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第5話 安心できる人


 それは好意と呼ぶほど、はっきりしたものではなかった。


 ただ、隣にいることが増えた。

 理由は説明されない。


 席が近いから。

 話しやすいから。


 そういう、曖昧な理由が積み重なる。


 昼休み、机を並べて弁当を食べる。

 会話は途切れがちだが、気まずさはない。


 無理に話題を探す必要もない。


 「静かだね」


 そう言われる。

 肯定でも否定でもない言い方だった。


 「うん」


 それで十分だ。


 沈黙は、埋めるものではない。

 相手もそう思っているように見える。


 ある日、帰り道が重なった。

 遠回りになるはずなのに、相手は何も言わない。


 駅までの道。

 街灯の間隔が一定で、影が伸びる。


 「一緒だと楽」


 前を向いたまま、そう言われる。


 理由は続かない。

 説明もない。


 「そう」


 否定する要素はない。


 相手は、少し安心したように息を吐く。


 それ以降、

 自然に「一緒」が増えた。


 待ち合わせをするほどではない。

 たまたま重なる、という形を保っている。


 周囲からは、

 「仲いいね」と言われる。


 その言葉に、相手は否定しない。

 笑って受け流す。


 自分も、訂正しない。


 訂正する理由が、特にない。


 放課後、空き教室で作業をすることがあった。

 二人きりになる。


 窓からの光が、机の上に落ちる。

 埃がゆっくり舞っている。


 「一緒にいると落ち着く」


 また、同じ言葉。


 評価としては、悪くない。


 だが、

 その言葉は、別の意味を含んでいる。


 相手は、こちらを見ていない。

 安心する対象として、隣に置いている。


 こちらの反応を、

 特に求めていない。


 「〇〇って、怒らないよね」


 事実だ。


 感情を出さない、というより、

 出す必要がない場面が多い。


 「安心できる」


 そう続けられる。


 その言葉で、関係の輪郭が決まる。


 刺激は求められていない。

 揺らぎも、期待されていない。


 夕方、別れ際に言われた。


 「恋人とか、すぐ出来そう」


 軽い調子だった。


 予測としては、成立していない。

 根拠も示されない。


 「そう?」


 問い返す。


 相手は首を振る。

 「でも、安心感あるから」


 それが理由だった。


 その夜、メッセージが届く。

 内容は些細な確認だ。


 返事をすると、

 すぐに既読がつく。


 続きはない。


 翌日も、同じ距離。

 同じ静けさ。


 近づいているようで、

 線は引かれたままだ。


 好意は、

 危険を含まない形に整えられている。


 こちらに向けられているのは、

 期待ではなく、保証だ。


 安心できること。

 変わらないこと。


 それ以上は、望まれていない。


 その役割は、

 拒否されているわけではない。


 むしろ、

 歓迎されている。


 だが、

 その中に、踏み込む余地はない。


 夜、窓を開ける。

 外の空気は冷たい。


 今日も、

 特別な出来事はなかった。


 ただ、

 関係の名前が、静かに決まった。


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