味が付与されない。
そのやり取りは、
心地よいというより、
管理しやすかった。
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ある日、相手が言った。
「〇〇ってさ、変わらないよね」
評価のようで、
観察結果の報告だった。
「そう?」
問い返す。
「うん。だから安心する」
前にも聞いた言葉。
でも今回は、
少し意味が違う。
安心“できる”ではなく、
安心“する”。
相手の内部処理が完了している。
こちらの反応を、
もう必要としていない。
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その言葉を聞いて、
胸がざわつくことはなかった。
期待も、
拒否も、
浮かばない。
ただ、
関係が確定した、
という認識だけが残る。
これは発展しない。
でも、壊れもしない。
その前提で、
全てが配置され直されている。
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帰り道、少し遠回りをする。
理由は特にない。
時間も余っている。
考え事をしていたわけでもない。
ただ、
足が自然に、そちらを選んだ。
その選択に、
意味を与えない。
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夜、机に向かう。
今日あった出来事を思い返すが、
書き留めるほどのものはない。
感情の揺れも、
判断の迷いも、
特記するほどではない。
関係は安定している。
距離は適切だ。
誰も困っていない。
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だから、
これは問題ではない。
そう結論づけるのに、
時間はかからなかった。
好意は、
関係にならなかった。
性質として整理され、
安全な位置に収まった。
それで十分だ。
少なくとも、
制度的にも、
対人的にも。
自分自身については、
考えないことにした。




