第16話 特記事項なし
朝は、いつもと同じだった。
目覚ましが鳴る前に目が覚め、
特に考えることもなく体を起こす。
天気は確認しない。
必要がない。
制服に袖を通し、
鏡の前で立ち止まる。
乱れはない。
直す場所もない。
それで十分だった。
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登校中、誰かと並ぶことはなかった。
だが孤立している感じもしない。
挨拶は交わされる。
軽く、滞りなく。
立ち止まる理由は生まれない。
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授業は予定通り進む。
指名されても、答えは用意できている。
正解を選ぶ。
余白は選ばない。
評価は安定する。
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昼休み、
隣の席が空いたままだった。
少し前なら、
そこに座る誰かを思い浮かべたかもしれない。
今は、
空いている、という事実だけを認識する。
問題はない。
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放課後、
廊下で声をかけられる。
「最近、調子良さそうだね」
確認ではない。
結論だ。
「うん」
それ以上の説明は求められない。
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職員室の前を通る。
中に入る用事はない。
呼ばれない。
注意もない。
それが、
最も優れた状態だと知っている。
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帰宅。
鞄を置く。
机に向かい、
ノートを開く。
白紙。
何かを書こうとして、
手が止まる。
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書くべきことが、
見つからない。
感情がないわけではない。
ただ、整っている。
言葉にする前に、
適切な形に揃えられている。
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ノートを閉じる。
開いたままにしておく理由も、
閉じたままにしておく理由もない。
どちらでも構わない。
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夜、
窓を開ける。
風が入る。
温度は適切だ。
不快ではない。
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今日一日を振り返る。
出来事はあった。
だが、
記録に残す必要はない。
判断は終わっている。
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人との距離も、
制度との距離も、
適切に保たれている。
近すぎず、
遠すぎない。
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誰かを失ったわけでも、
何かを得たわけでもない。
変化はない。
それが、
最良の結果だとされる。
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眠る前、
明日の予定を確認する。
いつも通りだ。
変更はない。
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電気を消す。
暗闇は、
不安を連れてこない。
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今日も、
特記事項はない。
その一文が、
すべてを説明している。




