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第10話 いなくても成立する


 最初に思ったのは、

 「今日は、行かなくてもいいかもしれない」

 ということだった。


 体調が悪いわけではない。

 寝不足でもない。


 ただ、理由が見当たらなかった。



 起き上がり、制服に手を伸ばす。

 その動作が、少しだけ遅れる。


 行けば、いつも通りの一日になる。

 行かなくても、大きな問題は起きない。


 どちらも想像できた。



 欠席の連絡を入れる。

 定型文をそのまま使う。


 《本日、体調不良のため欠席します》


 嘘ではない。

 体調は「万全ではない」と言える。



 送信して、端末を伏せる。


 心拍は変わらない。

 罪悪感も、安堵もない。


 ただ、

 一つ手順を省いた感覚だけが残る。



 午前中、部屋は静かだった。


 窓から光が入る。

 外では、誰かの生活が進んでいる。


 自分がいない分、

 何かが遅れる気配はない。



 昼頃、クラスの連絡が入る。


 《今日の作業、役割変更したよ》

 《〇〇の分は△△がやってる》


 了解、のスタンプを送る。


 説明は要らない。

 引き継ぎも要らない。



 問題なく回っている。


 その事実が、

 不思議と安心をもたらす。


 迷惑をかけていない。

 空白も生じていない。


 正しい欠席だ。



 午後、恋愛的に近かった相手からもメッセージが来た。


 《大丈夫?》

 《無理しないでね》


 気遣いとして、十分だ。


 《ありがとう》

 《大丈夫》


 それ以上、続かない。



 もし、

 自分がいなくなっても。


 クラスは回る。

 関係も続く。

 記録も整合する。


 誰かが困る場面は、

 想像しづらかった。



 夕方、ベッドに横になる。


 学校に行かなかったという事実が、

 事件として扱われないことを確認する。


 特別な扱いはない。

 補足も要らない。



 自分は、

 「存在してもしなくてもいい位置」

 にいる。


 それは、

 制度的には理想に近い。



 考えてみる。


 もし、

 このまま数日行かなかったら。


 最初は心配される。

 次に、調整される。

 最後には、慣れられる。


 段階が、はっきり見える。



 感情は、

 そこに割り込んでこない。


 寂しさを想定しようとしても、

 素材が足りない。


 怒りも、期待も、

 編集済みの状態で止まる。



 自分は、

 消えることすら、

 大きな意味を持たない。


 それは、

 否定ではない。


 設計の結果だ。



 夜、欠席理由の追記は来なかった。


 教師からも、

 個別の連絡はない。


 制度は、

 正しく処理している。



 端末を置き、

 天井を見る。


 「いなくても成立する」


 その評価は、

 ずっと前から与えられていた。


 今日、

 それを自分で確認しただけだ。



 この選択は、

 逃避ではない。


 拒否でも、抗議でもない。


 ただ、

 不要な手順を省いた結果だ。



 明日、行くかどうかは、

 まだ決めていない。


 決めなくても、

 問題は起きない。


 そのこと自体が、

 すでに答えに近かった。


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