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第6話 問題はありません


 呼び出しは、予定表に載らない形で行われた。


 放課後、担任に名前を呼ばれる。

 理由は説明されない。


 「少し、いい?」


 断る選択肢はない。

 特に急ぐ用事もない。


 職員室の隣、面談用の小さな部屋。

 窓はあるが、開かない。


 椅子に座るよう促される。

 机の上には、紙が一枚。


 「最近の様子を見ていてね」


 前置きとしては、よくある言い方だ。


 「特に問題がない」


 結論が先に来る。


 成績。

 提出物。

 出席状況。

 対人関係。


 どれも平均より、わずかに上。


 「安定してる」


 評価としては、悪くない。


 担任は、こちらの反応を待たない。

 事実確認のように話を続ける。


 「トラブルもないし、注意する点もない」


 その言葉は、

 安心を与えるものとして使われている。


 だが、

 ここで言われているのは、

 「何も起きていない」という報告だ。


 「こういう生徒は、助かる」


 助かる。

 誰にとってかは、明示されない。


 学校にとって。

 クラス運営にとって。

 制度全体にとって。


 個人は、含まれていない。


 「このままでいい」


 そう言われる。


 改善点も、目標も示されない。

 方向性の指定もない。


 ただ、

 現在の状態を維持することが、

 最善だとされる。


 「何か困ってることはある?」


 形式的な質問。


 沈黙が許される長さが、

 あらかじめ決まっている。


 「特にありません」


 事実だ。


 困っていない。

 困る場面が、発生していない。


 担任は、満足そうに頷く。


 「だよね」


 確認が取れたことで、

 話は終わりに向かう。


 紙に、何かを書き足している。

 文字は見えない。


 だが、

 内容は想像できる。


 ――問題なし。


 立ち上がると、

 「ありがとう」と言われた。


 感謝の対象が、

 何に向けられているのかは不明だ。


 廊下に出る。

 いつもと同じ音。

 いつもと同じ光。


 何も変わっていない。


 翌週、

 別の教員からも声をかけられた。


 進路の話。


 「無難でいいと思う」


 挑戦を勧められない。

 止められもしない。


 「君は、どこでもやっていける」


 それは可能性の提示ではなく、

 リスクが低いという意味だ。


 「向いてる、向いてないはない」


 個性の話は出ない。


 必要なのは、

 適合することだけ。


 書類の説明を受ける。

 選択肢は複数ある。


 だが、

 どれを選んでも、

 大きな違いはない。


 「無理のない範囲で」


 その言葉が、

 何度も繰り返される。


 帰り道、

 同級生とすれ違う。


 誰かが言う。

 「あの人、安心だよね」


 別の誰かが頷く。


 理由は語られない。

 共通認識として成立している。


 安心。

 問題が起きない。

 扱いやすい。


 それらは、

 評価として統合されている。


 夜、机に向かう。

 やるべきことは、既に終わっている。


 明日の準備も、済んでいる。


 空いた時間。

 だが、

 何をするかは決まらない。


 何かをしたい、という衝動は、

 発生しない。


 発生しないように、

 整えられている。


 スマートフォンに通知。

 学校からの連絡。


 形式的な文章。

 確認事項のみ。


 返信は不要。


 画面を閉じる。


 今日も、

 特別な出来事はなかった。


 だが、

 配置は完了した。


 問題が起きない人。

 手間がかからない人。

 変更の必要がない人。


 制度にとって、

 それ以上の情報は要らない。


 名前は残る。

 記録も残る。


 ただ、

 何も付け足されない。


 静かに、

 その枠に収まった。


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