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第4話 分かっている人


 最初に変化が出たのは、呼び方だった。


 名前で呼ばれる回数が、少しだけ増えた。

 理由は特に示されない。必要があって呼ばれているわけでもない。


 ただ、話しかけるときに呼ばれる。


 「ねえ、ちょっといい?」


 用件は軽い確認だった。

 提出物の提出先。集合時間。連絡事項の再確認。


 答える内容は、これまでと変わらない。

 事実を整理して伝える。それだけだ。


 相手は納得した様子で頷く。

 それで会話は終わる。


 だが、同じやり取りが何度か続くと、少しずつ形が変わる。


 「〇〇なら分かると思って」


 そう前置きされることが増えた。

 判断を委ねられているわけではない。

 確認を省略しているだけだ。


 昼休み、数人が集まって話している。

 内容は行事の進行についてだった。


 議論が行き詰まりかけたところで、視線がこちらに向く。

 何かを期待しているようにも見える。


 「どう思う?」


 聞かれたので、状況を整理する。

 今出ている案の長所と短所を並べる。

 実行可能性を基準に、無理のない順序を示す。


 それで十分だった。


 「やっぱりそうだよね」

 誰かがそう言った。


 全員が納得したような空気になる。

 反論は出ない。


 決定は早かった。


 その場を離れるとき、背中越しに声が聞こえる。

 「分かってる人がいると助かる」


 評価としては穏やかだ。

 否定する必要はない。


 だが、その言葉は、事実を一段階だけずらす。


 分かっている、という評価は、

 説明を省略してもいい、という前提を生む。


 翌日から、相談の内容が変わった。


 以前は事実確認が中心だった。

 今は、「どうしたらいいと思う?」が増える。


 判断を委ねられているわけではない。

 ただ、意見を聞いているだけだ。


 そう判断して、これまで通り整理して返す。


 「こういうやり方もある」

 「この順番なら無理はない」


 相手は安心する。

 だが、次の一言が付け加えられる。


 「じゃあ、それで」


 その言葉が、決定として扱われる。


 自分は決定していない。

 選択肢を示しただけだ。


 しかし、周囲はそう受け取らない。


 小さな行き違いが、積み重なる。


 ある日、軽いトラブルが起きた。

 準備の順番を変えた結果、別の作業が遅れた。


 誰かが戸惑う。

 「聞いてなかった」


 視線が集まる。


 「前に、そう言ってたよね?」


 確認される。

 確かに、選択肢の一つとして触れた内容だった。


 否定はしなかった。

 だが、決定した覚えもない。


 「可能性として話しただけ」


 そう説明する。


 相手は少し困った顔をする。

 「でも、そうなると思ってたから」


 責める口調ではない。

 だが、納得もしていない。


 その場は、別の案で修正された。

 問題は拡大しない。


 ただ、空気に小さな段差が残る。


 放課後、同じ相手から謝られる。

 「勝手に決めたみたいで、ごめん」


 謝罪は穏やかだ。

 深刻さはない。


 「大丈夫」

 そう返す。


 事実として、問題は解消している。


 だが、その後も、

 「分かってる人」という扱いは続いた。


 説明が省かれ、判断が集まる。

 責任は明確にされない。


 自分は、これまでと同じ対応をする。

 整理して、提示する。


 それで場は回る。


 夜、机に向かい、明日の予定を確認する。

 特別な変更はない。


 ただ、連絡事項の数が、少しだけ増えている。


 処理は可能だ。


 記録に残す必要はない。

 問題として扱うほどではない。


 今日も、

 大きな衝突は起きていない。


 ただ、

 役割の輪郭が、少しだけ変わった。


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