第15話 問題のない人
呼び出しは、
いつも通りだった。
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放課後、
事務的な紙が一枚、机に置かれる。
時間。
場所。
用件は書かれていない。
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それだけで、
内容は想像がつく。
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会議室は静かだった。
窓際の席に案内される。
正面には、
いつもの担当。
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「最近の状況について、少し確認を」
柔らかい声。
評価の場ではない、
という前提が最初に示される。
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「はい」
否定する理由はない。
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資料が広げられる。
数値。
出席。
提出。
周囲との関係性。
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どれも、
問題がない。
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「安定してますね」
確認。
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「特に変わりはありません」
事実だ。
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担当は頷く。
「相談件数も、落ち着いています」
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“落ち着いている”という表現が、
適切だと分かる。
増えていない。
減ってもいない。
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「周囲との関係も良好ですし」
私生活の欄に、
チェックが入る。
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私生活。
その言葉に、
引っかかりは生じない。
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「無理していない?」
形式的な確認。
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「大丈夫です」
そう答える訓練は、
すでに終えている。
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担当は、
それ以上踏み込まない。
踏み込む理由が、
見当たらないからだ。
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「このまま継続で」
結論。
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「はい」
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面談は、
それで終わる。
時間も予定通り。
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廊下に出ると、
誰かとすれ違う。
少しだけ会釈。
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その後の時間割も、
変更はない。
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帰り道、
例の相手からメッセージが届く。
「今日はどうだった?」
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「特に何も」
正確な返答。
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「そっか。安心した」
その言葉で、
話題は終わる。
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安心。
この言葉が、
最近よく使われる。
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自分は、
安心を提供する側にいる。
意識しなくても、
そう扱われる。
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それは、
負担ではない。
期待されないから。
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夜、
ノートを開く。
書くことは、
特にない。
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日付を書いて、
線を引くだけ。
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以前なら、
何か書こうとしていた。
感想。
違和感。
小さな引っかかり。
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今は、
書く必要がない。
判断が終わっている。
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制度的にも。
対人的にも。
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問題が起きない人間は、
記録に残らない。
残す必要がない。
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そのことを、
不安には感じない。
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不安になる要素が、
排除されている。
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今日も、
特記事項はない。
この一文で、
一日は完結する。




