第11話 記録上の問題
翌日、学校には行った。
行かない選択肢が成立することを確認した上で、
あえて戻る。
それは義務感ではなく、
検証に近かった。
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教室に入ると、
いつもと同じ配置がそこにあった。
席は空いていない。
自分の机も、昨日のままだ。
誰かが代わりに使った形跡はない。
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「昨日、大丈夫だった?」
近くの生徒が、軽く聞いてくる。
心配というより、
確認に近い口調だった。
「うん」
それで終わる。
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それ以上、話題は広がらない。
昨日の欠席は、
すでに処理済みの事柄になっている。
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ホームルームで、
担任が出席状況を確認する。
名前を呼ばれ、
返事をする。
欠席理由の再確認はない。
帳簿上、
問題が解決しているからだ。
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授業は、滞りなく進む。
ノートを取る。
質問されれば、答える。
昨日一日分の遅れは、
特に意識されない。
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昼休み、
職員室に呼ばれた。
個別面談、というほど大げさではない。
数分で終わる予定のものだ。
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担任は、
書類を見ながら言った。
「昨日は体調不良だったんだよね」
「記録上は、問題ないよ」
その言い方が、
少し気になった。
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「無理はしなくていい」
「でも、こうやって連絡を入れてくれれば十分」
十分、という言葉。
求められているのは、
存在ではなく、
手続きだ。
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「君は、そういうところがきちんとしてる」
評価としては、正しい。
欠席した。
連絡した。
戻ってきた。
制度的に、
何も欠けていない。
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担任は続ける。
「だから、特にフォローは要らないかなって」
配慮の省略。
それが、信頼として提示される。
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頷く。
異議はない。
フォローが不要だという判断は、
自分自身の感覚とも一致している。
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職員室を出る。
廊下は静かだ。
自分が昨日いなかったことは、
すでに「過去の処理済み項目」になっている。
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考える。
もし、
これが何度か続いたら。
連絡さえ入れれば、
制度は同じ判断を繰り返すだろう。
問題は起きない。
例外にもならない。
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問題が起きない人間は、
制度にとって扱いやすい。
扱いやすいものは、
細かく観察されない。
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放課後、
恋愛的に近い相手が言う。
「昨日、静かで助かったって言ってた人もいたよ」
悪意はない。
事実の共有だ。
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自分がいない方が、
楽な場面もある。
それを否定する理由は、
見当たらない。
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家に帰り、
連絡帳を確認する。
欠席の欄には、
簡単な記号が一つ。
それだけで、完結している。
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感情の欄は、存在しない。
理由の詳細も、
求められていない。
制度は、
必要な情報だけを残す。
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「問題なし」
その評価は、
安全で、
正確で、
そして冷たい。
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自分は、
問題を起こさない存在として、
正しく配置されている。
それ以上でも、
それ以下でもない。
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その夜、
明日の予定を確認する。
出席する。
作業をこなす。
帰る。
どれも、
実行してもしなくても、
制度は対応できる。
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その柔軟さの中で、
自分は静かに薄まっていく。
だが、
警告は出ない。
それが、
一番の特徴だった。




